第9話 第一王子の弁護開始!
「……あなた、今なんと言ったの?」
「サイラス王子は無実、と言いました。王妃」
「サイラスが、何もしてないですって?」
私が放った言葉にペネロペ王妃が「聞き捨てならない」と、眼光を鋭く光らせる。つい今までジョナス王の腕に弱々しくしなだれかかっていた女性とは思えない、殺意のこもった視線だ。しかしここで負けるわけにはいかない。ここで折れてしまえば恐らくサイラス王子は犯人仕立て上げルートに一直線だ。正直、味方もいない中でこの王子が論理的に今の状況をかいくぐれるとはとても思えない。
「な、何を言っているんだ。お前。俺が無実なんて、そんなの当たり前――――」
「周囲はそう思っていない、と水晶玉が言っております。それにサイラス王子自身、疑われているのは良く分かっておいででは?」
「……っ、しかし、だな。それをお前が証明できるなど」
「できます。水晶玉のお導きがそう告げているのです」
まだ私のことを信じられないらしいサイラス王子が、もごもごと言うのをやめさせる。敵だらけのこの男を弁護するだけでここの空気は最悪だから。心の声が聞こえる私には特に。今だって針の筵に座らされているような気分なのだ。
「今はちょっと黙ってろ」の意を込めて、私は水晶玉を撫でつつサイラス王子を睨みつける。こんな状況で弁護対象の文句まで受け入れる余裕、流石に持ち合わせていない。
私がそこまで確信めいたことを言うとは思っていなかったのだろう。語気を強めて言い切れば、サイラス王子は目を見開いた状態で押し黙った。だが、彼が黙った代わりに今度は幽霊のような彼女が口を開く。相変わらず力ない手足に比べて、目ばかりが酷くギラついていた。
「水晶玉のお導き、だったかしら。だとしたらそれはただのガラス玉ね。しかも曇っていて真実も映せない。正真正銘のガラクタだわ」
「……ペネロペ、あまり興奮しないで」
「だってあなた。ここははっきり言っておかないと」
国王夫妻の会話を聞きながら、私はいつも通りの手つきで水晶玉を撫でる。
彼女の言うことは大当たりだ。この水晶玉は何も映らないし、彼女の言う通り占いができない私が持っていてもガラクタ同然の産物だろう。けれど今はそのガラクタで、この状況をどうにかしなければならない。占い師を名乗って王家の問題に首を突っ込むのならば。
針で刺されるような視線に晒されながら、私は息を吸う。
「まず、王妃はご兄弟の仲が悪かったと思われているようですが、そもそもそれが誤りなのです」
「……なんですって?」
「サイラス王子とヒューゴ王子。お二人はあなたが思っている以上に仲の良いご兄弟なのですから」
その一言にペネロペ王妃の目が丸くなる。が、それは一瞬で元の鋭い目つきに戻った。思考を覗かずとも分かるレベルで「信じられない、信用できない」と顔に書いてある。
だからまず手始めに、その誤解を解くことから始めよう。
私はサイラスの思考に意識を集中させる。細々と流れ込んでくるペネロペ王妃の感情も使用人の罵詈雑言も全てカットして、私の言葉に反応した彼の考えだけを聞き洩らさずに読むべく、神経を研ぎ澄ませた。
この王子の思考を読んだときから何となく分かっていたことだが、サイラス王子は非常に分かりやすい。思考が読み辛い彼の父親とは反対で、サイラス王子はとても素直に物事を考える方だった。まあこれに関してはサイラス王子が分かりやすいと言うより、彼の父親が異常なのだが。人間は普通、外部からの情報に考えたことを思い浮かべるのが一般的なのに、ジョナス王ときたらそれがほぼない。警戒心の塊だ。
「家のことを知らないあなたに、あの子たちの仲が良かったなんて分かるわけもないでしょうに。でたらめを」
「……南の森の奥、獣道を通り、顔の形をした大岩を左に曲がって五歩」
「は? あなた、いきなり何を」
「そこに古いツリーハウスがあります。お城をこっそりと抜け出し、弟様が設計し、お兄様が建材を集めて作った、ご兄弟の秘密の遊び場が」
全く、サイラス王子が分かりやすい思考回路をしていて助かった。
私は見なくとも分かるサイラス王子の驚き顔を想像しながら、頭に流れ込んでくる情報を話せるように整理する。
さっきの思考から考えるに、サイラス王子はヒューゴ王子の協力者だ。彼は弟がどうしていなくなったかを知っていて、だからこそ私を追い出そうとしている。見つけられたら困るから。
そんな協力し合う兄が権力争いのために暗殺を企むなど、私は想像できなかった。恐らく王妃が思っているのとは反対に、この兄弟は仲が良い。そう思って突いてみたら案の定だ。思った通りサイラス王子の脳内に「兄弟の仲睦まじいエピソード」が湧水の如く溢れてきた。
私はそのうちの分かりやすいエピソードを話しながら、ペネロペ王妃の顔色を窺う。彼女は少し呆けた様な表情をしていたが、それも束の間のこと。すぐに目つきの強さを取り戻すと、近くに控えていた使用人に鋭い声で命じた。
「……南の森を探してきなさい」
「は、しかし王妃――――」
「早く! この女が言っていることがでたらめだと証明して!」
彼女の言葉に戸惑っていた使用人の一人が、叩きつけるような声に驚いて城から転がり出て行く。いきなりのことに驚いたのだろう、若い男の使用人は酷く混乱していた。
目を血走らせ、また興奮してきた彼女をジョナス王がなだめるが、ペネロペ王妃はそんな夫の優しい手を乱暴に振り払った。
そんな彼女を落ち着かせるように、私はなるべく落ち着いた声で話を続ける。
「ご安心を、王妃。水晶玉のお導きはこれだけではありません」
「……何が言いたいのよ、あなた」
「焦って探させに行かずとも、王子たちの仲の証明はまだまだ沢山あるということです」
その言葉に、ペネロペ王妃は言葉を失くしたように固まってしまった。
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