第5話 嫌われすぎな第一王子

「サイラス。二度は言わないぞ。今すぐにその無礼な態度をやめろ。……お前だって弟を見殺しにしたくはないだろう?」

「俺は信用に値するものを信用すべきと言っているだけです」


 息子の態度をたしなめるジョナス王に反発するサイラス王子。そのどちらも折れる気はなさそうだった。ただ、今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな空気感に私の胃が締め付けられるばかりである。自分が参加しているわけでもないのにどうして他人の喧嘩というのはこうもハラハラするものなのか。


 しかも駄目押しと言わんばかりに、定期的に睨みつけてくるサイラス王子のおまけつきである。もう胃がねじ切れるのを通り越して爆発しそうだ。私が一体何をしたというのか。他ならない私が一番知りたいことである。


「とにかく、俺は反対です。こんな得体のしれない女、即刻追い出すべきだ」

「……サイラス。お前は」

「ヒューゴのことを心配していないわけではありません。ただ、このように怪しげな者を関わらせる必要などないと言っているのです」


 金髪と黒髪の言い合いはどこまでも平行線だ。サイラス王子は私の手を借りることを頑なに拒んでいるし、対してジョナス王はそんな息子の態度に「どうして分からないんだ」と呆れている。この二人、親子ではあるが非常に相性が悪い。


 ジョナス王はますます眉間の皺を深くして最早渓谷のようになっているし、サイラス王子に至っては猛禽類の如き視線の鋭さ。まあ親子といっても様々な形があるし、二人の仲の悪さもそこまで珍しいものでもないのかもしれない。


 だがしかし、単に仲が悪いとだけ思えたのも周りの頭の中を覗くまでの話だった。


【一体何を考えているんだ、第一王子は。弟様の危機だと言うのに】

【陛下が藁にも縋る思いで連れてきた方をあんなに無碍に扱うなんて、やっぱりあの噂は本当なのかしら】

【やはり第一王子は第二王子のことを邪魔に思っているのか。誘拐なんて、汚いマネを】


 周囲の使用人からの声に私は目を見開く。ちょっとこれは嫌われているとか仲が悪いとかのレベルではない。これじゃあまるで身内どころか敵扱いだ。


 一体どうしてそこまでサイラス王子を、と気になって使用人たちの頭を覗けば、面白いほど彼の悪評が集まっていた。


 やれヒューゴ王子と違って横暴だ、だの。やれヒューゴ王子の方が次期国王にふさわしいという声が上がっているからヒューゴ王子を亡き者にしようとしている、だの。挙句の果てにはヒューゴ王子を暗殺するために、他ギルドと密会しているなんて話も出てくる始末。


 仲が悪いにしたって嫌われすぎだろ、この王子。普段どんな態度で使用人に接してるんだ。


 使用人たちの悪感情を向けられまくっているサイラス王子の嫌われぶりに、私は驚きを通り越して呆れの感情が出始めていた。身内全員からここまで嫌われているとなると最早才能を感じる。人を苛つかせる天才というやつだ。私なら絶対要らない。


 そんなことを考えながら父親と未だ言い合っているサイラス王子を観察していると、視線に気づいたのかこちらを向いた彼とバチッと目が合ってしまう。しまった、ちょっと気まずい。


「……なんだ。何を見ている」


 だがそんな一時の気まずさも、目が合った瞬間表情が変わる勢いで眉根を寄せ、全力全開の不快感を顔じゅうで表すサイラス王子を見た途端に吹き飛んでしまう。本当に何なんだこの王子。占い師に恋人でも取られたのか。


 だがサイラス王子の才能はそれだけでは終わらなかった。別にやましい理由などないと弁明しようとした私に、彼は驚きの難癖をつけてきたのである。


「え、いや何をというわけでは」

「とぼけるな。怪しい占いとやらで父上を誑かしおって」

「でも連れてきたのはそっち」

「王家シモンズの力目当てにすり寄ってきたのかもしれんが、俺の目は誤魔化されんぞ」

「――――サイラス! お前いい加減にしないか!」


 初対面相手に対してあまりに失礼過ぎる物言いに、流石のジョナス王も怒声を飛ばす。が、当の本人はそんなことは知ったこっちゃないらしい。父親の言葉もどこへやら、全く変わらない態度で私を仇のように睨みつけている。ここまで一貫しているといっそ清々しく思えてくるから不思議だ。


 それにしても、どうしてこの第一王子が嫌われているのか何となく分かった気がする。未だに横でわあわあと何かを言い続けるサイラス王子の声を右から左に素通りさせながら、私は使用人たちの言葉に一人納得していた。


 人の話を聞かない。思い込んだら一直線。良く言えば真面目といえなくもない。が、その言葉で擁護するにはあまりにも言い方が乱暴だ。


 使用人たちの声を聞いた時は「そこまで言わなくても」と思わないことも無かったが、確かに普段からこんな言い方をしていては、怪しまれるのも仕方がない気がする。


「何だ。何を見ている!」

「いいえ、別に。占いがお嫌いなんだなと思いまして」

「当たり前だろう。そんな不確かなもの、信用に値しない」


 正直な話、サイラス王子が私を追い出そうとしているのを聞いて、内心「やった」と思わなくもなかった。占い師というのはただの肩書だし、水晶玉には何も映らない。ここから追い出してくれるならむしろ万々歳だ。


 が、しかし。好き勝手な王子の暴言に何も思わないわけでもなかった。こっちはほぼ拉致同然の形で連れてこられたというのに、どうしてここまで文句を言われなければならないのか。言うとしても王子じゃないだろうという気はする。


 簡単な話、私はカチンときている。第一王子の思い通りになりたくないと、そう考えてしまうくらいには。


 だから鼻に皺を寄せてこちらを見下ろすサイラス王子を前に、私は水晶玉に手を滑らせた。

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