第116話 二人の絆 ⑥

「はあ、はあ…… 本っ当にしつこい!」


「っ! それはこちらのセリフです!」


 外の広い所に出て王子は右手に、エレインは両手に双剣を、それぞれシリウスが事前に用意してきた刃無しの訓練用武器を携えて互いに息を切らしていた。



 ――二時間前――



 エレインを自分達の所に呼び出し、ある事を提案するシリウス。


「私と王子そこのガキが剣の稽古?」


 何故? という感情と面倒くさいといった感情を露骨に表情かおに出すエレイン。


「シリウス殿…… 正直言うと僕も意味がわからないです……」


 王子も似たり寄ったりといった表情をしている。


「まあ、聞け」


「嬢ちゃん…… クルーゼっつったか。 お前さん、メチャメチ強えんだってな」


「お前さんの身の上話はさっきアメリアさんから大体聞かせてもらった」


「! 施設長! 勝手に人の事、話さないで! 最っ低ですね!」


「ああ! ごめんなさいね! アメリア! でも今のあなたを見ていると……」


 アメリアが言い終わるより先に二人の間にシリウスが声を大きめにして割って入る。


「俺らが無理に聞き出したんだ! 文句は俺らが受け付ける! アメリアさんにあたんな!」


「! ていうか、あなたさっきからなんなんですか? さっきのやり取りからして、この教会ここの出身者みたいですが、だからといって馴れ馴れしくしないで下さい! はっきり言ってキモいですよ!」


「キモッ!? 俺が!?」


「他に誰がいるんですか!」


 キモイって言われた…… いやいや! 傷つくな! 俺! 子供はこれ位生意気な位で丁度いい…… 様な気がしなくもない!


 ちょっと傷つき、僅かながらの怒りを覚えたシリウスだったが、ここはこらえる……


「これ! エレイン!」


「あ~、アメリアさん! いいんだ…… うぉっほん! 悪かったな、クルーゼ。 だがいくらキモいと言われてもお前さんがここの世話になっている以上、お前さんは俺の妹分だ!(つか俺はキモくない!)」


「どんだけキモがられようが嫌われようが憎まれようが、お前さんをこのままにしとく訳にはいかねえんだよ」


「安心しろ。 これはお前さんにとってメチャメチャ良い話だ」


「ウザ…… はあ…… まあ、そこまで言うなら話だけは聞きますよ……」


「そうこなくちゃな!」


「悪いが気を使うのが苦手なんでな。 単刀直入に言わせてもらう。 お前さん、親の事で色々、面倒事がおきてるだろ」


「…… ふん、だからなんです!」


「聞けって! あんな馬鹿共、イチイチ毎回毎回相手してやんのも馬鹿らしいだろ? 時間の無駄だし、ああいう連中は痛いめに合わせても今度は他の面倒な連中を大勢仲間に引き連れてきたり、お前さんに不利な方法で何度も絡みにきたりするもんだぜ……」


「例えば…… ここのガキ共を拉致ってお前さんをおびき出したり、事実無根のデマを流して風評被害で教会ここごとお前さんを潰しにかかったり……」


「それに先週お前さんが絡んだ連中は死神の養成学校に通ってる学生だっていう話じゃねえか。 あそこに通ってる連中の中には親がそれなりに威権を持ってる連中も多い…… まあ、今回のはそんな感じじゃなかったがな……」


「いくらお前さんが強くても『世の中一人では生きていけねえ』し、生きてると自負してる奴はそう思っているだけで自分テメェの知らねえところで実は誰かの世話に必ずなってたりするもんなんだよ。 それがどういった形でどの程度かはその時によりけりだが……」


「少なくともガキンチョが腕っぷしだけで一人生きていける程、この世界はあまくねえ……」


「お前さんが思っている以上に、この世界は理不尽なんだよ…… 残念ながらな……」


「…… あなた、治安部のお偉いさんなんですよね…… さっきそこのガキが総司令とか何とか言ってましたが……」


「そんな方がそんな発言をしていいんですか? 今の発言って、つまりはあなた自身の無能っぷりを宣言している事と同じことですけど……」


「君…… いい加減に……」


 流石に静かだが確かな怒りを露わにした王子をシリウスは構わないといった感じで制する。


 そしてエレインの問いにシリウスは答える。



「ああ、全くもってその通りだ」


「…… え?」


 認めた? 自分の力及ばず足りてない部分を、それもこんなあっさりと……


 しかもこんな小娘が言っている事を一切の動揺もせずに……


 なんなの? この人……


 そんな中、アメリアと王子はシリウスの発言に異を唱えだす。


「何を言ってるの! シリウス! そんな事はないわ!」


「そうですよ! シリウス殿、それはちがいます! シリウス殿は精一杯……」


「いや、いいんだ二人共…… 『精一杯やってても』結果が追いついてこなきゃ意味がねえ……」


「どこかしらで、こいつみてーな理不尽な思いをさせられてる奴等が後を絶たねーんだ。 治安部として天界の治安がまだまだ確立しきれてねーのは、ひとえに、そこの総指揮を執ってる俺の責任だ」


「俺が不甲斐ねえせいでお前ら次世代の子供達を理不尽なめにあわせてんのは、まぎれもねえ事実だ……」



「それについては…… 本当に…… すまねえ……」


 深く頭を下げるシリウス。


「! なっ! なにしてるんですか! やめて下さい!」


 その真摯な姿勢にエレインは動揺を隠せないのか、珍しく彼女が取り乱している。


「シリウス殿……」

「シリウス……」


 王子とアメリアも見守る中、エレインも溜息交じりだが、とうとう観念する事とした。



「…… わかりましたよ! 頭を上げて下さい! それで! 私にとって良い話とは?」


「ああ、もしお前さんが、ここの王子に『まいった』と言わせる事ができたら、俺が直接大王様に頼み込んでお前さんがこのての理不尽なめにあわねえ様に天界の法律を近日中にもっと厳しくする様に強く進言させてもらう。 もし同じ様な事をしでかした連中がまた出てきたら確たる証拠が揃い次第『厳罰』に処する事ができる様にな!」


「王子?」


「ああ、この人は閻魔大王様の一人息子…… 今のところ、一応次期大王候補だ」


「! …… こんなのが?」


 嘘でしょ…… といった感じの表情で王子に視線を送るエレイン。


「こんなので悪かったね!」


「というか、よく見ればあなた、先週私に説教かましてきた不審者じゃないですか!」


「って、今気づいたの! 誰が不審者だ! 誰がっ!」


「…… これはまた随分と頼りなさそうな次期大王様ですね……」


「…… まだ継ぐと決めた訳じゃないさ……」


「? ふーん……」


「まあ、そう言ってやるな! 個人的には王子には次期大王の資質は、かなりある方だと思うぜ!」


「シリウス殿……」


「とてもそうは見えないですが」


「イチイチうるさいんだよ! 君は!」


「まあまあ! 二人共! 話をもどすぞ」


「元々法律の整備については毎日の様に話し合ってたとこだが、このての話は慎重に慎重を期さないと、かえって状況を悪化させかねないから、中々話を進ませるのに時間がかかっちまう……」


「一度、新法やら制度やら設けるとすぐには撤廃できねえ…… あくどい奴らの中には法の抜け穴を上手くついて悪事を続ける連中もいる…… だからといってそれに合わせてあまりにも短い期間スパンで焦って後付けが続いてしまったら歪で穴だらけな法が出来上がっちまう上に法を調整してってもそういった連中やその予備軍に舐められ、より犯罪の助長になってしまう可能性もあるからだ」


「だからといって何もしなかったら現状は変えられねーんだけどな」


「もちろん後から微調整や必要に応じて撤廃して一から考え直す事も当然必要だが、ある程度は最初の時点で! ちゃんとした! 完成された形で法を作らねえと、後からもっと厄介な事になっちまうんだよ」


「ま、俺は法律家でも弁護士でもねえから、今言ったのは知り合いのプロの受け売りだがな」


「だが俺から現在起こっている事態、その詳細を上に話して事態の深刻さを、これでもかって位に大袈裟に伝えておく!」


「さらに事態は一刻を争うって感じで、こいつはおまけだが、全責任は俺が持つって俺のクビでもかけて伝えれでもすればかなり早くお前さんみてーな奴が今回みてーな形でひどい目にあわねえ様にできるはずだ!」


「…… 何であなたがそこまでしてくれるんですか? あなたにメリットがないどころかリスクの方が遥かに大きいじゃないですか?」


「今言った通り、法の整備は毎日各所で検討されている。 それにさっきも言ったがお前さんがここで世話になっている以上、お前も含めてここの連中は俺の家族だ。 家族が理不尽なめにあってるってんなら、俺が身体を張る理由なんてそれで十分だろ」


「…… そういうのをお節介の大馬鹿野郎って言うんですよ……」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


「それにもう既に勝ったつもりでいるみたいだが、王子は強いぜ。 この若さだが閻魔夫妻に上級神である女神殿にも日々、英才教育を叩きこまれているからな」


「現時点でも並みの死神を遥かに凌ぐ強さだ」


「へえ…… 人は見かけによらないですね」


 そう聞いても自身の強さに絶対の自信があるのか、明らかに王子をなめてかかっているエレイン。


 そして今度は王子がシリウスに問う……


「シリウス殿…… 一つお聞きしてもいいですか?」


「なんです、王子?」


「この勝負…… 僕が受けるメリットが説明されていないんですが……」


「それに多少腕が立つ様ですが、同年代でしかも女性が僕の相手になるとも思えませんし……」


「確かに『それなりには手強そう』ですが、だからこそ怪我しない様に『手加減』するのも難しそうですし……」


 彼も少しイラついていたのか、視線を彼女に送り、冷静なフリして明らかに挑発ともとれる発言を言い放つ王子。


 それにカチンときたのか、エレインが王子に噛みつく!


「あなたこそ、何もう勝った気でいるんですか!」


「英才教育だかなんだか知りませんけど、要はいいとこ出のお坊ちゃんってだけでしょ!」


「ていうかあなたいくつですか?」


「坊ちゃんはよしてくれないか。 年は十歳だよ……」


「私は十二歳です! 年上には敬意を払いなさい!」


「君にだけは言われたくないけど」


「なんですって!」

「なんですか!」


「もう! 二人共! 喧嘩はおよしなさい! シリウス! 本当にこんな事を? もし二人が怪我したら!」


「大丈夫です。 これから治療士を一人手配しますし…… それに……」


「もしかしたら…… なんですが、この二人が出会ったのは互いにとって幸運な事かもしれないですよ」


「え?」


「とにかく! 使うのも刃の突いてない練習用の剣ですし、もちろん危ないと判断したら途中で俺が割って入りますんで!」


「まあ、あなたがそこまで言うなら……」


「はいはい! 二人共その続きは後にとっとけ! それと王子!」


「先程の質問の答えですが、王子がこの勝負を受けるメリット……」


「それは恐らく、この試合で『今の王子に決定的に足りないもの』が手に入るかもしれないからですよ……」


「! 僕に足りないもの!?」


「ええ。 王子が悩んでいるもの…… その大部分の答えが出せるかもしれませんよ」


「まあ、断言はできませんがね……」


「それで…… どうします?」


「…… わかりました…… シリウス殿がそこまで言うなら……」


「この勝負! 受けさせていただきます!」


「そうこなくちゃ! クルーゼもいいな?」


「はあ…… わかりましたよ」


「泣きべそかいた挙句に大怪我しても知りませんからね!」


「それはこちらのセリフだよ」


「なんですって!」

「なんですか!」


「いや、だからお前らそれはもういいって!」


「はあ…… 大丈夫かしら……」


 こうして王子とエレイン…… 二人の剣が激突する事になるのであった……

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