第122話 二人の絆 ⑫

 王子とエレイン……


 無粋と思い、会話こそ聞いてはいないが普段から王子の護衛役も兼ねているシリウス。


 既に並みのプロをも遥かに凌駕する実力の持ち主の二人だが外でやり取りしている彼らを背にする方向で、正面玄関側付近の壁窓を開けては、そこの椅子に腰掛け、何かあった時はいつでも飛び出せるようにしていた。


 その状態で、コーヒーを飲んで一息ついているシリウス……


 そこに言葉ではなく、敢えて思念波という形で語りかけてくる存在が一匹……



「お前もとことん世話焼きだな。 シリウス」


「! ぐの丸! わざわざ思念波で話しかけてくんじゃねえ! ビックリするだろ!」


 突然の事で驚くシリウスだが、彼もまた思念で返す。


「まあ、念の為だ…… 王子の腕なら多少、外に一人でも大丈夫だと思うがな」


「それに…… あの二人には一度、腹割ってちゃんと話さした方がいいと思ってな……」


「どんな話をしたのかは知らんが、どうやら互いに得るものはあったっぽいぜ」


 窓の方を見るシリウスの先には、王子に預けられたペンダントに浮かれているエレインとそれに戸惑いつつ満足そうな王子の表情があった。


「そいつは何よりだ」


「つか、お前のその姿はもはやコント以外の何ものでもないな!」


 シリウスの言う事はもっともであった。


 なにせグライプスは思念波を飛ばしながら子供達と混ざってババ抜きをしている上に、その佇まいはまさに人間さながら!


 あぐらをかいて座り、しかも四足歩行獣にも関わらず、ちゃんと手でカードを持っているのだ!


「その手でよくトランプのカードとか持てるな! まあ、手もでけえし、四足獣にしては指も長いけど……」


「ふん、念動力で操るのもありなのだが、我は何事にも形から入る方でな♪」


「慣れればどうという事はないさ。 最近はチェスの駒も持てる様になったぞ!」


「もはや何でもありだな! お前!」


「つか、わざわざこんな話の為に思念を飛ばしてきたのか?」


「まさか。 たかが世間話だけで霊力を使ってまで思念を飛ばすはずなかろう」


「先程からのお前の様子が気になってな…… 他の者達もいる手前、わざわざ気を使ってやったまでの事だ」


「!」



「で? 『何をそんなに警戒している』?」






























「やれやれ…… そういうところは勘が鋭いな……」


「…… クルーゼの件もそうだが、ここ数年…… 内容こそ全く統一性はないが、かなりタチの悪い事件が起こっている……」


「次の事件が起こるまでの間隔も、各事件の犯人達の関連性も、事件の内容も、発生した地区も、被害者達や加害者達の関係性もここ数年で起こった悲惨なレベルの事件には全く繋がりがないんだよ」


「? そんなの当然であろう。 そもそも全てが全く関係性のない事件なのだから」


「まあな。 だが、ちと気になるのは前の大きめの事件が起こってから次の事件が発生するまでの間隔が、いくらなんでもバラバラ過ぎる…… 長い時は一年以上起きなかったり、かと思えば数週間後に次の事件が起きたり…… 『目立つ事件が全部』だぞ」


「! …… 何が言いたい?」


「しょぼい事件とかはともかくとして、ある程度目立つ事件が発生すると必ず模倣犯みてえなのが出てきてはパクリみてえな事件が多少なりとも続くもんだ」


「それが事件の内容だったり、民間では手に入りづらい凶器を使って話題となって、それと似た様な凶器を次の奴が使ったり、エセ正義かざして特定の職業や似た状況の奴を狙ったり、方法を真似たりとか、模倣内容は様々だが、それでもそういった奴等も出てくるもんなんだよ」


「要するに、一度目立った事件が公にされると、程度はともかく必ず『少なからずは似た様な事件』ってのは多少なりとも発生する…… それは今までの歴史からも証明されている」


「それが実際には、全く繋がりのない事件でもな…… くだらない事で内容を真似たがる馬鹿はいくらでもいるんだよ」


「にもかかわらず…… 調書を見た限り、文字通り『ただの一つも類似点がない』んだよ…… 『不自然』な位にな」


「いや、正確には一つだけあったか…… ここ数年の事件、犯人は全員『魔が差した』とか『どうかしてた』、『なんでこんな事をしたのか自分でもわからない』……」


「全員言い回しはちがったみたいだが、詰まるところ、大した動機もなく、しかも自分達でも、どうしてここまで過激になったのかわからないときたもんだ」


「そして中には事件前の『記憶が曖昧』な奴も出てきている……」


「どうにも不自然…… そしてキナ臭い匂いがしてきてな……」


「なるほど…… 言われてみれば確かに最後の一点以外は不自然な位に全然関係ないと思わせられる事件だった様だな」


「犯人達が何か隠していた様子は? 場合によっては『大王の眼』を使えば偽証はすぐに

判明するだろ?」


「ああ、一応事情を話して大王様に全員視てもらったが、どうやら嘘はついていないらしい」


「ただ大王様いわく、何らかの方法で記憶を封印、もしくは部分的に失っていたりすると、それは『眼』をもってしても確認できないそうだ」


「あくまでも本人の心理を見透かし偽証を暴く能力…… 封鎖されたり消されてたりしてもう存在しない記憶とかまでは視る事はできないとさ」


「なるほどな……」


「では瘴気の発生具合はどうだったのだ? 瘴気とは負の概念が元になる…… 事件を起こす悪党共はそれがどんなに小者でも多少なりとも瘴気は纏ってしまうものだ」


「だがそれが明らかに事件の内容に不釣り合いな程の過剰な量を纏っていたとすると外的な要因で纏わされていた可能性もある……」


「例えば…… 『第三者からの洗脳まがいに記憶を操作され、多量の瘴気を植え付けられた』…… とかな」


「ああ…… だがそこまで不自然な量の瘴気は検出されなかったみたいだ」


「そうか……」




「大戦時、我はまだ当時、生まれていなかったが、それでも瘴気の危険性は熟知しているつもりだ」


「ましてやぬしは二百年前の大戦の経験者であり、被害者でもある……」


「その危険性は我よりも遥かに身に染みているだろうな」


「だが、だからといって少し過敏になりすぎではないか?」


「主の気持ちもわからんでもないが、歴史上、確かに大きな事件が発生すると何らかの部分が類似する事件は多発しやすいが、あくまでも、その傾向が強いというだけだ」


「必ずしも! そうというわけではないだろう。 ここ数年の事件なら諜報部である我も当然把握している」


「その上で、今の話も『そう考えると不自然ととれなくもないかもしれん』程度の状況にも思える……」


「最後の動機にしても、正直頭のネジがとんでいたり、大した理由もなく突発的な思い付きで馬鹿をやる連中だって、ある程度は存在する…… 真に遺憾だがな……」


「念の為心配なら、一通りあらった方がいいだろうが、それにしても少し神経質になりすぎだと思うぞ」


「世の中の事件を全て関連付けようものなら言い方は悪いがキリがないからな」


「王子とあの…… エレインと言ったか…… あの二人の為に今日ここへ来る為のスケジュール確保にも、お主はかなり無理をしたのだろう?」


「主は少しは気を抜き、休む事を覚えよ。 表面上ではなく、本質的に休む事をな」


「さもなくば肝心な時に役立たずとなってしまうぞ」


「たまには、ちゃんとゆっくりする事だ」




「へっ…… まさかお前に心配される日がくるとはね…… 一応ちゃんと休んでるつもりなんだが……」


「つもりと言ってる奴は割と高確率で、できてない奴が多い」


「まあ、どうするのかは主の勝手だが精々、心に留めておくのだな」


「あまりにも気になる様なら我が手助けしてやってもかまわん」


「ぐの丸……」


「ふっ ありがとよ……」


「まあ、確かに今お前が言った様に、過去に大戦を経験したからか、ちょっと神経質に物事を考えちまう癖が染みついちまってるってだけの話だ。 根拠だってさっき言った程度だしな」


「どっちかっていうとネガティブ思考による『ただの勘』だよ」


 その言葉に子供達に無駄に心配かけまいと表情を変えずにババ抜きをしているグライプスであったが、ここで初めて僅かだが眉を動かした……


「『ただの勘』…… か……」


「そう…… 『ただの勘』、だ……」

































「やれやれ…… そうと聞くと多少は気を引き締めねばならんのかもな」


「主の勘はよく当たるのだから……」


「……」


「わかった。 そういう事なら取り越し苦労かもしれんが、我の方でも色々と動いてみよう。 それと流石に大丈夫だと思うが、今晩は皆が寝た後、王子もいる事だし、我が強めの結界を張りつつ、我自身も警戒しておこう」


「万が一の事が起きたら、主を叩き起こすが、それまではしっかりと休んでおくことだな」


「ぐの丸…… ああ! 頼んだぜ!」


「ああ。 では思念を切るぞ。 これも意外と疲れるからな」



 こうしてシリウスは少し早いが部屋にもどって休む事にしたのだった。





 ふっ…… 全く…… 世話の焼ける奴だ


 たまには他者よりも自身を優先する事を覚えてもらいたいものだがな……




「はい、あがり~! ぐのまるビリ~!」

「ぐのまる弱~い!」

「なぬ!?」


「ぐぬぬ! おのれ! もう一勝負だ!」

「え~~!」

「しょうがないな~ ぐのまるは~!」

「みておれ! 次は我も本気を出させてもらうぞ!」


 思念波で話しながらで微妙に集中できてなかったとはいえ、子供達相手に完膚なきまでにババ抜きで負けたグライプスはリベンジを狙う…… が、結局この夜は彼の全敗に終わるのであった……






  天国エリアの一角 とある酒場――



 そこでは荒れに荒れてる一人の酔っぱらいの男とその友人達三人の男達がそれを宥めていた。


 このあいだアメリアとエレインに絡んではシリウスに制された男達である。


「クソ! あいつら、舐めた態度とりやがって!」


「まだ荒れてんのかよ!」


「おいおい! 落ち着けって! しょうがねえじゃんえか!」


「そうだぜ! まさか王子と総司令がバックについてたんじゃ流石に手を出せねえよ!」


「うるせえ! お前らだってこのままじゃ面白くねえだろ!」


「そりゃそうだけどよ……」




「ふふ…… 何やらお困りの様だねえ♪ おじさん達♪」


 酔っぱらいの男達に不気味な雰囲気を纏わせながら声をかける若い男が一人……


「! なっなんだテメエは!」


「関係ねえ奴は引っ込んでろ!」


 虚勢を張り、怒鳴り散らすが男達は笑顔だが異様な空気を纏っているその若者に畏怖の念を覚えたのか、すかさず立ち上がり、警戒しながら距離をとる!


「おっとお! 怖い怖い♪ そんなに邪険にしないでよ♪」


「よかったら詳しい話を聞かせてよ? もしかしたら力になれるかもよ♪」


「…… なんだアンタは!」


「ふふ…… 僕は…… そうだねえ……」


「おじさん達みたいな人達の味方かな♪」


 姿こそ違うが、この男が後に天界を混乱のどん底に陥れる男の一人であるという事は、今はまだ誰も知らない……

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