第160話 師と弟子の絆……
グランゼウス要塞 管制室――
その後方、自身の師匠であるレティの近くで各要塞エリアの戦況を確認、部下達に指示とばすは諜報部 室長 久藤雫――
管制室を包み込む程の魔力供給用の結界を彼女が用意したおかげか、レティの顔色も僅かだが良くなってきている。
要塞最高司令官としての責務も完璧にこなしている雫……
だが、そんな彼女に長年彼等と付き合いが長かったせいか虫の知らせが届いた様な感覚に見舞われる。
! 何? この感じ…… まさかっ!
雫は遠くにいる筈の、とある二つの微弱な霊圧が完全に感じられなくなった事に気付いてしまう……
「!!!っ そんな! まさかっ!」
嘘でしょ! 恭弥! サアラ! 貴方達に限ってそんな!
「~~~~~!!!っ」
やりきれない想いと、はちきれんばかりの怒りに思わず壁際まで行ってガアン! と右の拳を繰り出してしまう雫!
「! しっ! 室長!?」
「どっ! どうなさいました!?」
突然の大きな破壊音と、彼女の様子が明らかにおかしい事に戸惑う管制室の部下達。
普段は冷静沈着な彼女も今はそれにも気付かず壁にめり込んだ右の拳を抜き、その手で頭を抱えながら必死に思考を巡らす。
私のせいだわ! 彼等の強さにどこか頼り切っていた自分がいた…… 私のせいで二人がっ! ……いや! あの馬鹿夫婦に限ってそんな事は起こりえない! きっと気が感じづらくなる程に彼等が弱っているだけ! 今すぐ救助に向かえば間に合う
「――! ――!」
師匠が作ってくれた門の配置は…… あのエリアに最短で繋がるルートは……
「――! ――く! ――ずく!」
くっ! それでもやはりそれなりに時間がかかる! こうなったらイステリア様に連絡して私を転移してもらう様に頼むしか!
「雫!!!」
パァン!
管制室一帯にその音は大きく鳴り響いた……
あまりの出来事に他の者達は言葉を失い、唖然としている。
「! あっ…… せっ
「目が覚めたか、雫よ」
はたかれた自身の左頬を左手で抑え、我に返る雫……
彼女の頬を叩いたのはレティであった……
彼女の気持ちは痛い程にわかるが、ここは師として! 心を鬼にし、彼女に厳しく言い放つ!
「しっかりせい! 雫! お主はここの最高司令官…… 大将なのだぞ!」
「そのお主が動揺したら! 下の者達はどうすればいい!?」
「! あっ……」
辺りを見渡す様に促すレティ……
そんな周りには、動揺と彼女を心配するかの様な視線を送る部下達の姿があった……
「っ!!!」
ようやく今のこの状況を理解した雫。
そしてそんな彼女にレティは続ける。
「酷な事を言う様じゃが今は戦の
「親友である二人の身を案じるのはわかるが今は自身の仕事を全うせい!」
「…… はい…… すいませんでした…… 師匠」
私情を挟み部下達の前で取り乱してしまった……
普段は自身にも厳しい彼女…… この様な姿は絶対に見せないであろう。
それ程までに二人と培ってきた時間、絆は彼女にとって大きなものであったのだ。
だが今は戦の最中……
彼女はこの現場の最高責任者…… 例えどの様な事があっても! 部下達を動揺させたり士気を下げさせるわけにはいかないのだ!
指揮官失格……
そう思い込み、普段の彼女からは想像がつかない程に落胆し、その顔をうつ伏す雫……
「室長……」
レティと雫のやりとりで先程の雫の行動、そして動揺の『原因』がなんなのか、うっすらとだが察しがついてしまった部下達も何人かいる。
どう声をかけるべきか……
そしてまさかあの夫婦に限ってそんな事……
その様な考えが巡り回って、どうすればいいのか部下達にもわからなくなっていた……
完全に静まり返った管制室……
…… 気持ちが切り替えられんか……
それに加えて周りの連中も、
このままではどんどん士気が下がっていく……
これは戦争……
何があっても! 常に気丈に振舞い、一切の隙を見せてはならない……
一瞬の迷いは死に直結するのだから……
だが……
周りの面々を見渡すレティ……
いや…… 無理もない、か……
なんとかせねば……
レティは目をつぶり、小さな声で呪文の詠唱を始める……
「我が魔の力…… その力を
そしてレティは金色に輝くその瞳を開く!
「
レティが術を発動すると、辺り一帯が白く
すると管制室だった場所が突如、花畑の様な場所に変わり、皆を温かな、それでいて優しく、安心する空気で包み込む――
「これは!」
師匠の魔術?
花? …… でも綺麗…… それに…… なんだか温かい……
「花畑!? 一体何がっ!?」
「…… でもなんだろう…… 温かい……」
「なんだか…… 心が軽く……」
「ああ…… 不安や焦りといった気持ちが和らいでいく…… それどころか…… 身体の疲労も心なしか……」
「なんて優しい…… 不思議な感覚だ」
「気持ちいい……」
一切の緊張、焦燥、、不安…… そんなものを忘れさせてくれる位の…… まるで母親に抱かれ、子守歌でも聞かされている赤ん坊の安心感にも似た感覚……
頭を真っ白にしてその感覚に、身と心を
そうして皆の焦りや不安が軽減した後、辺り一帯をさーーーっと光が包み、真っ白になっていく!
光が消え、気付けば周りの姿は元の管制室にもどっていた……
「師匠……」
「ふふ どうじゃ? 皆、少しは落ち着いたかの?」
「レティシア様!」
「今のは…… 魔術!?」
「ふふん♪ 魔術にはこういった使い方もあるのじゃよ」
「大丈夫じゃ。 皆…… 我等なら必ず! この戦を勝利できる!」
「互いに足りないところを補い、皆で力を合わせればな!」
「この『創まりの魔女』ことレティシア・ルーンライトが責任をもって断言してやる!」
皆を勇気づけるかの様に自身に満ちた…… それでいて力強い表情で宣言するレティ。
「師匠……」
「レティシア様……」
「それによくよく考えてみよ…… あの阿保面ノーテンキバカップル夫婦がそうそう簡単にくたばると思うか?」
「深手を負って気を感じづらくなっているだけじゃ。 セシリア達も治療薬位持っている筈だし、まず大丈夫じゃ!」
「彼奴等の強さを信じよ! それにいざとなったら
「だから雫も…… 安心せよ…… 絶対に! 大丈夫じゃ!」
「この妾が保証する……」
先程心を鬼にして彼女の頬を叩いた時とは打って変わって、優しい…… まるで泣きじゃくる子をあやして安心させる親の様な表情で、
「師匠……」
「…… はい!」
レティの気持ち…… 優しさをしっかりと受けとめ! 気を取り直し、いつもの彼女にもどる雫!
「皆も! 取り乱してごめんなさい! もう大丈夫! 頼りないかもしれないけど、それでもどうか! 改めて私に力を貸してちょうだい!」
「室長…… ええ! 勿論ですよ! 室長!」
「室長こそ! こんな自分達ですが! 一人で抱え込まずにもっと自分達に頼ってください!」
「そうですよ! 『皆』で! 勝利を勝ち取りましょう!」
「皆…… ええ! よろしく頼むわ! 皆!」
「はい!!!」
「師匠…… ありがとうございます…… おかげで目が覚めました」
「やっぱり…… 私はまだまだ未熟ですね」
「師匠のもとを卒業したのに…… 師匠がいないと何もできない……」
「ふふ、そんな事はない。 お主はもう十分に立派だし、強くなったよ…… 誰もが認める一人前の魔女だし、最高の指揮官じゃ!」
「それに……」
「なんと言っても! お主は妾の『自慢』の弟子じゃからな♪」
「師匠……」
ニカっと満面の笑みを雫に向けるレティ。
雫も…… 普段は気丈で完璧超人の彼女だったが、言葉に表せない程に嬉しそうで、思わず目頭が熱くなっている程であった。
「よし! そしたら引き続き! 指揮を任すぞ! 雫よ!」
「我等のチームワークでこんな連中! さっさとボコボコにしてやろうぞ!」
「はい! 師匠!」
こうして気合いを入れ直し、全体の指揮にもどる雫!
そしてそれを後ろから見守るレティ……
やれやれ…… 妾も随分と親馬鹿…… いや、年齢的に孫馬鹿といったところか……
ふふ…… 血の繋がりはないが妾にとって彼奴はもう、孫同然に想える様になってしまったか……
いや…… 今更か……
彼奴を育て、守ると誓った『あの日』から雫は妾にとって大事な存在となってしまったか……
雫が悲しむ顔は見とうないから、ついつい出しゃばってしまう……
さっき雫の頬を叩いた時も正直! 妾の方が泣きたくなったわ! 我慢したけど!!
…… 痛かったかの?
ちょっと力入れすぎちゃったかの?
…… あれ? やっぱり孫馬鹿?
どうしよう! そう思うと、なんかちょっと恥ずかしくなってきたぞ!
べっ! 別に甘やかしすぎたりしとらんし! この位普通じゃ! 普通! どこの家もこんなもんじゃ! きっと! うん!
しかし恭弥とサアラ……
恐らく奴等はもう……
だが魂魄が出た気配すらない…… というよりそれ自体が小さく……
あの状況下に彼奴等のあの性格……
『禁忌』を犯したか……
バカタレ共が! なんという無茶を……
だが! まだ完全には消えてはおらんようじゃ……
やれやれ…… 流石というか、魂魄までしぶといとは、呆れる位の生命力じゃな! ゴキブリも真っ青じゃ!
だが、今はそのしぶとさに感謝するしかないか……
魂魄の消失が始まっている以上、『まとも』なやり方では彼奴等は助けられんか……
しかも『他でも馬鹿をやってる』漢がおる様じゃしな……
ったく、どいつもこいつも無茶ばかりする!
まあ、妾も人のこと言えんが……
どうやら本当に…… 妾がどうにかするしかないか……
『こんな術』…… 『本当の意味』では誰も救えないのだとしても…… それでも!
覚悟を決めるか……
雫が調子を取り戻したなら恐らく
だからもう少しだけ! 耐えてくれよ!
自身の回復を待ちつつ、指示をとばす雫の姿を改めて後ろから眺めるレティ……
本当に…… 立派になったな、雫……
仲間や友人にも恵まれている……
もう…… 妾は必要ないな……
お主との時間も後、僅か……
『さよなら』だ…… 雫よ。
寂しさと悲しみを一人、胸に抱え込みながらも雫の背中を見守るレティであった……
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