第20話 偽占い師、食べ過ぎを反省する

 雷が落ちた日、私は恐らく死んだのだと思っている。一瞬で死んで、それが悪魔か何かのいたずらで「人間以外の何か」として蘇ったのだと。


 人間以外になった日の恐ろしさはよく覚えている。私は流れ込んでくる思考に驚愕し、そして「今までこんなおいしそうなものがあったのに、それに気づかなかったこと」がとても恐ろしく感じたのだ。


 多分人間でいうところの生存本能と似た感覚だろう。「生きていくために食べなければならないのに、そもそも食べ物を知らなかったことへの恐怖」といったところだろうか。


 不思議なのは人間だった時とそこまで感覚が変わっていないことだった。人間でなくなったからといって残虐非道になったかと言われればそうではないし、善悪の判断基準も雷に打たれる日の前のままだ。


 変わったのは「魂を食べないと空腹が満たされない」ことと、雷に打たれた時に止まった、皆よりも長い命。そして人間に味を判断するための味覚や嗅覚があるように、「嘘つきの魂を食べるため」の機能が備わったこと。きっと嘘を吐く魂を食べられるように、嘘が分かる耳があるのだ。


 そして魂を食べる時だけ、この目が金色に変わってしまうこと。まるで「お前はもう人間じゃない」と、そう体から言われているみたいに。


 人間としての箍が初めて外れたのは、父と母が私を気味悪がる国民によるクーデターで殺された数百年前のあの日。私はそれはもう暴れた。殺された怒りと悲しみでそれまでなけなしの理性で抑え込んでいた食欲を爆発させて、それはもう魂を手あたり次第に貪り食った。嘘をついたと認めた嘘つきの魂が一番美味しいと気づいたのはその時である。目が金になると気づいたのもその時だ。足元の水たまりに映る顔を見て、月が二つに増えたのかと驚いた。


 ちなみに相手は私たちフローレンス王家を守るフリをしながら、真っ先に民衆を扇動し城に火をつけた貴族だった。最後は泣いて謝っていたので、恐らくそれが嘘を認めたとカウントされたのだろう。


 その後、王家が崩れたことと、私が暴れたことで小さな王国は崩壊した。何百年も前の話で、焼け落ちた城の跡地はその時からは考えられないほど平和な村となっている。ただ、りんごが名産なのは何故か変わっていない。


 父と母を殺した彼らに復讐したこと自体は後悔していない。だが、それが原因で「リベット・フローレンス」は廃人化から蘇った人々の間で「嘘つき食らいのリベット」や「悪魔のフローレンス」として語り継がれ、子供の教訓のための歌にまでなっているのは流石に問題だった。


 このまま目立てば怪物として討伐される可能性もあり、だからしばらくは目立たない様に魂は食べないと決めて、ひっそり旅の占い師として怪しまれないよう生きた。私の体は時間が止まり、人よりも長い時間を生きてはいるが、それでも普通に痛みは感じるし怪我もする。草で足も良く切るし。だから討伐隊なんて組まれた日には生きていられないと思うのだ。

 

 そうして私は癒えない空腹を抱えながら方々を旅してまわっており、そんな矢先に今回の偽ジョナス王が起こした出来事だ。偽ジョナス王からすれば、私は困っていた時に丸々太った牝鶏が暖炉に飛び込んでくるような心地だったのだろう。


 だが正直な話、私も偽ジョナス王のことに気づいた時は同じ気持ちだった。つまりだ。「これだけ悪い奴なら魂食べちゃってもよくない?」と思ってしまった。


 それだけでなく空腹に完全に目が眩み、久々の食事に浮かれてちょっと食べ過ぎた。偽ジョナス王がまともに話も出来なくなっているのは間違いなく私のせいだ。


「医者にも見せましたが外傷は手の傷以外ないそうで、精神的なものではないか、とのことらしいです……」

「そうか。回復の見込みはあるのか?」

「うーん、今のところは何とも言えないと」

「ふむ、繋がりのある使用人について聞きたかったんだが」


 はい、大変美味しく食べてしまった私のせいです。


 そう思いながらも言うわけにはいかず、私は気まずさで話し込む王子たちから目を逸らす。私も巻き込まれた立場ではあるのだが、それにしたって話せないレベルで食べてしまったのは私のミスだ。それに関しては申し訳なく思う。

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