第19話 お腹いっぱい、その後で 

 ああ、あんなにも豪華なごちそう、久しぶりだ。やっぱり嘘を嘘だと認めた人間の魂はとても美味しい。甘くて、とろけそうで、でも少し酸味と爽やかな歯ごたえがあって。


 久々に味わった胃の満足感を思い出しながら、私は唇を舐める。空腹が満たされる幸福感というのは数百年前も今も変わらない。


「おい! 聞いているのか占い女!」

「……リベットです。いい加減私の名前程度覚えたらいかがですか?」


 だがそんな多幸感をぶち壊す様な大声に、私は思いっきり顔を顰める。せっかくいい夢に浸っていたというのに、泥水を浴びせられた気分だ。全く本当に空気が読めないというか、タイミングが悪いというか。


 だがそんな私の考えがサイラス王子に伝わるわけもなく、私は仕方なく通された大広間の彼の前、ちょうど一人分空いている椅子に腰を下した。使用人の姿は見えない。どうやらこの大広間にいるのは私と王子二人と王妃、この四人だけのようだ。



 時刻は例の一件から一晩明けた昼。昨日とは違い、柔らかな日差しが入り込むシモンズ王家の城で、私は再びの呼び出しをくらっていた。

 昨日のうちにマーボル王国からこっそり逃げ出せればよかったのだが、私の前に座るこの第一王子は何を考えたのか、一人の女を外に出さないために使える使用人とあの「幻惑の梟」まで動かしやがったのだ。


 思考を読めると言っても数の暴力は流石に分が悪く、しかもそれに手練れのギルドが紛れ込んでいるとあれば負けは見えているようなもの。だから仕方なく、私は王国内にとどまったというわけだ。というか、ただ一人の占い師を捕まえるためにここまでするか、普通。

 

 そんな愚痴をぶつくさとこぼしながらサイラス王子に目をやれば、彼はそんな私の文句など知らん顔で話を進めている。


「北の森で発見されたんだったか、ヒューゴ」

「はい。……昨日の一件の後、あの男は北の森で発見されました。ですが様子がおかしくて」

「俺も聞いている。呆然自失、何を聞いてもまともな答えが返ってこないどころか名前すら言えない状態だと」


 まあ正直な話、聞かなくてもあの男が生きていることは分かっていた。私が食べたのは「命」ではなく「魂」なのだから。


 「魂を食べる」と「命を奪う」はイコールではない。厳密に言うと魂と命は別物だ。


「命」が文字通りの生命であり、体を維持するものであるのなら、「魂」とはエネルギーである。自我、情熱、意志、思い。一人の人間を、その人間たらしめる要素のことだ。


 よく言う「魂を込めた作品」だとか「魂の一筆」だとかを見ると、どことなく作者の性格や雰囲気まで分かってしまうのは、作者の一部である「魂」のエネルギーが作品に乗っているから、というのはこの体になってから分かったことだ。魂というのは結構私たちの身近にある。


 そんな大事な魂。それを食べるとどうなるのか。

 

 結論から言うと魂を食べられた人間は廃人に近いものになる。情熱や自我といった自分を自分たらしめる要素を失い、目的も自分も分からなくなって燃え尽きた薪のようになるのだ。ある種、死ぬより酷いともいえなくもない。ただ「死ぬ」と違うのは、時間をかければ魂は復活するという点だ。時間は人間によってまちまちだし、場合によっては何十年もかかる場合もある。それでも死と違って一切のチャンスが無いわけではないのだ。

 

 だから偽ジョナス王も時間をかければ恐らく普通に生きられる程度には戻るはず。本人の気持ち次第なところもあるが。


「……おい占い女。お前何か知っているか?」

「いいえ? 何も」

「お前もあの後この城からいなくなっていただろ。何か見たんじゃないか」

「……お恥ずかしながら血を見たのは初めてでして、恐ろしくなってしまいました」


 だがただの人間に「魂を食べたのでそうなりました」なんて言えるわけもなく、訝し気な目でこちらを見るサイラス王子に適当な相槌を打つ。


 それにしても満足に話も出来ない状態なんて、少し食べ過ぎてしまっただろうか。

 

 私は昨日のことを思い出しながら、久々の食事を振り返る。何せ魂を食べるなんて父と母を殺されたあの日から数百年ぶりのことだから、空腹のあまり加減を間違えたかもしれない。

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