第17話 偽物はやり方を間違えた

「……っ、クソ、クソが、あと少し、あと少しだったってのによぉっ!」


 城の裏口から飛び出した男が走っている。手首から垂れる血を抑えながら、彼は思い出していた。


 自国のスラム街にのこのことお忍びで視察にやってきたジョナス王を言葉巧みにささやかな宴へと誘った日のこと。王の部下が止めるのも聞かずに「街の状況を知るいい機会だ」とのたまって宴の席に着いた間抜けな王の盃に、植物から抽出し、煮詰めた致死性の猛毒を注いだこと。毒見をすると言い張る部下の申し出を「お前は最近結婚したばかりだろう。それに、せっかくのもてなしを疑うのも失礼だ」と断った王の姿。


 あれは実に間抜けな見世物だった、と男は思う。王にも、結婚したばかりの部下にも同じ毒が注がれていたというのに。


 そして猛毒に倒れた王族たちから衣装を剥ぎ自身と、そして信頼のおける部下たちに着せた。あぶれた一人は新たに雇ったメイドとして連れて行った。仲間の中では非常に腕のたつ女だったが少々考えなしに動くところがあったから、王付きのメイドとしては少々不自然だったのだ。


 全てはスラム街の小悪党ジェイムではなく国王のジョナスとして、全てを手に入れるために。禁忌である人体に影響を及ぼす魔法を使ったとして、国から追放された魔法使いに目が飛び出るような金を積んで顔を変え、マーボル王国へ王として入りこんだ。


 こちらを怪しんだ前の妻を始末した後は、美しく病気がちな貧乏貴族の娘を新たな妻として迎えた。王族になれる、良い医者に診てもらえると両親に送り出された女を甲斐甲斐しく世話する男は実に献身的に見えただろう。新しい妻は王妃になれたことに喜んでいた。王妃になれた理由が「病気がちでちょうど良かったから」とも、世話をするのが飲ませる毒を調整するためとも知らず。


 王であるだけでここまで信頼を得られるのか、と男は感動したのと同時に怒りを感じたことを覚えている。スラム街のジェイムであれば貧乏貴族であろうと、近づくどころか服の端を拝むことすら許されないというのに。


 生まれだけでここまでの格差かと男は怒り、だがそれもこれからは無縁の話だと男は喜んだ。何もかもこれから上手くいくはずだった。



 痛みに思考を乱されながら、彼は罵倒する。練り上げた計画を台無しにした部下を、うっとおしく嗅ぎまわってきた実の息子を。己の手を奪い去った王子を。そして、余計な事ばかりを明るみに出した占い師を。


 男は子供のことなどどうでもよかった。なくなったらまた作ればいい、程度に考えていた。それでも占い師を連れてきたのは「子供を探す親の恰好」だけをしたかったから。わあわあと泣き伏す妻を適当に黙らせるためには都合のいいやり方だと思いついたから。


 だから、男は少し有名な占い師を頼った。らしい嘘までついて「インチキ占い師のせいで捜索が難航し、その間に死んでしまった」というシナリオを作り上げた。占い師に頼っている間にあの嗅ぎまわって邪魔な息子は部下に始末させておけばいいし、結果が当たっても当たらなくても、占い師に罪を被せればうまくおさまる。あの感情的な妻の怒りも占い師に向くことだろう、と。


 始末した前王妃の息子を追い出して、実の息子を後釜に据えて、誰からも怪しまれない悠々自適な国王生活をおくる予定が少し遅れてしまうが、それでも不安要素があるよりマシだった。


 ただ、息子が「幻惑の梟」なんてギルドの手を借りさえしなければ、もっと事は上手く運んだだろうに、と男は唇を噛む。あのギルドのせいで部下は始末するどころか返り討ちだ。念入りに組み上げた計画はパーで、偽物だとバレて、男は何もかもを失ったと考える。


 だが、男は気づいた。「何もない」という状態は復讐をするのに非常に都合がよいのではないか。何も無いということは、失う不安からの解放だ。つまり、今自分には恐れるものなど何もないのだ。


 夜の森の中で足を止める。血は滴り、痛みは強くなっていたが、男は不思議な高揚感に笑みをこぼしていた。


 男は一人思う。「やりかえしてやればいいだけだ」と。


 自分の計画をめちゃくちゃにし、全てを奪った子供たちと占い師に、何もかもを失う虚しさと痛みを教えてやろう、と。


 スラム街で学んだやり方はいくらでもあるじゃないか。そう考えて男は方向を変えた。街に火をつけたって、井戸に毒を流したって、国王が大事にしていた国民を一人一人殺して回ったっていい。考えられる限りのむごたらしいやり方で頭を煮込みながら、男は泣き叫ぶ彼らを想像してまた笑った。ついさっきまでは酷く怒っていたはずなのに、今は楽しくて仕方がない。


 どんなやり方をためしてやろうか、どんな可哀そうな目にあわせてやろうか。


 まるで宝箱を開ける間際のようなワクワクとした気持ちで、男は迷いなく何年も過ごした城へと血で地面を汚しながら歩いて行く。


「――――おやめになった方がよろしいかと思いますよ」

「……あ?」

「『幻惑の梟』は最後まで仕事を全うする連中です。護衛を命じられたのならそれをやり切る。……依頼主にとってのあなたが敵だと判断した瞬間が最後ですよ」


 だが、その瞬間に聞き覚えのある声が聞こえ、男の神経は一瞬でささくれ立った。彼は目を血走らせ、声の聞こえた方へと勢いよく顔を動かす。


 そして思っていた通りの姿が見えた瞬間に、男は獣のように吠えた。

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