第121話 二人の絆 ⑪

「大王のいん…… それは大王の座を継ぐ者が、先代からその絶大な力と責務と共に必ずその身に引き継がねばならない一種の刻印であり…… そう、呪いの様なものだ」


「呪い?」


「ああ……」


「閻魔大王は死者の魂を常に公平な立場で正しい正義の心をもって判決を下さねばならない…… そうしなければ魂の循環含め、世界の秩序が保てないからだ」


「でないと、もし! それだけの権限と力をを有する閻魔大王に悪の心が芽生えたら、それこそ世界は滅んでしまうだろう?」


「それを未然に防ぐ為に、代々の王は王位を継承すると共に大王の印もその身に継承する事になっているのだよ」


「まあ当然と言えば当然かもしれないが、もし大王がその務めを放棄し悪の道に走る…… もしくは個人的な理由で感情的になり、大王の力を使ってしまう…… 例えばそうだな…… 大切な家族とかを殺されたとして、その復讐…… その判定ラインがどこまでかはわからないが、所謂いわゆる、負の感情で暴れたりしてもその印は作動してしまうらしい……」


「つまり大王の器に相応しくない行為で力を振るうとペナルティが課されるという事だ」


「そのペナルティとは……」


「五感のどれかを失う…… もしくは寿命を相当持っていかれるかのどちらか、あるいは両方の時もあるらしい」


「その罪の重さ、状況によってはその場で命をおとす…… 当然、転生も不可能だ」


「!」


「別に跡を継いでも悪事に手を染める事は絶対にしないけど、なんだか感情を抑制させようとしている感じというか…… 見張られてる感じというか…… 平和を維持する為の操り人形みたいな立ち位置なんじゃないかとも思えてきてね……」


「そう考えると…… 大王の座を継ぐ事の価値を、僕はどうしても見出せないでいるのさ……」


「そしてそう考えてる時点で、僕は次期大王の器ではないとも思うしね」


「……」


「だけどそんな感情と共に、僕はシリウス殿に憧れと尊敬の念を抱いている……」


「…… あの男に?」


「ああ。 彼もまた今の僕らと同じ位の年齢としの頃、色々と大変だったらしい……」


「大戦勃発前に両親を失い、孤児となった彼はこの教会で世話になっていながらも密かにその原因…… そして大戦を引き起こした『その圧倒的な存在』に一人、復讐を企てていたらしい……」


「経緯こそ違うが…… 今の君と少し状況が似ているかもね」


「! …… そう…… だったのですね……」


「ただそんな彼を当時のアメリアさん、ここの教会の世話になっていた子供達……」


「そして彼を変える決定的なきっかけをくれた伝説の女神殿とその従者……」


「復讐心に捉われていたにも関わらず、そういったいくつもの出会い、縁…… そして絆を紡いでいく事によって、決して力だけでは解決できなかったであろう当時の『災厄』を、その知略と連携をもって天界を守る事に大きく貢献した……」


「そして二百年経った今でも、彼は自分にできる事を精一杯やっている」


「そして普段は飾らないというか、ああいう態度で割とふざけてたりする事も多いが、その実、周囲には極力弱味を見せたりはせず、だけど現状の不完全な天界の実情に時に苦しみ、嘆いているのも僕は知っている……」


「偶然だが見てしまった事があってね…… 昔、彼が神獣殿と、そういった話をしていて普段は見せない厳しい…… そう、まるで自分達の無力感にさいなまれていた時の表情かおを……」


「……」


「でも、それでも彼は絶対に目を背けたりしないし逃げないんだ! いや…… 諦めない、と言った方が正しいのかもね……」


「それが彼の本質なんだろう…… そしてそんな彼の周りには、彼を慕う『本物』の仲間達が数多くいる」


「こんな理不尽な世界でも…… 決して折れる事はなく……」


「この世界を嫌っている自分が言うのもある意味矛盾しているかもだけど…… うん、僕は彼になりたいんだと思う……」


「少しでも彼の様になりたく、少しでも彼に近付きたい……」


「そう思っている自分がいるんだ……」


「まあ、時折、周りの為に、自分の身をかえりみない程に無茶しずぎる事もあるから、それは直してもらいたいとも思っているけどね」


「ただ、こうまで人として差があると、僕が勝手にだけど、へこまされることも多いんだけど」


「…… 確かに。 あんなお節介な人は絶滅種レベルで珍しい生き物ですからね」


「はは! そんな言い方すると彼が可愛そうだよ」


「ふふ…… 本当の事ですから」


「それは確かに」


「彼といい、アメリアさんといい…… 本当に変わった大人達ですよね……」


「そうだね……」


「念の為に聞きますけどさっきの…… 大王の印? を受け継いだとしても、別に妙な力であなたが洗脳されて傀儡になるってわけではないんですよね?」


「ん? ああ、それは大丈夫みたい。 あくまでも、僕が私利私欲の為に力を使ったりとか、悪の道に墜ちたりしたら発現する呪いみたいなものだと聞いているよ」


「なんだ。 だったら何も心配いらないじゃないですか」


「え?」


「だってそれって、大王の印をその身に宿そうが宿すまいが『あなたはあなた』って事でしょう?」


「え?」


「まあ、悪とか私利私欲のラインがどこからどこまでがそうなのかイマイチわかりませんが、大王様からしごかれたり殴られたりしてもその人は大丈夫なんでしょ? 別に誰かに喧嘩売られても多少ヒートアップした位じゃ大丈夫っぽいし、無抵抗でいなきゃいけないとか必要以上に飾らなきゃいけないって感じじゃないんじゃない? 多分だけど……」


「そう言われると…… そうかもだけど」


「そこに一定の筋みたいなものが、ちゃんと通ってさえいれば、呪いなんて発動しないと思うし、何も心配いらないと思うわよ」


「なんなら、もしふざけた輩が吹っかけてきて、あなたが呪いに侵されそうになったら、その前にあたしがそいつら代わりにぶっとばしてやってもいいわよ」


「そうね…… 『お願いします! エレイン様! どうか無力な私めをお救い下さい!』って感じで助けを乞えば……」

「絶対嫌だ」

「ってなんでよ!」



「…… まあ、それは半分冗談として…… 本当にそういった制限がかかっちゃったら、その時は本当に助けてやるわよ……」


「君……」


「かっ! 勘違いしないでよ! 別にあんたなんかと仲良くなりたいわけじゃなくて! そういった腐った連中を根絶やしにしたいだけよ!」


「それに…… 確かにあの…… シ…… シリウス…… が言うみたいにあなたには大王の資質はあるかもだし……」


「! 僕が?」


 アメリア同様、シリウスの事も彼女なりに認めたのか、呼び捨てではあるが彼の事も初めて名前で呼ぶエレイン。


 そしてエレインは続ける。


「自分は器じゃないって、あんたさっき言ってたけど、もし本当にそうなら、そんな事イチイチ悩んだりしないわよ」


「!」


「理不尽で愛想をつかしてる世界だろうが…… それでもシリウスみたいに足掻いて少しでも理不尽でない世界にしたい……」


「それって、あなたがそうなりたいって言ってたシリウスと同じ事を考え、悩んでるって事なんじゃない?」


「つまり、口では何だかんだ言ってもあんたもあの男と同類って事よ!」


「ただ、ついでにもう一度言わせてもらうと…… 『あんたはあんた!』 いくら憧れてる人がいるからって…… いくら誰かの跡を継ぐ事を周囲から期待されてるからって『誰かのコピーや言いなり』になる必要なんてないわよ!」


「!」


「そんなんじゃなくて、男だったら追いつき追い越してやる位の気概を見せなさいよ!」


「少なくとも…… そう考えられるなら、あんたは人の上に立つ資質みたいなのは、ほんのちょっと位はあると思うわ」


「まあ、そういうの抜きにして、ただ単純に大王なんてつまんなそうとかガラじゃないから継ぎたくないってんなら、親に二人目でもこさえてもらってそいつに全部押し付けるってのもありなんじゃない?」


「! ふふ…… ははははははははは!」


「なっ 何よ! 急に大笑いして!」


「ははは…… いや! ごめんごめん! 中々すごい事言ってる上に、以前シリウス殿にも同じ様な事を言われた台詞も混ざってたから! つい、ね!」


「そうなの? って、いつまでそんな大笑いしてんのよ!」


「はは! ごめんごめん!」


「はあ~~~~…… シリウス殿以外と話してて、こんなに大笑いしたのはいつ以来だろう……」


「ありがとう…… 結構参考になったかもしれないよ」


「ベっ 別に私は、ただ思った事を言っただけだから!」


「それでも…… ありがとう」


「…… ふん…… どういたしまして……」


「…… 先の事はまだわからないけど…… もし僕が大王の跡を継ぐ道を選んだとしたら……」


「その時は君みたいに理不尽なめにあう子を少しでもなくせる様に努めてみようと思うよ」


「だからそれまでは…… そうだな……」




「これを君に預ける…… いや、貸してあげるよ」


「自由に着けてもらって構わない」


 そう言うと王子は普段稽古の時等、激しく身体を動かす時以外は身に着けているペンダントを外し、それを彼女に渡した。


「は? 何よ急に!」 


「…… でも綺麗…… 赤い…… 宝石?」


 そのペンダントの飾り部分には綺麗な赤色の宝珠が施されている。


 その透き通る様な綺麗な赤色に普段は見せない表情をして見入るエレイン。


「それは僕が五歳の誕生日の時、女神様が作ってくれた代物でね…… いつか大王の跡を継ぐ事になった時に、悪の道に走らない様にと…… それとそれまでの間のお守り替わりとしてもだけど、その赤い宝珠部分には、それなりに破邪の気が込められたペンダントなんだ」


「といっても、一応訓練時は外しているんだけど」


「あまり強すぎる気だと逆に着けている者に負担がかかるし、気休め程度でどちらかというと誕生日プレゼントの気持ちが強かったみたいだけどね」


「宝珠部分には閻魔の一族の家紋が小さく刻み込まれている」


「これを着けてれば、少しは虫よけになるんじゃないかな」


「流石に閻魔一族の関係者に喧嘩を吹っかけてくる連中なんて、そうそういないでしょ」


「何言ってんの! 大事な物じゃない! 私なんかに預けてどうすんのよ!」


「言ったろ。 感謝の気持ちさ…… 僕にはそれだけの価値がある時間だった」


「それにあくまでも貸すだけだ…… どんな答えを出すにしても、いつか僕自身が一人前となったら、その時にでも返してくれればいいさ」


「それに破邪の気の影響で、もしかしたら君の暴力的な性格も少しは更生できるかもしれないしね」


「なんですって!」


「うそ! うそ! 冗談だって! 冗談!」


「まったく!」


 拳を握って殴りかかろうとするエレイン、そしてそれをあわててなだめる王子。



「…… でも、本当にいいの? その、私…… 何もお返しが……」


「別に期待してないさ。 僕が渡したくなったから渡した…… それだけさ」


「だから受け取ってくれるとありがたい」


「…… そう…… わかった…… ありがと」


「それじゃあ、その時が来るまでこれは私が借りておくね!」


「ああ」


「…… 着けてもいい?」


「かまわないよ。 むしろせっかく貸したんだから着けてくれ」


「うん……」


「? …… アレ? …… こういうのって…… ああ、ここがこうなって……」


 生まれて初めてアクセサリーの類を誰かから貰った彼女は慣れないペンダントの留め具部分が上手く留めれず手こずってしまう。


 見かねて王子が留め具の仕組みと着け方をレクチャーする。


「貸して。 今回は僕が着けてあげるよ」


「次からは覚えてね。 ここがこうなってて……」


「あっ なるほど…… 慣れるまで鏡見ながら着け外しした方がいいかな?」


「そうだね。 でもやってると意外とすぐに簡単に着け外しできる様になるよ」


「そうなの?」


「うん」


 エレインの後ろに回り、ペンダントを着けてあげる王子。



「できた」


「! どっ…… どう?」


 王子の正面に立ち、ドキドキしながら感想を待つエレイン。


「! へえ! 意外と似合ってるじゃないか!」


「意外とですって!」


「(やばっ!) これも冗談! 似合ってる! 似合ってるってば! 痛い! 痛いっば!」


 余計な事を言って無駄に肩とかを殴られる王子。


「ふん! 本当に口の減らないガキね!」


「ごめんって! そうだ! ちょっとカメラで見てみる? 見づらいから後で教会の中の鏡でもちゃんと見るといいけど、とりあえずさ」


 そう言うと王子は、彼女を自身の通信機をカメラの自撮りモードにして鏡代わりにして写す。


「…… うん……」


 カメラに映し出されたその姿は今宵輝く星のおかげか空が明るく、意外と綺麗に写し出されていた。


「わあ!」


「…… 本当に綺麗……」




「…… ありがとう」



「ふふ…… あ! やっぱりすぐに返せって、後から言っても返さないからね♪」



 いたずらな笑顔でニカっと心から嬉しそうな表情かおをして、それを王子へと向けるエレイン。



 普段の彼女からは想像がつかない、その笑顔と仕草に、王子は胸が打たれる感覚に見舞われる!



「っっっ!!!!」


「あ、ああ! 勿論そんな事言わないよ……」


「? どうしたの?」


「いっ! いや! 何でもないよ!」


「そお?」


 その予想だにしなかった彼女の笑顔に、生まれてから今までの人生の中で、一番の衝撃をその心に受け、動揺を隠せないでいた王子であったが、あまりにも上機嫌だったエレインはその嬉しさのあまり、特に気にも留めていなかった。




 まいったな…… こんな表情かおができるだなんて……



「♪ ~~~~♪」

 満面の笑みがこぼれまくるエレイン。



 !!!!!


 ちょおっ! ちょっと待ってくれ!

 …… 嘘だろ…… なんだこの感じ……  まさか、ね…… そんな……

 いやいやいや! マジですか! いや! 


 ……これは……どうしたものか……



 …… これは反則すぎるだろう! この笑顔は反則すぎるだろう!


 はあ~あ…… こりゃまいったね…… 


 それは王子が生まれて初めて芽生えた尊い感情であった……

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