第7話 幽霊王妃、現る
「っ母上、お加減はよろしいのですか?」
「……母なんて、思ってもいないことを言わないで」
静まり返った室内の中、真っ先に言葉を発したのはサイラス王子で、しかし彼の体調を案ずる言葉を突然現れた彼女は跳ねのける。氷のように冷たく、頑なな声。
サイラス王子の「母」という言葉から考えるに、彼女が件の伏せっている妻、ペネロペ王妃本人らしい。ほっそりとした顔の色は青白く、長い金髪は垂らしたハチミツのように美しいが、手入れをする体力も無いのか、端がうねり、絡まっていた。
顔色悪くやせ細り、それでもなお分かる美しさ。寝込む前はさぞ目を引く美人だったのだろう。しかし、生気無く目ばかりギラギラと光らせている今の姿は、お世辞にも「美しい女性」とは言えない。失礼だが、今の彼女はまるで幽霊だ。
風に揺れる布のような不安定な足取りで、ペネロペ王妃はこちらへと近づいてくる。時折ふらつき、お付きのメイドたちに支えられながらもサイラス王子から目を離さない王妃に、私はゾッとしたものを覚えた。いくら怒っているからといって、あんな憎しみのこもった目を息子に向けるものだろうか。
けれどそこで、私はペネロペ王妃の言った「私の息子」という言葉に違和感を覚えた。奪った、ということは彼女の言う「息子」はヒューゴ王子のことを指しているのだろう。考えすぎかもしれない。だが、それをサイラス王子に言うのはまるで「私の息子はヒューゴ王子だけ」と言っているようにも感じられて。
彼女はもしかして、サイラス王子のことを息子とも認めていないのだろうか。そんなことを私が想像している間にも王妃はサイラス王子の前へと立つと、きつい眼差しを向けながら尖った声で言う。
「あなたがヒューゴを、私たちの宝を盗んだんでしょ。邪魔だから、先に生まれたあなた以上に後継者にふさわしいと望まれているから」
「ち、違います。母上、俺は」
「何が違うの!」
バァンッ、とテーブルを叩きながらのヒステリックな叫びがビリビリと耳をうつ。火のついた火薬を前にしたような緊迫感に私は浅く息を吸った。少しの刺激で破裂してしまいそうな彼女の危うさに、気を抜いたら上手く呼吸ができなくなりそうだ。
だが急に叫んだのが良くなかったのだろう。ペネロペ王妃は顔を赤くし肩を震わせていたが、激しく興奮したせいで目が眩んだのか、いきなりふっと糸が切れたように倒れ込んだ。
「おっ、と。大丈夫かい、ペネロペ」
「……あな、た」
「まだ起きたばかりでそう興奮するんじゃない。体に負担がかかるぞ」
それを見たジョナス王の行動は早かった。彼はサッと立ち上がると、あたふたとするメイドを横目に倒れかけた妻の体を支え、自身が座っていた椅子へと座らせる。慣れているのか無駄のない動きだ。
ジョナス王は座って少し落ち着いた様子のペネロペ王妃の髪を梳きながら、使用人に暖かい飲み物を持ってくるように命じる。部屋の明かりでキラキラと輝く彼らの金髪が目を引いて、そこで私は気づいた。この夫婦、どちらも金髪なのだ。どちらにも、サイラス王子のような黒髪の要素がない。
「っ父上、信じてください。俺が、ヒューゴを害するような真似なんて」
「ああ、分かっているさ。だが……今は少し黙っていてくれ」
「っ……しかし」
「お前がどう思っているかは知らん。だが、これだけは覚えておけ。ペネロペは家族のことを本当に愛しているんだ」
父親にぴしゃりと告げられ、サイラス王子は開きかけていた口を閉じる。その目はどこか縋るように父親を見ていたが、ジョナス王の目はもう彼を映してはいなかった。ジョナス王は使用人からカップを受け取ると、腕の中のペネロペ王妃に少しずつ含ませるようにして中身を飲ませてやっている。使用人にやらせないなんて、随分献身的だ。
そういえば、と私は使用人の一人が前王妃について考えていたことを思い出す。髪の色から察するに、サイラス王子は前王妃の子ということなのだろう。つまり第一王子サイラスと第二王子ヒューゴは腹違いの兄弟なのだ。
王妃のサイラス王子への態度がどことなく冷たく感じるのはそのせいもあるのだろうか。しかもヒューゴ王子を誘拐したかもしれないという疑惑のおまけつきだ。ペネロペ王妃がヒステリックな態度になってしまうのも分かる気がする。
【ああ、ヒューゴ。可哀そうに、あんな血も涙もない兄に酷い目に遭わされて。どこにいるのかしら。……どうか無事だと良いのだけれど】
けれど、と私はペネロペ王妃の頭を覗きながら首をひねった。
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