第10話 仲良し兄弟を語ってたら夜になってました
ヒューゴ王子のために呼んだ占い師があろうことかサイラス王子の味方をし、しかもその占い師が今日来たばかりだというのに自分よりも王子たちの仲のことを知っているという衝撃はすごかったのだろう。見ていてちょっと可哀そうに感じるくらいの呆然っぷりだ。
だが、私もここで手を緩めるわけにはいかない。だってこれから彼女たちに聞かせる話の下準備として、「第一王子と第二王子不仲説」の誤解は確実に払拭しておきたいからだ。頭の中を読めることは証明としては使えないから、どうしてもこういうやり方が必要になる。
だから、私は話した。サイラス王子から流れてくる情報に時々分かりやすくするために手を加えながら、水晶玉のお告げとしてひたすらに彼らの仲良しエピソードを喉がカラカラになるまで垂れ流し続けた。
時々向けられる「なんでそんなことまで分かるんだ」と言いたげなサイラス王子の視線を無視しつつ、私は聞いているだけで胸やけしそうなほど仲が良い、というかどうしてここまでの仲良しっぷりが伝わっていないのか、最早疑問に思いながら口を動かし続ける。
幼いころ共に森を冒険した際に出くわした獣から弟を守り、その後迷って弟の知恵で何とか家まで帰って来た話。誕生日にはプレゼントを贈りあい、お互いにばれない様に欲しいものの探り合いをしている話。もらった物は今も大切に使い続けている話。弟はよく剣の腕前を褒めてくれるが、自分はそんな弟の知恵や機転を尊敬している話。
など、など、など。話し続けるときりがないが、それでも私は話をやめない。彼女らの表情に少しの疑いが残っている限り、「兄弟のことをわかっていなかった」と、認めさせるために言い続ける必要があるからだ。
そして「どうして分かっていなかったのか」を疑問に思わせるためにも。
「それでですね、サイラス王子のお腹に未だ残る傷が、ヒューゴ王子を助けるべく果敢に獣に向った際に出来た名誉の負傷でして」
「何でそこまで知っているんだ占い女⁈」
「……分かったわ」
「いえ、でもここからが彼らの絆をより深めた話で」
「自分の子供のことなのに全く分かってなかった! 認めるわよ、もう!」
助かった。正直話し過ぎで唇が痺れてきたところだったのだ。
やけくそじみたペネロペ王妃の言葉を聞いて、私はようやく口を閉じることができた。それと同時に、ずっと頭に流れてきていたサイラス王子の思考を追い出す。直接話したわけではないが、それでも一生分のサイラス王子の声を聞いた気がする。
一応ペネロペ王妃の思考を読んでみるが、思った通り、言ったことと同じことを考えている。どうやら「悪いと思っていた兄弟仲が実は良かった」ということに関しては納得してくれたらしい。
と、長い長い説得が終わったその時、ちょうどいいタイミングで外と通じる扉が開く。流れこむひんやりとした風と、扉の隙間から覗いた青暗い影に、もう夜が来たことを知った。
「お、王妃。あのう、南の森についてなのですが」
扉を開けたのはペネロペ王妃に命じられた、あの若い男の使用人だった。急いできたのだろう彼は肩で息をしながら国王夫妻を見て、どこか言いづらそうに目を逸らす。
そんな使用人を前に、先に口を開いたのはペネロペ王妃だった。
「……その顔を見れば分かるわ。あったんでしょ、ツリーハウス」
「その、はい。全く、言われたものと同じ内装でした」
「そう。分かったわ。下がりなさい」
「ですが、その、王妃」
「……いいから下がりなさい。私は彼女とお話する必要があるみたいだから」
下がる様に言われた後も使用人は何度か国王夫妻の顔を窺っていたが、二度目の促しに逆らう気は流石になかったらしい。使用人は素直に頷くと、言われた通りに下がっていった。
それを見届けた後、ペネロペ王妃は再度こちらを見る。その顔にもう狂気じみた怒りは見えなかった。
「それで、占い師さん」
「リベットです」
「……リベット。あなたの占い、中々当たるみたいね」
「ありがとうございます。ですが王妃、私はただ水晶玉のお導きを伝えているだけなので」
「そのお導きとやらのおかげで、私は子供たちの見えていなかった部分が知れたわ。……それを知る機会が、息子がいなくなった後にやってきたというのが皮肉ね」
聞こえてくる声に棘はない。ついさっきまでサイラス王子に向けられていた殺気の滲む眼差しもない。ようやく「サイラス王子が悪意をもってヒューゴ王子に何かするとは思えない」という結論が彼女の中で下されたのだ。
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