第12話 みんなの第二王子、凶行

「ただいま戻りました、兄上」

「ひゅっ、ヒューゴ⁈ あなた……」

「ヒューゴ! お前、まだしばらくかかるって、今日だって俺が報告を聞くはずだっただろう?」

「想定よりも早く吐かせることができたので。それに、うちの人間が城に見知らぬ者を連れ込んだと聞いたので、少し急ぎました」


 サイラス王子よりも少し高い、男の声。ようやく噂の人物のご到着か、と私は後ろを振り返る。


 いつの間にか扉の前に立っていたのは金髪の青年だ。サイラス王子よりもやや小柄で線の細い第二王子は、切れ長の目で部屋を見渡すとまっすぐに第一王子の元へと歩いて行く。


 私のことも両親のことも、どちらも目に入っていないような迷いのない動きだった。驚き固まるペネロペ王妃の声もスルーして、彼は顔を隠していたフードを落としながら背筋を正して兄の前に立つ。サイラス王子と同じ型の、赤い上質な服が目を引いた。


「やっと掴めましたよ。兄上の評判を貶めている奴、十八年前に入ったメイドの一人でした」

「十八年……。ソフィア母上が亡くなった年か」

「僕が離れて正解でしたね。尻尾を掴むのに時間はかかりましたが……それでも今までに比べたらずっと分かりやすかった」


 久々に揃ったはずの兄弟が何事もなかったように話をしているのを見て、ペネロペ王妃は何も分からないといった顔をしていた。驚きのあまりか彼女の涙は引っ込み、口は開きっぱなしで話し込む兄弟の顔を見比べている。その間、ジョナス王は何も言わなかった。


 話していると、ヒューゴ王子の目がちらりとこちらを向く。


「それで、兄上。この方は?」

【身なりからして旅の者だろうか。随分と古風な格好だな】


 兄に報告をし終えて、ようやく見知らぬ私がいることが気になったらしい。思考を覗いても、弟のヒューゴ王子は兄に比べて随分と落ち着いていた。兄のように怪しいと決めつけせず、冷静にこちらの観察をしている。あの兄よりもずっと父親に似ている青年だ。


 私はそんな王子に一礼し、名前を言おうと口を開く。


「申し遅れました。私は――――」

「こいつは怪しい占い師だ。油断するなよ、ヒューゴ。恐らく王家の財を狙ってきた輩の類に違いない」

「え? 遠方から訪ねてきた村の人間からうちの使用人が彼女を連れてきたって聞いてますけど。鬼気迫る勢いで、まるで誘拐みたいだったって」

「……そうなのか?」

「心配してましたよ。『占いをしてくれた女の子が王家の馬が引く馬車に連れ去られた』って。一体どんな連れてきかたをしたんですか」


 だが、その紹介はこの城で初めて会った時と同じような大声に掻き消されかけ、そしてこの期に及んで失礼極まりない内容に私は額に青筋を立てる。この第一王子、ついさっき私のおかげで疑いが晴れたことを忘れているんだろうか。だとしたら鳥頭にも程がある。


 幸いなのは、ヒューゴ王子は兄と違ってちゃんと話せそうな方だということだった。ひょっとして遠方の村の人というのはあの婦人のことだろうか。どうやら心配してわざわざ言いに来てくれたらしい。あの人は善性の塊なのだろうか。

 

 至極最もな疑問を聞いてくれたヒューゴ王子に感動を覚えながら、私は改めて彼に向って頭を下げた。


「私は旅の占い師をしております、リベットと申します。この度はヒューゴ王子の行方を捜してほしいと、国王陛下から頼まれまして」

「ああ、なるほど。……父が、ですか。それはお手数をおかけしました」


 ヒューゴ王子は私の言葉に頷くと、その目を私からその先へと向ける。そこには彼の両親、ジョナス王とペネロペ王妃が座っているはずだ。だが、実の両親に向けるものにしてはその眼差しは酷く鋭い。


 と、その瞬間だった。


「っひ、ひゅっ……ヒューゴ⁈ あ、あ、あなた、何、何をっ……?」

「何を、ですか。母上」


 彼は素早く壁にかかった剣を取ったかと思うと、その切っ先を両親へと向けた。


 ペネロペ王妃は実の息子の凶行に怯え切った声を出し、その鋭さから逃れようとして椅子からずり落ちている。だが、そんな状態の母親を見ても、ヒューゴ王子は剣を下そうとはしなかった。周囲の使用人たちの口から、微かな悲鳴と息を吞む音が聞こえてくる。

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