第15話 家族を傷つける刃、家族を守る刃

「サイラス王子、前王妃はお亡くなりになられたそうですね」

「……あ、ああ。俺が一つのころに。遠征から父上が帰ってきてから、急に具合が悪くなっ――――おい、お前、まさか」

「なるほど。……それで、王妃。具体的に体調が悪くなったのはいつからのことですか?」

「ひ、っ、ぁ、ぁっ、い、や、……っ嫌ぁ――――っ! はな、離して! やめてっ! お願い!」


 恐怖で固まった手を懸命にばたつかせて、ペネロペ王妃は男の手から逃れようともがく。その頭の中では私が言った言葉の意味を繰り返し叫んでいた。


【殺される。私も、前の王妃のように】


 これは私の推測でしかない。が、恐らく当たっている。


 サイラス王子の母親、つまり前王妃はジョナス王の帰還後に亡くなっていて、現王妃のペネロペ王妃は思考内容から分かる通り、この家に来てから体調を崩しがちになっている。


 偶然というには少しタイミングが良すぎて、ジョナス王のフリをした何者かには都合がよすぎる。だって、もしジョナス王が遠征先で誰かと入れ替わったのだとして、一番に消したいのは入れ替わったことに気づくかもしれない、最も近くて危険な人間だ。


 そして自分に従順に育てる跡継ぎを産ませた後は、その子育てと家を完全に支配するのに邪魔になる可能性のある人物。つまり母親である。


「どうせ、王妃に子供のことを歪ませて伝えていたのもあなたの根回しでは? 困りますものね、追い出したい前王妃の子の味方なんてされれば」

「……随分と分かったような口を利くじゃないか。それも水晶玉とやらのお導きかい?」

「ええ、もちろん」


 男は暴れるペネロペ王妃の手を握ったまま「そうかい」とだけ言った。ヒューゴ王子はどうにか母親を取り戻そうとしているが、男が巧みに彼女の手を引くせいでペネロペ王妃の体はヒューゴ王子の剣を防ぐ肉の盾となっていた。ヒューゴ王子が剣を振るおうとするたびに泣き叫ぶ彼女がその切っ先を妨げ、鈍らせる。


「や、やめて、もう、やめて、ころさ、殺さないで……!」

「……っ、くそ、やめろ! 母上を離せ!」

「殺すものか。こんなに愛してる、大切な君を」


 現在進行形で息子からの盾にしているくせに、よく回る口だ。

 

 見ていて気分が悪くなるやり方に、私は顔を顰める。それにしてもこの男、随分とこういったやり方に手馴れているようだ。仮にも妻だった女性の手を引く力加減には迷いが無く、そう扱うこと自体に何のためらいもないように思える。


「それにヒューゴ、お前は本当に私が偽物だと思っているのかい?」

「っ、当たり前だ!」

「本当か? お前が聞いたメイドが嘘をついている可能性は?」


 嘘な訳がない。偶然ではあるが私は使用人の頭から「ジョナス王からのご命令」を聞いたのだ。城に潜り込んだ部下の一人なのだろう。「国王にする手伝い」と考えながら、その目はジョナス王の方を向いていた。おかしな話だ。現国王に対して国王になるための手伝いなんて。


 私がすぐに分からなかったことを見るに、顔に出さないよう、あまり考えないようにはしていたようだが、流石に完全に頭の中からの排除は出来なかったらしい。頭の中を直接覗かれる想定なんてまずしていないだろうし。まあ、それを証明しろと言われれば、正直やりようはないのだが。


 だが、嘘ではないと確信する私とは反対にヒューゴ王子の脳内は揺らいでいた。


【本当、本当か? メイドがもし、嘘をついていたら? 父を貶めるために勝手にやっていたとしたら? もし間違って、いたら】


 その動揺を見抜いたのだろう。ジョナス王のような男は優しい声色で、彼の耳に毒の詰まった蜜を垂れ流す。


「お前は、勘違いで父親を殺すのか? 多くの国民を、混乱と恐怖に叩き落とすのか?」

「――――ぁ」

「まあ、それがお前の決断なら仕方がない。私はそれを受け入れよう。それで、お前たちの気が済むと言うのなら」

 

 男は微笑み、息子の持つ剣を握って己の首へと持っていく。刃を握った男の手から血が流れ、それにヒューゴ王子の体が怯えたように跳ねた。だというのに、男は彼の剣を離さない。それどころか「ここを狙え」とでも言いたげに、剣先が喉に食い込むほど押し付ける。また一筋、男の喉から血が流れた。


「あ、ぁ、やめ、やめろ――――!」

「ほら、私を殺すんだろう。そんな力じゃ喉は切れないぞ」

「ま、待って、もっと、もっとちゃんと調べてから」

「きちんと力を入れろ、ヒューゴ! ……半端な切り方は苦しみが長く続くんだ」


 汚いやり方だった。血を流す良心をほじくり返してぶちまけるような、そう言えば躊躇うことが分かっている奴のやり方だった。見ていて気分が悪くなる、大嫌いな誘導。


 そして男が狙っていた通り、怯えたヒューゴ王子が剣を持つ手を緩める。それに男がニンマリと笑い、剣を奪おうとするのが分かったから。「離しちゃ駄目」と、私はそう叫ぼうとした、その時。



「――――――っ、ぁあ?」

「……もう、俺の弟に何も言うな。父上。――――いや」



 その時、部屋に黒い稲妻のようなものが走ったような気がして、目を見開く。扉は閉じられているはずなのに風が吹き、テーブルの上のカップがけたたましい音を立てながら床に落ちた。


 今、一瞬のうちに何が起きたのか。それを確かめるべく顔を上げれば、見覚えのある体格のいい背が、何故か男の隣に立っている。そして手には、持っていなかったはずの三本のうちの一本の剣。真ん中に掛けられていたそれを手に、サイラス王子は何かを飛ばすように空気を切った。


 途端、床に半円に飛び散る、赤い血。


「もう黙れ。俺の家族を傷つける、父の皮を被った化け物め!」

「――――っ、が、ぁぁぁぁぁあ、ぁあああっ⁈」


 私は男の潰れた叫び声と、生臭い臭いでようやく何が起きたか理解する。


 第一王子の握った剣は、目にも見えぬ稲妻のような速度でペネロペ王妃を掴んでいた男の手を切り飛ばし、彼は弟と母親を守るように父の姿をした怪物の前に立ちはだかった。

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