第4話 人を挟んで喧嘩やめてください

「あのう、そのヒューゴ王子は一体どういう――――」


 手始めにジョナス王が息子の行方について知ってそうなことを聞き出そう。そう思い、私は声を上げた。


「父上! 一体何をしているのですか⁈」


 だが、その瞬間だった。突如として後ろから飛んできた大声に私の声は見事に掻き消され、霧散したのだ。


 今度は一体何なんだと、後ろを振り返ればそこには黒髪短髪の青年が一人立っていた。厳しい眼差しにジョナス王とあまり変わらない背丈の彼は、顔に幼さこそ残るものの、厚みのある体も相まって、まるで歴戦の武人のような雰囲気を漂わせている。


 出かけていたのか、上等な皮のブーツに泥をつけた青年は使用人が止めるのも構わずに、ずんずんとこちらに向って歩いてきたかと思うと、何故か私の目の前でピタリと止まった。ジョナス王と違い、こちらはシンプルな、しかしやはり上物の生地を使った黒の衣装に身を包んでいる。


 父上、と言っていたということは息子だろうか。あれ、じゃあ行方不明の息子を探す必要はなくなった?


 いきなり現れたジョナス王の息子、ヒューゴ王子(仮)を見上げながら私はホッと胸を撫でおろす。息子が戻ってきたのならもう私がごちゃごちゃと悩む必要もない。


 ただ想像していたよりガタイは良いし、失礼な想像ではあるが、いなくなった程度で心配するほどの子供には見えないが。見た感じ恐らく歳は十九かそこらだし、戦い慣れしている佇まいは、むしろ二か月も三か月も山に籠って獣と格闘していると言われる方がしっくりくる。


 だが見た目で判断するのはよろしくない。もしかしたらジョナス王が心配するのも当たり前の、繊細な心の持ち主なのかも。


「……チッ、父上が頼るからどんな奴かと思えば、ただの小娘じゃないか」


 と、思ったがどうやらそんなことはないらしい。


 ヒューゴ王子(仮)は鋭い目で私を見下ろすと、いきなりこちらを威嚇するような舌打ちをはっきりと響かせたのだ。これは絶対に繊細ではない。むしろふてぶてしい。


 いきなり舌打ちとは初対面に随分なご挨拶だな、と決して良くない気分で見上げれば、今度は「ふん」なんて、あからさまに不機嫌な鼻息が飛んでくる。どうしてかいきなり現れた青年は、私に対する不快感を隠しもしない。


 正直ちょっとムカついた。水晶玉で鳩尾を突いてやろうかという考えが一瞬本気で浮かぶくらいにはイラっときた。王族にそんなことをするわけにはいかないが。


 それにしても不思議である。私は王子と初対面だというのに、どうしてこんな態度をとられているのか。何をしたわけでもないのに。


 あまりに露骨な対応に怒りよりも段々疑問が勝ってくる。ひょっとして知らないうちにヒューゴ王子(仮)に何かしていたのだろうか、と考えていれば今度はジョナス王の深いため息が聞こえてきた。舌打ちに鼻息にため息に忙しい親子である。


 けれどそんなふざけたことを考えるも束の間、次に聞こえたジョナス王の言葉に私は目を見開いた。


「言葉を慎め、サイラス。彼女は私が呼んだのだ」

「……えっ? ヒューゴ王子じゃなく?」


 ジョナス王の口から出てきたのはヒューゴ王子でなく、サイラスと言う別の名前だったのだ。ヒューゴ王子の説明を受けた時「息子の一人」とかでなく「息子」とだけ言っていたので、私はいつの間にか「息子はヒューゴ王子一人」だと思い込んでいたみたいだ。


 目を丸くした私に、ジョナス王はこちらが考えていることを察したらしい。サイラスと呼ばれた青年に向けていた厳しい目つきを和らげながら、説明してくれた。


「ああ、すまない。こいつは第一王子のサイラス。第二王子ヒューゴの兄にあたる。……サイラス、こちらは占い師のリベット殿だ」

「……父上。聞けばこの小娘、ただの胡散臭い占い師ではないですか。まさかこのように不確かなものを信用するおつもりで?」


 なるほど、サイラス王子とヒューゴ王子は兄弟というわけらしい。いなくなったのは弟の第二王子というわけか。どうも旅であちこちふらふらするようになってから、世の中の情報に疎くなっていけない。せめて第一王子と第二王子の存在くらい覚えておかなくては。


 それにしてもサイラス王子は随分と反抗的な兄のようだった。今も言外に「挨拶しろ」というジョナス王の圧を無視して言いたいことを話し続けているし、その態度にどんどんジョナス王の眉間の皺が深くなっているのにそれを気にも留めない。圧の強い二人に挟まれている私はサンドイッチの具の気分だった。分厚いパンにプレスされて紙のようになっている哀れな具材。だがそんな具材のことなど気にせず、ジョナス王&サイラス王子は険悪な会話を続けていく。

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