第2話 王族を前に今さら嘘とか言えません

「ああ、すまない。混乱させてしまったね」


 混乱するどころか、全く意味が分かりません。


 自分の言葉に困惑する私に気づいたのだろう。ジョナス王は立ちっぱなしだった私に椅子を勧めながら、苦い笑いを浮かべた。少し困ったように眉を下げるだけで、威圧感が減ったように感じられるのだから表情とは大事なものだ。


 私が勧められるまま座り慣れないクッション生地へ腰かけると、彼は豊かな金の髭を撫でながら言う。


「宝と言うのは、我が王家の本当に大切なものなんだ。だがそれが一月ほど前から見えなくてね。妻のペネロペは酷く衰弱してしまった」


 見えてないだけで衰弱するなんて一体どこまで高価なお宝なんだ。いや、王家の宝なのだから、とんでもない代物には違いないのだが。さらに追加で圧し掛かってきた重圧にキリキリと胃を痛めながら、私はジョナス王に言葉を返す。


「……それは、相当大事になされていたんですね」

「ああ。だから一刻も早く見つけるために君の力を借りたい」


 さっきの平和ぶりからは考えられない状況を前に現実逃避しかける私に対し、テーブルに肘をつき、組んだ手に額を乗せるジョナス王の顔は深刻そのものだ。恐らく本当に切羽詰まっているのだろう。陛下が王妃について話す声のトーンは酷く暗い。


 だが、そんな状況だというのにジョナス王の頭の中は冷静そのものだった。声色が焦ってはいるが、流石一国を纏める王といったところか。その中身はこれまで聞いてきた誰のものよりも分かりづらい。表情は確かにあるはずなのに、頭は凪いだ湖面のような方だ。


 しかしそんなジョナス王とは違い、周囲に立つ使用人たちの心は実に分かりやすいものだった。


【お可哀そうなペネロペ王妃。あんなに痩せてしまわれて】

【今日だってスープの一匙も喉を通らなかった。あれでは体がもたないだろうに】

【あのままでは前王妃のように、彼女も……いやいや縁起でもないことを考えるな!】


 耳をすませば聞こえてくるペネロペ王妃を心配する使用人たちの心の声。どうやら彼女の容態に誇張などなく、かなり悪いらしい。王妃の容態が伝わっていないのは、国民を心配させないように隠しているからなのか。


 よほど心配なのだろう。金の持ち手の上品なカップにお茶を注いでくれたメイドは、さっきから落ち着きがない。チラチラと視線が国王の部屋の扉と室内を行ったり来たりしている。


「頼む。君の困惑も分かるが、一大事なんだ」

「そんな、頭をお上げください!……その、私としましても手を貸したいのは山々なんですが」

「……手荒な真似をした非礼は詫びる。だが、あの二人もペネロペを助けたい一心だったのだ。どうか、その気持ちを汲んでやってほしい」


 そう言いながら、あろうことか頭を下げはじめた国王陛下に私は慌てて手を振った。王族がただの占い師に頭を下げるなんて前代未聞だ。使用人たちは何も言わないが、すごい顔をしてこちらを見ているし。


 しかし、それだけジョナス王は本気なのだろう。自分の妻を助けるため、宝を見つけるのに必死なのだ。それこそ、得体のしれない占いに頼ってしまう程度には追い詰められている。


「いいえ、そんな。怒っているわけでは」

「謝礼はいくらでも用意する。必要なもの、足りないものがあるなら遠慮なく言ってくれ。すぐに用意させよう」


 だが、私は私で頷くわけにはいかなかった。だってそんな力は元々ないのだ。私にできるのは頭の中を読むことだけで、どこにあるかも分からない宝探しができる訳もない。だというのに、ジョナス王は私の言葉に食い下がる。その声の力強さはやっと捕まえた手掛かりを諦める気などさらさらないと言いたげだ。


 困ったことになってしまった。場所も物も謝礼も問題ではない。問題は私の「占い」が全くのでたらめであるということなんだから。


 もし馬鹿正直に「ごめんなさい占いとかでたらめなんです」と言ってしまえれば、説明としてどれだけ楽なことか。だがしかし、と私はさっきからチラチラと視界に入ってくる壁に目を向ける。そこには磨き抜かれた美しい装飾の剣が三本、並んで壁に掛けられている。


 それらが装飾用なのか実用のためなのかは、私が剣に疎いため違いはさっぱり分からないが、それでも手入れされた鋭い刃物ということは分かる。肌に押し当てれば間違いなく切れるだろう凶悪なぎらつきを、私は極力視界に入れないよう目を伏せた。


 国王は理知的に見えるが屈強だ。腕なんて私の何倍もある。そんな彼がもし「よくも嘘をついたな」と怒り狂ったらどうなるか。腕がポーン、首がポーンだろうか。いやいや、相手は王家なのだ。「王によくも背いたな」で、断頭台で首をスパーン、かもしれない。


 勝手に想像して、だが妙にリアリティのある光景に私はぶるりと身を震わせる。まだ死にたくない。痛めつけられるにしても、せめて五体満足でありたいし、首が飛ぶのは勘弁だ。


 とりあえず馬鹿正直に話す、という選択肢を頭の中から消す。人というのは怒ったら何をしでかすか分からないものだし。国王陛下も紳士的に見えて、もしかしたら凶暴な本性を隠しているのかもしれないし。


「どうだろう、引き受けてはもらえないだろうか」

「でも、私の占いが当たると言っても、そんなに詳しい場所までは」

「方角だけでもいいんだ。情けない話だが、『宝』がある場所は本当に皆目見当がつかなくてな」


 だから嘘だと言えないのなら、もう誤魔化すしかない。

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