第11話 夜に扉をあけたもの

 ペネロペ王妃の思考と言葉、その両方に耳を澄ましながら私は問いかける。


「……あまり、ご子息と親しくしていなかったのですか?」

「あまり体が丈夫な方じゃなくてね。王家に嫁いでからも、ほとんど寝てばかりなの。……子供たちのことも、お世話は使用人に任せきりで」


 動けない日が多いペネロペ王妃は、ベッドの中で使用人たちから息子たちの様子を聞くのが日課だったと言う。申し訳なく思っていたそれが、いつの間にか当たり前になっていたとも彼女は語った。


 話を聞いているうちに大分落ち着いたのだろう。彼女の口調は静かなものだった。血走った目の赤みは引いて、呼吸の荒さもない。ただ少し疲れた様な、やつれた雰囲気だけがある。


 力が失われた目から、ほろりと涙の粒が零れ落ちた。色の悪いかさついた唇から発せられる、不安定に震える声が細く空気を揺らしていく。


「こんな母親、見限られて当然だわ。子供たちのことを見えているようで、何も見えてなくて。サイラスのことも、あんなに疑って」

「……ペネロペ、落ち着きなさい。君は何も悪くない。君が悪いなら私だって同じだ」

「あなたは忙しかったじゃない。国王の仕事で方々を走り回って。……けど、私はずっと城にいたのよ。城にいたのに、気づけなかった……。報告を、鵜呑みにして」


 ペネロペ王妃の目から零れ落ちる涙は徐々にその大きさと量を増していき、ついにはジョナス王の指でも拭いきれないほどになった。それでも夫である彼は、手で顔を覆ったペネロペ王妃の肩を抱きながら、もう拭う意味をもたない片手で懸命に彼女の指の間から滴る雫を拭う。そうすることが、夫として当たり前とでも言うように。その目は厳しく、彼女を泣かせる要因となった使用人たちを睨みつけている。


 私は夫婦の仲睦まじい思いやりのある宗教画のように美しいそれを見て、そしていつの間にか数を減らした、気まずげに視線を逸らす使用人たちの思考を読んで、ため息を細く、空に吐く。


 本当に、分かっていながら見るととんだ茶番だ。まだ三流役者の舞台の方が見ごたえがあるように思えてくる。


「……すまないな。君にはとんだ王家の醜態を晒してしまった」

「いいえ、お気になさらず。占い師というのは人の様々な側面をよく見るものですから」

「そう言ってもらえるとありがたい。それから……サイラス、すまない。私もどこかでお前のことを決めつけていた」


 そう言うとジョナス王は私の横でぽかん呆けているサイラス王子に向けて深々と頭を下げる。何が起きたのか良く分かっていなさそうな青年は、自身の父親に頭を下げられるという状況を見てようやく我に返ったのだろう。驚いた様子で、オーバー気味にぶんぶんと両の手を顔の前で振った。


「そ、そんな父上。顔を上げてください!」

「……まだ父と呼んでくれるのか。お前を疑った私に、そんな資格ないだろうに」

「そんなことはありません! 父上はずっと俺の理想です!」

「ありがとう、サイラス」


 ジョナス王は父親としての柔らかな微笑みを浮かべながら、今度は私の方を見る。その表情に微笑みで返しながら、私は分かり切っている彼の言葉を待った。


「……リベット殿。ヒューゴは、私の息子はどうなったのか、分かるだろうか」

「どうなったか、ですか」

「国王という立場だ。何も起きていない、なんて甘い考えは持ってない」


 無事ではないのだろう、と言いたげだった。きっと自分の息子は国王の子であるというだけで酷い目に遭っているのだと。そう確信している悲痛な声だった。


 そんなどこか傷ついたように言うジョナス王に、私は告げる。


「私が思う……いえ、水晶玉のお導きが告げることによると、ご子息はあなたが思うような酷い目には遭っていないようです」

「……なんだって?」

「ええ、だってあなたのご子息は――――」


 そこで心の中で「サイラス王子が思ったことから考えるに」と置いてから、私は水晶玉を介した言葉を告げる。私を見る父親と、いつの間にか涙を止めてこちらを食い入るように見つめていた母親に向けて。



「――――誰に攫われるでもなく、ご自身の足でここから出ていかれたのですから」



 短く、息を呑む音。そして大きく見開かれた目が私を見たその瞬間、私の後ろで、扉が開く音がした。

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