第119話 二人の絆 ⑨

 アメリアの教会。


 時刻は夜の六時三十分頃。


 王子が初めてこの教会を訪れてから毎日通い一週間……


 本日はシリウスも王子も多忙なスケジュールが上手く調整できたのもあって、アメリアの厚意にあまえ、この教会に泊まる事となっていたのであった。


 そして今現在はというと、二人の稽古を終え、皆で初めて晩御飯をつついているのであった。



 つついているのだが……



「王子、おかわりいります?」


「ええ。 ありがとうございます」


 王子からお茶碗を受け取りご飯をよそって返すアメリア。


「はい。 どうぞ」


「ありがとうございます」


「エレインはどうしますか?」


「ええ。 じゃあお願いします」


 同じくエレインにもおかわりをよそって返すアメリア。


「はい。 どうぞ」


「どうも」


 そしてさっきから、ちょこちょこ発生しているのだが……



「!」

「!」


 右手で箸を待っている王子の右肘と左手で箸を持っているエレインの左肘がガッとぶつかる。


「!」

「!」


 またも同様の出来事が発生する……


「あっ! ~~~~!」

「ああ! ~~~~!」


 今度は醤油をとろうとしたエレインの左手がお茶を飲もうと湯呑みを持った王子の右手にあたり、お茶をテーブルの上にぶちまけてしまう王子。


 そして遂に二人は爆発する。


「ちょっと! さっきから何なんですか! あなた! 僕に対する嫌がらせですか!」


「それはこっちのセリフです! さっきから私の邪魔ばかりして! あ~あ! 次期大王候補ともあろうお方が何と御心の狭い!」


「そっちこそ! そんな性格してるからどこにいても絡まれまくるんですよ!」


「なんですって!」


「なんですか!」


 そんな喧嘩を始めてしまった二人をシリウスが止めに入る。


「いい加減にしろ! お前ら! つか、右利きと左利きがその位置関係で隣同士で座ったら肘や手がぶつかるに決まってんだろ! なんでそこに座ってんだ! 気付けお前ら!」


「だそうですよ! さあ! さっさとそこをどいてください!」


「なんで年下のあなたに命令されなきゃいけないんですか! あなたがどきなさい!」


「僕が先にこの席に座ったよね!」


「私はいつもこの席に座ってるんです!」


「ああ! もう! うっせえな! アメリアさん!」


「はいはい…… 全く、お行儀が悪いですよ、二人共!」


「ああ!」

「ああ!」


 シリウスとアメリアに首を掴まれ、席替えさせられる二人。



「ったく騒がしい食卓だな…… それはそうと……」












「なんでお前までここに来てんだよ! ぐの丸!」


「むっ! シリウス! その呼び方はよせと言っているだろう!」


 そこには大型の犬、いや、狼の様な四足歩行の獣が床に並べられた食事を食べながら、おまけに人語を喋っていた!


 神獣グライプス。


 先の大戦後、瓦解した天界の戦力補強の為、女神アルセルシアと女神イステリアの力によって生み出された諜報部所属の喋る犬…… ではなく、聖なる力を宿した神獣である。


 そしてシリウスの遊び仲間でもある。


 当時、大戦による被害で未だ活動停止している零番隊が後に新しく再編成される際にはそこに異動となるのだが、それはしばらく先の話であった。



「なんで来てんのかって聞いてるんだよ!」


「なに、暇つぶしがてらお前をかまいに行ってやるついでに、大王夫妻の所にお菓子を強請ねだりに行ったらお前が王子と、とある教会に出向いていると聞いてな」


「顔を出してやろうと、近くまできてみたら何やら食欲をそそる香ばしい匂いがしてくるではないか!」


「お前らも寂しがっていると思い、せっかくだから我がここの料理をついでに査定してやろうと思った次第だ!」


「勝手に押しかけてきたクセに究極レベルで上から目線だな!」


「ふっ なにせ我は神獣だからな♪」


「いばんな! 褒めてねえ!」


「お犬さんが喋ってる~! すっごーい!」

「かっくいー!」

「それにモフモフしてて気持ちいいー!」


「ふむ。 犬ではなく神獣なのだが、まあそれはそれとしてその年で我の偉大さがわかるとは中々見所がある子共達ではないか!  何といっても可愛げがある! クソ生意気なお前とはえらい違いだぞ! シリウス!」


「クソ生意気で悪かったな!」


「ねー、ぐのまる~! ぐのまるは何歳なの~!」


「呼び捨て! …… まあ、いい! まだ子供だしな! 我は心が寛大だから許してやろう…… それと年齢としだが、我はまだぴちぴちの二百歳だ!」


「? よくわかんないけどすごーい!」

「ニヒャクサイって何歳―?」


「そこのシリウスとほぼ同年齢という事だ」


「そうなんだー!」

「じゃあ、ぐのまるも私達のお兄ちゃんなんだー」


「? 何故そうなるのだ? まあ、我が兄の様に慕いたくなる程の魅力があるのは否定せんがな♪」


「全力で調子のってんな! こいつ!」


「ふふ、 いいじゃない。 子共達も喜んでいるわ♪ ぐの丸さん、お口に合いますでしょうか?」


「うむ! アメリア殿の料理は絶品だな! 神獣の我の舌を唸らせるとは正に神の腕前! あ、おかわりを頼む。 大盛りで! あ、それと納豆をもう一パック追加で頼む♪」


「お前はちょっとは遠慮しろ!」


「ふふ、いいわよシリウス♪ …… はい、ぐの丸さん。 おかわりです♪」


「うむ。 感謝するぞ。 アメリア殿」


「ぐのまる~! それ食べたらババ抜きしよー!」

「あ、俺も俺もー!」


「ババ抜きだと…… ふっ いいだろう! 天界にこの人ありとまで謳われている『ババ抜きのグライプス』とは我の事だ! とくともんでやるとしよう♪」


「初耳ですけど! しかもお前、俺とババ抜きやっても八割は負けてるよな!」


「あれはぬしがかわいそうだから手加減してやっているだけだ!」


「その割には負けては毎度キレてたじゃねえか!」


「キレてない!」


「なになにー、ババ抜きするのー?」

「あたしもまぜてー!」


「待て! お前ら! まずはディナーを平らげてからだ! あ、アメリア殿、ミルクを頼む。 できれば砂糖を小さじ一杯入れてくれると我はもっと嬉しいぞ♪」


「はいはい♪ かしこまりました♪ ええと砂糖砂糖……」


「アメリアさん! あんまり甘やかさないで!」


 こうして非常に賑やか極まりない、だが和やかな晩餐会を皆で楽しんでいったのであった……



 そして約一時間後――



 食事をお開きにして、各自食休みやババ抜きを楽しむなり各々の時間を過ごしていた。


 王子は食休みに外へ出て風に当たりながら地に座って夜空に輝く星を眺めていた……




「ふう…… ちょっと食べ過ぎてしまったな……」


「…… 風が気持ちいいなぁ……」


「ん?」


 王子はふと後ろに気配を感じ、振り向くとそこにはエレインが立っていた。


「…… どうしました?」


「…… 『アメリアさん』がこれあなたにって…… 私が持ってけって……」


 彼女の手には、お盆にのったコップに入ったオレンジジュース二人分。


 アメリアが気を利かせて彼女に持っていかせたのだ。


『施設長』ではなく『アメリアさん』か…… ふふ。 少しは彼女なりに心を開いてきてるのかな……



「いらないなら別にいいですが……」


「…… いや、いただくよ……」


 ジュースを受け取る王子。


「ありがとう」


「いえ……」


「……」

「……」


「…… そんな所に突っ立ってても疲れない? 良ければ少し話さないか……」


 そう言って隣に座らないかと促す王子。


「…… いいですよ……」


 大王の隣に座るエレイン。



「今夜は星が綺麗だね……」


「そうですね……」


 二人が出会っておよそ一週間……


 初めて同年代で自分と対等に渡り合え、ほぼ喧嘩ばかりだが何でも言い合えてる二人は何だかんだで、ある程度お互いの事を認め合っていた。


 だが、結局のところ二人は互いの事を表面上の立場や状況こそ、ある程度は理解したが、逆に言うとそれ以上の事はまだあまり知らないでいた……


 立場や地位は対極…… それでも……


 どことなく自分と似ている部分がある……


 自分と同種の存在……


 気に入らないとは思いつつ、二人は互いに何かに抗い、悩んでいる事に気付いている……


 夜空に輝く星空の美しさと、そこに吹く優しい夜風がいつになく二人を冷静に、穏やかにしていたのかもしれない……


 二人は初めて互いの胸の内を語り合う……

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