第159話 ありがとう……

「ケイン…… ここまでの状態になっちまったら、恐らく如何いかなる治療術もほとんど意味をなさねえだろう…… 無駄に力を消費するだけだ……」


「!」


「冷静に…… ぐっ! なりなさい!」


「それでも…… 私達をどうにかできる可能性が僅かでも…… あるとしたら…… マクエル君位よ」


「あるいは女神様あたりだが…… 流石に手が離せねえだろう……」


「だが…… 別に…… すぐに消えちまう訳じゃあ…… ねえ! それに…… ここを切り抜けねえと…… その僅かな可能性もゼロになっちまう……」


「忘れたか? 昔から口を酸っぱくして言ってただろ……」


「戦場では…… 『熱く…… だけども冷静クールに』!」


「相反する…… だけどもその二つの感情を自分の中で同居させる…… それこそが戦場で長生きする為のコツだって……」


「!」


「その通り…… それに全く効果がなかったわけじゃないわ…… 少し楽になった…… ありがとう。 ケイン君…… でもね――」


「嘘です! 気を探ればわかる! ほとんど状況が変わってない事も――」

「ケイン君!」


 ケインの言葉を遮る様に言葉を挟むサアラ!


「ケイン君…… 今は私達より…… 敵を殲滅する事を優先なさい……」


「ここをくい止められるなら…… この戦争…… 俺らに勝機が見出せるかもしれねえ…… だが逆に!」


「大分減らしたけど…… それでも…… ここでこいつらを突破させたら…… 正直厳しいわよ……」


「それにあの数…… いくらセシリアでも一人じゃ無理だ……」


「ふふ…… 大切な相方でしょ…… それに…… 紳士はレディに優しくするものよ♪」


「安心しろ! オメエらが連中を片付けるまで…… 俺らはくたばんねえよ……」


「伊達に『伝説』なんて呼ばれてないしね♪」


「しかし!」


「これは命令だ! 行け! ケイン!」


「天界屈指と言われてる…… テメエらのコンビプレーを…… 久々に…… 俺らに見せてくれよ……」


「ほらほら! 女性一人に働かせない!」


「頼んだぞ…… ケイン……」




 恭弥さん…… サアラさん……


 こんな時まで…… 周りの事を優先して!


 ここは戦場…… それも世界の命運が掛かっている程の大戦争!


 個人の我儘わがままは許されない……


 大局を見なければならない……


 でなければ全ての生命と世界が滅びる事になる!



 自身の優先したい感情を押し殺し、ケインは自分達の師であり先輩、そしてかけがえのない存在でもある二人の言葉に従う覚悟を決める!



「―― わかりました!」


「まあ、セシリア彼女をレディと認識した事は一度もないですし、流石にお二人のコンビプレーには遠く及ばないでしょうが……」


「とっとと片して! 急いでマクエルさんの所へお二人を連れていきます!」


「それまで勝手にくたばんないで下さいよ!」


「僕達はまだ…… 貴方がたに何も返せていない……」


「『あの時の御恩』を返しきるまで…… 勝手に逝なくなられては困るんですよ!」


「ちゃんと! 待っていて下さい! すぐに! あんな奴等蹴散らして! 戻ってきますので!」


「! へっ…… わーってるよ! はよ行け……」


「とっくに恩は返されてるとは思うけど…… いいわ…… 待っててあげるから早く行きなさい」


「はい! では治療薬はここに置いていきます! あっ! 持ってけって言っても、絶対持っていきませんからね! ちゃんと使ってなかったら怒りますから! それと障壁代わりにこれだけ張らせていただきます。 内側からも障壁を展開するので寒くもありませんのでご安心を――」


 そう言ってケインはまず先に二人の周辺を囲む様に自身の気で障壁を展開! さらにその後、自身の気を冷気に変換し、その霊気で巨大かつ強固なドーム状の氷の防御壁を構築していく!


「ったく! 言ったそばから多量に霊力消費しやがって…… 過保護かっての」


「この程度! 戦闘に支障はありません! せめてこれ位は残させてもらいますよ!」


「はいはい…… ありがたくその気持ちは受け取っておくわ」


「それと絶対に眠らないで下さい! 目をつぶるのも禁止です! ちゃんと! 起きててください!」


 ここで意識を失う…… その意味をケインは理解していた。


 だからこそ! 何が何でも! 二人には強く意識を保ってもらわなければならない!


 念入りに口を酸っぱくして二人に言い残すケイン。


 二人もそれを了承する。



「それでは―― 行ってきます!」


「おう!」


「行ってらっしゃい♪」


「はい!」


 二人の声を背に急いでセシリアの所へともどっていくケイン!


 そしてケインが、孤軍奮闘しているセシリアの所へ敵を薙ぎ払いながら到着する!



「ケイン!? お前っ! 先輩達は!?」


「お二人の意志です! それに二人を助け、尚且つこの戦争に勝つには! 今! ここで! こいつらを! ソッコーで殲滅してマクエルさんの所までお二人を連れていくしかありません!」


「…… あぁ!?……」


「テメェ今なんて言った……」


 ケインの言葉を聞き、周囲の敵を豪快な一振りで一気に吹き飛ばすセシリア!


 さらに跳ね上がったそのあまりの殺気に敵兵達も動きを止めてしまう!


 だが、その殺気の矛先はケインであった!


 それこそ! セシリアは今すぐにでもケインに斬りかかりそうな程に殺気立っていた!


 ケインの方へと身体を向けるセシリア! 


 あまりの怒りに、もはや周りの敵等眼中にない様子である……



「ケイン…… テメエ…… あの状態の先輩達を置いてきたってのか……」


「…… しかもほとんど体力が回復してねえじゃねえか…… 何してんだテメエ……」


「……」


「先輩達の意志だあ? 二人にはワリ―が今はそれどころじゃねえだろ!」


「今までっ!! どれだけ二人にアタシ達が世話になってきたと思ってんだよ!! 二人の意志じゃなくて、ここは二人の命を優先しろよ!!!!」


 ケインの胸倉を掴み、激怒し大声で怒鳴るセシリア!


「なんで二人の傍についてねえんだよ!! なんでここにもどってきてんだよ!!」


「二人が回復してねえって事はそれだけ先輩達が危険な状態って事なんだろう!?」


「だったら! 少しでも治療術が使えるテメエが一人で急いで副長の所に連れてけよ! 一瞬たりとも二人の傍を離れんなよ! 二人揃って残ってる場合か! こんな奴等アタシ一人で――」


「熱く!!! だけども冷静クールに!!!!」


「!!!」


 セシリアの言葉を遮る様に彼等の教えを口にするケイン!


 そして、自身の胸倉を掴んでいるセシリアの手を払い、さらに続けるケイン!


「教えられたでしょう!!!! 僕等一緒に…… 先輩達に!!」


「!!! それはっ……」


「冷静に分析して下さい! セシリアさん! いくら貴方でも、たった一人で一万もの敵を一度に相手をするのは不可能です! 足止めすら厳しいでしょう!」


「それに恭弥さん達の見立てでは、ここでこの数の敵を解き放ってはこの戦争、勝利は厳しいだろうと……」


「だったら二人で協力してこんな奴等、それこそ秒殺して! 急いで二人を連れてった方が確実です!」


「それしか…… ないんですよ…… もう本当に…… それしか……」


「ケイン…… お前……」


 歯を食いしばってセシリアに言葉を投げかけるケイン!


 剣を持っていない反対の左手は拳を握りしめ、その力で手から血が滴り落ちている……


 そんなケインの様子を見てセシリアは、彼が苦渋のもと、その決断を下し、それでも! 恭弥達が助かる僅かだが最も可能性の高い選択をとった事に気付いたのだった。



「…… 怒鳴って悪かった…… お前の言う通りだ……」


「わかってなかったのはアタシの方だったって事か…… 本当にすまねえ……」


「セシリアさん……」




「ふーーーーーーーー……」


 大きく深呼吸して心を落ち着かせるセシリア。



「よし! そういう事ならとっとと片して! 急いで先輩達を連れてくぞ!」


「しっかりついてこいよ! ケイン!」


「こちらのセリフですよ! 連中に見せてやりましょう! 僕等二人が揃うと…… どれ程厄介かって事をね!」


 互いに背を預け敵に剣を向けるセシリアとケイン!


「オラアアアアアアアアアア!!!!!!」

「はあああああああああああ!!!!!!」


「ぎゃあああああああああ!!!」

「ぐああああああああああ!!!」


 今まで以上に息の合った連携で敵兵達をねじ伏せていくセシリアとケイン!


 その様子を氷越しだが、壁に寄りかかり二人並んで座る形で遠くから見守っていた恭弥とサアラ……




「へっ…… 立派になったもんだねえ…… 二人共……」


「ええ…… 本当に…… もう私達が見てなくても全然大丈夫でしょ……」


「できれば…… 達也とも友達になってほしいな…… なんだかんだで、まだ会わせた事ねえんだよなあ……」


「ずーーーっとドタバタしてたからねえ…… まあ、あの子達ならすぐ意気投合するでしょ♪」


「この戦争が終わったら…… 紹介しましょ……」


「だから…… なんとしても…… 生き残るわよ…… あなた……」


 






















「…… あなた?」



 サアラの言葉に、いつもなら真っ先に返事をするはずの恭弥の返事がない……


 そしてもはや首すら動かす体力もなく、すぐ隣にいる筈の恭弥の顔が見れないでいるサアラ……
































「…… ふう…… 全く…… 愛する奥さん置いて勝手に寝てんじゃないわよ……」



「シリウスさんとも、三人で飲みに行くんじゃなかったの?」



 そう言って涙を零すサアラ……































「…… お疲れ様…… あなた……」



「本当に…… 頑張ったわね……」



「あなたと出会えて…… 私は本当に幸せだったわ……」



「ありがとう…… 私と出会ってくれて……」



「ありがとう…… 私を愛してくれて……」



「ありがとう…… 私と世界一、素敵な家族を作ってくれて……」



「互いにその存在が消えたって…… 未来永劫、いつまでも……」



「私もあなたを愛してるわ……」



「世界中の誰よりも……」































「今まで…… 本当にありがとう……」







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