第6話 ムカついた、第一王子を分からせる

「ああ、なるほど。サイラス王子がお怒りの理由が良く分かりました」

「ふん。ならとっととこの城から」

「サイラス王子はお腹が痛いのですね。それもシクシクと痛むと。それはお辛いでしょう。気が立っても仕方がありません」

「……はっ⁈ お、お前、何を」

「水晶玉のお導きによれば今お考えになられているお肉料理よりも、パン粥など消化のいいものを召し上がるとよろしいですよ」


 それらしくたっぷりと間を置いて言えば、サイラス王子は驚いた様子で口をはくはくと動かしている。当たっていることが信じられないのだろう。その顔は「どうしてそのことを」とでも言いたげだ。まあ、私は王子が思ったことをそのまま口に出しているだけなので、当たっていて当たり前なのだが、もちろんそんなことは口に出さない。ただ意味深にニヤリと笑えば、サイラス王子はギクリと体を跳ねさせて、半歩後ろへ後ずさった。


「ええ、言わずとも分かりますとも。全ては水晶玉のお導き。信じる信じないはどうぞご自由に」

「……っ、ど、どうせそれらしいことを適当に言って、誤魔化しているだけだろうっ!」


 私にそう吐き捨てるサイラス王子だったが、その表情は動揺している人間のそれだ。うろうろと泳ぐ目に、溜飲が下がる。我ながら性格が悪いとは思うが、こちとら勝手に連れてこられて罵倒されている身なのだ。この程度のやり返しは許されるだろう。


 ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべながら、私は動揺しているサイラス王子の頭を覗き見る。今度は一体何を思っているのやら。


【クソっ、何故胃のことを……。まさか本当に占いとやらで全て分かるとでも言うのか⁈】


 思った通り、サイラス王子は私が言い当てたことに動揺しているようだった。もちろんやり方は占いでもなんでもないのだが。あれだけ意味深に水晶玉のお導きだのなんだのと言えば、流石に多少は心が揺らぐらしい。


 慌てる姿に「ざまあみろ」と、心の中で舌を出しつつ、微笑みをキープする。しかし、続けて聞こえてきた内容に私は表情をひきつらせる羽目になった。


【しかしこの女をどうしたものか。今、想定外の接触は避けたい。どうにかして、こいつを城から追い出さなくては。……せめて『幻惑の梟』からの定時報告までには】


 「幻惑の梟」? 今、幻惑の梟と言ったか、この王子。

 その言葉に嫌な汗が噴き出す。私の変化に気づいたジョナス王が「どうかしたのか」と聞いてくるが、今の私は微笑みがぎこちなくならないようにするので精一杯だ。


 幻惑の梟。その名前のギルドのことは、私もよく知っている。


 情報操作に偵察に護衛、払いによっては暗殺まで請け負うという噂で、後ろ暗い人間御用達。普通に生きているのであれば、接触する機会など一生訪れないようなギルド。何故、そんなギルドの名前が第一王子なんて立場の人間から出てくるのか。しかも「報告」なんて言葉とセットで。


 そんな時、ヒューゴ王子を亡き者にしようとしている。そんな使用人たちの心の声が最悪のタイミングで頭を掠めた。


 あまり考えたくはないし、正直この王子がそんなことを考える程知恵が回るとは到底思えない。だが、予想できる材料があまりに揃い過ぎている。ひょっとしてまさかこの王子、本当に実の弟を――――


「……やっぱり、あなたなんでしょう。サイラス。私の子を奪ったのは」


 しかしそう思う直前、私の考えを先読みした様な女性の声が空気を震わせる。声と同時に頬へ吹き抜けた急な風の流れに顔を上げれば、ジョナス王の自室の扉が大きく開け放たれていた。そしてその扉の前に立つ、白いネグリジェ姿の女性。


 彼女は厳しい目つきでサイラス王子を睨みつけていた。

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