第14話 剥がれ落ちる化けの皮

「父上が、父上じゃ、ない?」

「…………ジョナスが? あなた、何言ってるのよ。彼は紛れもなくあなたの父親じゃない!」


 まず、口を開いたのはサイラス王子だった。その後に唖然とした表情でペネロペ王妃が叫んだ。けれどそのどちらも取り合わずに、ヒューゴ王子は静かに言葉を続ける。

 

「……城で兄上への悪評が流れているのを聞いて、誰がそんな噂を流しているのか突き止めてやろうと思ったんです」


 ヒューゴ王子は言った。


 父も母も、あまりに兄にはいい顔をしていなかったから、信用していいか分からず、兄だけに理由を話して家を出たのだと。疑う必要のない護衛と、バレずに連絡を取るために、「幻惑の梟」の手を借りながら、兄を貶め自分を持ち上げる犯人を捜し続けた。


 聞こえてくる噂には必ずと言っていいほど「ヒューゴ王子を次期国王にすべき」と言葉が続いていたから、きっと自分が姿をくらませれば何かしらのアクションを起こすだろうと。


「身を隠してから数日、すぐに反応がありました。……十八年前、父が遠征先から連れ帰って来たと聞いた、メイドが僕を見張っていたんです」

「……見張っていた、のか? 連れ戻すのではなく?」

「はい。僕の動きを監視するように、ずっと。僕が近づこうとすると逃げだして、ついこの前までは話すどころか彼女がメイドとも分からなかった。……すごい身のこなしでしたよ。メイドと分かっても、本当にそうなのか疑ってしまうくらいには」


 父親が連れてきたメイドは、ギルドの手伝いもあってようやく捕まえることができた。少し言えないこともして、ようやくそのメイドが悪評の発端だと掴んだ。


 けれど、ヒューゴ王子が知ったのはそれだけではなかったのだ。


「どうしてそんなことをしたのか聞くと、メイドは言ったんです。『陛下のためだ』と」

「……父上? おい、なんでそこで父上が出てくるんだ⁈」

「幻惑の梟には拷問の達人がいましてね、その人が聞きだしてくれましたよ。『あの方に命じられて、あの方がシモンズ王家の全てを手に入れるためにやった』って」

「あの、方? ね、ねえ、あの方、って誰? まさか、それがジョナスなんてこと」

「……彼女、最後は笑ってましたよ。『まだ気づいてなかったのか』って」


 信じたくない、そう縋るようにヒューゴ王子を見つめるペネロペ王妃。そんな彼女に苦し気に首を振るヒューゴ王子を見て、私は彼の代わりに口を開く。親に縋られて苦しむ子供を見るのはあまり好きじゃない。


「……王妃。ジョナス王であればシモンズ王家の全てを手に入れるためにコソコソ何かする必要はないのです。元より、シモンズ王家はジョナス王のものなのですから」

「え? え? でも、彼はジョナスよ。私をこの家に連れてきてくれた時から、ずっと優しい私のジョナス……」

「どうか目を閉じないで。ジョナス王が決してする必要がないことしているということは、その方はもう、あなたの知るジョナス王ではないのです」


 ガタタッ、と椅子が倒れる音がした。ペネロペ王妃がついに椅子から落ちたのだ。


 見れば腰が抜けたように床に座り込む彼女が、怯え切った表情で自身より上にある顔を見上げている。ついさっきまで優しく梳かれていた金の髪は、色とりどりの冷たい色石の床に散らばっていた。


「ぁ、あ、ぁ……」

「……どうしたんだい、ペネロペ。床なんかに座って、体に悪いじゃないか」

「っひ、ぃ……!」

「こんなに怯えて。ああ、手もこんなに冷えて」


 短い声を上げながら、どうにか距離を取ろうと足を動かすペネロペ王妃。しかし真上にある男の顔が向けられた途端、彼女の足は凍ったように固まってしまった。


 剣を突き付けられているにも関わらず、明らかに怯え切った彼女の手をジョナス王のような誰かは壊れ物でも扱うかのように持ち上げる。そのまま男は彼女の青白い手に自身の指を滑らせるが、ペネロペ王妃のこわばりが取れることはない。


 この異常な空間の中、ただ一人いつも通りに振舞うジョナス王の姿は異様に不気味で、浮いて見えた。


 シモンズ王家の光景に突然現れた、異物。それは周囲から疑惑と困惑と恐怖の眼差しを向けられてなお、「ジョナス王」という役を演じている。

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