第13話 お前はにせもの

「ヒュ、っヒューゴっ⁈ お、お前自分が何をしてるかわきゃっ、分かっているのか⁈」

「もちろん。分かっていますよ、兄上」

「ひぐっ、な、何よぉっ、い、一体、どうしちゃったのよぉ……⁈」


 カオスな状況だ。ペネロペ王妃は訳が分からないといった表情で再び涙で顔をぐしゃぐしゃにしているし、ヒューゴ王子は冷め切った顔でそれを見下ろしているし、サイラス王子に至っては思考も言葉も全てが慌てている。そこに混乱する使用人の思考も乗っかって、私の頭の中はしっちゃかめっちゃかだ。


 普段なら必要ない時は聞こえない様に締め出せるのだが、今は強い感情が溢れすぎているせいだろうか。正直色んな思考がごちゃ混ぜになって吐きそうだ。


 それにしても弟の方は兄より冷静だと思っていたのだが。どうやら猪突猛進で興奮すると周りが見えなくなる部分は兄と似ているらしい。彼の説明不足のせいで王家は大混乱だ。サイラス王子に至っては弟の行動に混乱し通しで「ヒューゴはひょっとして正気を失っているのか? 殴った方がいいか?」なんて考え始めているし。このまま放っておくと収拾がつかなくなるだろう。


「まあまあ、サイラス王子。拳をおさめてください」

「何を言う占い女! 俺の弟が罪を犯しかけているのだ。過ちは殴っても止めるのが兄としての務め――――」

「良いから聞け馬鹿」

「――――ったぁ⁈」 


 しまった。おさめろと言っているのに拳をぶん回すのを止めないから思わず背中をひっぱたいてしまった。スパァン、なんて我ながら良い音が鳴ったし、こんな状況じゃなきゃ不敬だと首根っこを掴まれていたかもしれない。


 幸い痛みと驚きでサイラス王子は拳を引っ込めてくれたが、私の手が受けるダメージの方が尋常じゃなかった。何なんだこの第一王子。背中に石でも詰めてるのか。


 痺れたように痛む手を空でプラプラと振りながら、私は驚いた表情で固まったサイラス王子に言い聞かせる。


「……ヒューゴ王子は過ちなど犯していないと言っているのです」

「は、はあ? 何を言っている。親に刃を向けることが過ちでないわけが」

「それが本物なら、ですけどね」

「――――お、前」


 その一言にサイラス王子が固まる。信じられないようなものを見る目で私を見て、声を震わせる。当たり前の反応だ。本当に、信じがたいことだろうから。


 頭の中で彼は「嘘を言うな」と私に言おうとしていた。けれど、それが声に出るより先に彼の弟が振り返らずに言う。


「……すごいな。占いってそんなことまで分かっちゃうんですか?」

「ヒューゴ? お前まで、何を」

「彼女の言う通りなんですよ、兄上。この人は、僕たちの親じゃない」


 強気の言葉とは裏腹に、握る剣先が少し震えるのが見えた。まだ剣を、敵意を向けることにためらいがあるように思える。しかしそれでもヒューゴ王子は剣を下げる素振りは見せなかった。


 彼は唇を引き結ぶと迷いを断ち切る様に小さく首を振り、柄を握りしめる。覚悟を決めたのだろう。切っ先にもう震えはない。


 ヒューゴ王子はゆっくりと、しかし正確に剣の先を敵へと向ける。


「――――この人は、とっくの昔から我々のんですよ!」


 子供の叫びが悲痛さを伴って、部屋の中に響き渡った。

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