第3話 まさかの宝物。知らなきゃよかった事実

「……方角だけなら水晶玉の導きで何とか、ならなくも、ない、かも」

「本当か⁈」


 希望の光が見えたと言わんばかりにパッと表情を明るくするジョナス王に罪悪感がチクチクと刺激されるが、正直に言えない以上、安全にこの場を切り抜けるにはこれしかない。占ったフリをして適当な方角を指し、彼らが探しに行っている間にできるだけ遠くへ逃げるのだ。王家相手に逃げ切れるかは賭けだが、それでもこの場で牢獄送りよりは生き延びる可能性がある。


 信じてくれたジョナス王には申し訳なく思うし、できることなら容態の悪いペネロペ王妃を助けたい。だが、そんな力私にはない。それが答えだった。


「分かりました。どこまでお役に立てるか分かりませんが、できる限りのことをこの水晶玉に聞いてみましょう」

「そうか! 恩に着る!」

「ええ、少々お待ちください。今、その宝の在処を尋ねているので……」


 鞄から取り出した何も映らない水晶玉を撫でながら、私は目を閉じる。当たり前にこの玉が何か助言をくれる訳もなく、頭にあるのは「どこに行かせれば私が無事に逃げる可能性が高くなるか」なんて邪な考えばかり。


 一応、ついさっき聞いた結婚記念日のブローチのようにジョナス王の頭にそれらしい考えがないか探ってはみたのだ。けど、本当に知らないのか思考が読み取りにくいのも相まって、何の手がかりを得ることもできなかった。


 ごめんなさい。でも本当に宝の在処とか分からないんで。


 ジョナス王に、そして遂に姿を見ることのなかったペネロペ王妃に心の中で謝りながら私は息を吸い込んだ、その時。突然聞こえてきたジョナス王の思考に私はでたらめな場所を言いかけていた口を止める。


【流石に長期間行方知れずとなっては、ヒューゴの体も……】

「え、まさか……『宝』って、人間⁈」


 あまりのことに、ぽろりと言葉が零れ落ちる。聞こえてきたジョナス王の頭の中身は、私に「宝」の事実を気づかせるには十分すぎる材料だった。


「……驚いたな。いつからそのことに?」 

「すっ、水晶玉のお導きです! それより探している宝と言うのは」

「なるほど。君の占いが当たるというのは本当らしいな」


 驚きを隠せないといった表情でこちらを見てくるジョナス王に、私は高々と水晶玉を掲げながら答える。が、今重要なのはそこではない。探している「宝」が「人間」とはどういうことなのか。私はそれらしい金銀財宝を想像していたというのに。


「ああ、君の言う通りだ。探してほしい『宝』というのは私の息子、ヒューゴのことなんだ」

「……王子の命がかかっているとは聞いていませんが。何故言わなかったのです?」


 例の「宝」で、あそこまで切羽詰まっていた理由がようやく分かった。そりゃあ実の息子が一か月も行方不明なら父親は焦るし、母親は心配で寝込むだろう。子供の命がかかっているのなら当たり前だ。


 しかし、それならどうして彼らはわざわざ「シモンズ王家の宝」なんて回りくどい言い方をしたのだろうか。探してほしいならそれこそ「息子を探してほしい」で済むだろうに。


 というか通りすがりの占い師に頼むことじゃないだろう。それこそ捜索の御触れをギルドに出すとか、騎士たちを動かすとか、占い師に頭を下げる前にやることがあるだろう。やることが。


 すると疑問を浮かべる私に、ジョナス王は咳ばらいをしてから口を開いた。


「黙っていたことは申し訳ない。だが、ただの父親であればいざ知らず、王族ともなると色々厄介ごとが絡んでくる」

「……ご子息は誘拐の可能性が?」

「誘拐した側からは何も接触がないが、そうではないとも言い切れないのが現状だ。それに、この状況につけこんでくる輩がいないとも限らない。あまり事実を広めたくないんだ」


 そう説明すると、ジョナス王は少し疲れた表情を見せながら両手で顔を覆う。それはいなくなった息子を心配しているようにも、極度の心労に参っているようにも見える。


 なるほど、つまりは黙っていたのは事態をこれ以上ややこしくしないため、だったらしい。恐らく私のような占い師を頼ったのもそのためだろう。隙を見せないためにも、事を知られない様にしなければならないのだ。


 確かに王族ともなると土地や権力を巡ってバチバチの足の引っ張り合いがあるとは聞いたことがある。力を削ぐために嫌がらせをしたりだとか、弱みを握るために近寄ってきたりだとか。父はそんな争いに必死な周りを見ては、よく口癖のように「そんなことしている暇があるならもっとできることがあるだろうに」と言っていた。穏やかで争いを好まない優しい父。彼が今この状況を見たら、きっと眉間に深い皺を刻むに違いない。


 だがそれはそれとしてだ。私は頭の中に浮かんだ父と同じように眉間に皺を寄せる。好転するどころかさらに深刻な事態になってしまった。


「それで、息子の居場所は? どうなっているのか分かったのか?」

「……あー、それは、もう少し集中してみないと、ですね」


 困ったことになった。というか人命がかかっているなら先に言ってほしい。危うく我が身大事さに見当違いの場所を言うところだった。


 言葉を濁しながら、私はどうしたものかと頭を抱える。王族どうこう以前に人の生き死にがかかっている判断にでたらめを言うのはあまりに後味が悪い。


 ついさっきまで嘘をついて退散しようとしていた私が何を言うのか、と思うかもしれないが、流石に私の言葉が間接的に王子を殺すかもしれないと分かっていて、嘘を言う度胸はなかった。王妃のことは王家ともあれば優秀な医者がついているだろうし、何とかなる可能性もあるが、もし「行方不明の王子が私のせいで発見が遅れてしまいその結果」なんてことを考えると心臓が縮み上がる思いだ。


 そんな心臓をバクバク鳴らしている私の内心などジョナス王が知るわけもなく、こちらを疑うどころか、陛下は私が気づいてしまったことで更に占いへの信頼を深めたらしい。期待にソワソワと動く手を落ちつけながら、じっとこちらを見てくるジョナス王の視線が眩しい。心が痛い。


「いや、焦らせてすまない。だが安心したよ。私が黙っていた宝の真実を見抜くなんて、やはり君の能力は本物だ」


 本物なんかじゃないんです。今のもほぼ偶然なんです。


 だがもう後戻りはできない。だってジョナス王が隠したいとわざわざ伏せていた事実を知ってしまった上、知っていることを知られてしまった。これはもう断ったら最後、「可哀そうだが知られてしまったからには」ルートだ。五体満足で旅に戻れるどころか、この城から出られるかどうかも怪しい。


 早い話、私に残された選択肢は一つ。


 「どうにか思考を読んで偽占い師だとバレないうちにヒューゴ王子を見つけ出す」。これしかない。というか、これしか思いつかない。

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