第112話 二人の絆 ②

 王子とエレインの初邂逅から一週間―― 


 ここは閻魔の城 武連場――


 刃のない訓練用の武器での剣撃音が辺りに鳴り響いている。


 何故かというと、ここでは今、王子と第二十七支部の死神達が模擬試合と稽古をしているからであった。


 見守るのは閻魔大王夫妻、シリウス、今回の稽古に引っ張られてきた死神達……


 本日は王子の日頃の訓練の成果とお披露目もかねて各支部の死神と模擬試合を行っていた。


 もっとも、通常業務も疎かにできないから事前に選抜された代表者十名のみをこの場へ召集。 付き合ってほしいと大王からの勅命であった。



「そこまで!」


 第二十七支部の司令の号令と共に試合が終了する。



「はあ…… はあ…… さっ 流石は王子! その若さでお見事です!」


「はあ…… はあ…… いえ! 自分なんてまだまだです! ご教授ありがとうございました!」


 互いに良い汗をかいて健闘を称え合う二人……


 傍から見るとそう見えるのであったが、実際には少し違っていた……


「こちらこそ! 良い鍛錬になりました! ありがとうございます!」


 相手役の死神は非常に充実した表情をしている。


 対する王子もその様な表情をしているのだが……



「流石王子! あの者は我が隊の若手の中では三本の指には入る実力の持ち主なのですが、それにあそこまでくらいついてくるとは! これは将来が楽しみですね! 大王様!」


「…… そう見えたか?」


 厳しい面持ちで言葉を返す大王……


「? え? ええ……」


「そうか……」


「無理に時間を作ってくれてすまなかった。 礼を言うよ」


「無理だなんてそんな! お役に立てられ光栄であります!」


「はあ…… あの子ったら……」


「…… やれやれ…… どうしたもんかね……」


 大王には全てお見通しであった……


 いや、彼だけではない。


 大王夫人のミリア・アルゼウム、そしてシリウス・アダマストも当然の様に『それ』に気付いていた……


 一通り試合が終わり解散する一同。


 第二十七支部の面々は通常業務へともどっていった。


 閻魔夫妻、王子、シリウスはその場へ残っている。


 そして大王が王子に近づき、強烈な右拳を容赦なく王子の左頬に叩き込む!


 たまらず吹き飛ぶ、小さな王子の身体!


「ぐっ!」


「何をするのです! 父上!」


「しらばっくれるな! この馬鹿息子がっ!」


「先程の試合…… 何故『手を抜いた』?」


「! …… 何の事ですか。 自分は全力で剣を振るっていましたよ……」


「愚か者が! 私の眼を欺けるとでも思っていたのか? 私だけじゃない。 ミリアにシリウスも当然気付いていただろう?」


「ええ……」


「まあ……」


「忙しい中わざわざ時間を割いて本気で向き合って来てくれている者に対してあのような態度! 剣士として次期大王として以前に人として! あるまじき行為だ!」


「まあまあ、大王様。 少し落ち着いて……」


「そうよ! あなた! 暴力はよくないわ!」


「お前達は黙っていろ!」


 怒りが全く収まらない大王であったが彼のその態度が、怒らすと彼以上に怖い夫人の怒りをかってしまった……



「…… あなた…… それは一体誰に対して言っているのかしら?」


 途端に凄まじい殺気を放つミリア!


「! いっ! いや、しかし!」


 そしてそれに気圧される大王!


! 超~~~~~~~~~! こえええええええええ! やばいって! 大王様!


 言葉には出さないが、シリウスの顔面の滝の様な汗が、彼のその時の感情を説明していた……


 厳格な態度を見せている大王ではあるが、閻魔の家庭のヒエラルキーが垣間見える。


 どうやら大王はかなり尻に敷かれている様子だ……


「あなた……」


 すっと右手のPSリングを構えるミリア。


「! ミっ! ミリアさん! 落ち着いて! ね! リングから薙刀出そうとしない! ほら! 笑顔笑顔! 世界中の女性の憧れの的の! その綺麗で美しいミリアさんの御顔が台無しですよ!」


「あらやだ~♡ シリウスったら! 正直過ぎるんだから♡」


「いや~、はは、本当の事を言ったまでですよ~」


 上手くいって良かった! マジで……


「! うぉっほん! とっ! とにかく! どういうつもりだ!」


 ごまかした……

 ごまかしたわね……


 そんなやり取りをスルーするかの様に王子は質問に答える。



「…… 別に…… 万が一にも、遥か年下、それも実戦経験なしの子供にでも、完膚なきまでに負かされたとあったら余計なトラブルが増えると思っただけですよ。 あの方もショックを受けてお仕事に支障がきたすかもしれませんし……」


「それに別に『手を抜いてはいません』よ」


 確かに手は抜いてはいない…… 真面目にはやったつもりだ……


 ただ、死に物狂いでやらなかっただけだ。


 その王子の心を見透かすかの様にシリウスが王子に語りかける。


「王子。 『本気でやっていない』いや、向き合っていないという事は『手を抜いている』のと同じ事なんすよ」


 いつもはそれなりに好きにさせているシリウスだが、今回は王子に対して厳しい視線と言葉を送る。



「! …… わかりました。 今後この様な事がない様に努めてまいります。 失礼します」


 そのまま武連場を後にしていく王子……


「ちょっと待て! まだ話はっ!」


「大王様!」

「あなた!」


「しかし!」


「今は少し様子をみましょう。 王子もまだ十歳…… 色々思わされるところもあるんでしょうよ」


「そうね…… やはり次期大王としての重責が大きいのかしら?」


「それも大きいでしょうが…… それだけでもないと思いますよ」


「というと?」


「王子はあの年齢にして既に大の大人よりも頭が切れ、達観しているお方です…… だから視たくなくても視えてしまうものもあるし、理解したくない事も理解してしまうんだと思います…… 悪い方にね……」


「それって、なんだか昔の誰かさんを思い出すわね~」


「確かに…… 子供の頃のお前もあれに負けず劣らず、ひねくれていたからな」


「俺の話はいいんすよ! 俺の話は!」


「つか、そもそも俺はあそこまで拗らせてはいなかったですよ!」


「いや、タイプこそ違うが中々良い勝負してると思うぞ」


「ええ。 相当面倒くさかったわよ。 あなたも」


「うぐ!」


「ま、まあ、とにかく! そういうのがあって王子も色々、心が不安定なんすよ! そうでなくても先週変な場面に遭遇したらしいんで……」


「? ああ! こないだ言ってたアレか?」


 アレというのは、エレインが学生達相手に大暴れしていた事件の事だ。


 一応念の為、大王夫妻にはシリウスから報告されていたのである。


「ん~、確かに今のあの子が、そういうのを見ると余計拗らせちゃっても無理ないかもねえ……」


「ええ。 なんで、もう少しゆっくりと暖かい目で見守ってやりましょう。 俺もしばらくは目を光らせておくんで!」


「わかったわ。 お願いね、シリウス…… あなたも! それで良いわね!」


「…… 致し方無い…… 頼んだぞ! シリウス!」


「うす!」




 閻魔の城の中庭の一角――



 そのベンチで一人仰向けで、天を見上げる王子……


「しっかし、思いっきりぶん殴られましたね~」


「! シリウス殿!」


 あわてて身体を起こす王子。


 だが、そのまま座ってて結構ですと言ったシリウスはそのまま王子の左隣に少し距離を置いて立つ。


「どうしてここが?」


「ただの勘ですよ…… 俺もそれなりにですが、王子との付き合いも長くなってきたもんでね」


「ふっ…… 本当に敵わないな、あなたには……」


「大丈夫すか? 王子」


「ええ…… シリウス殿…… 先程はお見苦しいところを……」


「別にいいんじゃないすか? 大人だって拗らせてる事は普通に多いし、まして、どんなに優れた才覚を持っているとしても、王子はまだ子供…… ゆっくり学んでいきゃあいいんすよ、ゆっくりで……」


「その上で、やっぱり次期大王なんざになりたくないってんなら、それもありなんじゃないすか?」


「やる気のないもんにそんな大役任せるとあっちゃあ、遅かれ早かれ間違いなく天界は終わります!」


「俺だって、そんな奴に命預けたくはないんでね……」


「…… はは、これは手厳しい……」


 目線を下に降ろす王子……


 だが、シリウスは続ける……


「ま、実際本当の事なんで。 それに王子も建前とか嫌いで、こういうのは本音で言ってほしいと思ってるでしょうし、思ってなくても俺は言ってしまう性格ですし言うべき事だとも思うんでね」


「それに最悪、夫妻が二人目でも作ってそいつに継がせるって手も別にありだと思うし」


「王子が本当にそういう色んなしがらみが嫌だってんなら、ちゃんと正面切って本気で夫妻にぶつかれば理解してくれると思いますよ」


「奥方は理解ある方だし、大王様も厳しいところもありますけど、ちゃんと本人が考えた末で出した答えなら、それがどんな答えだったとしても尊重する器のデカさは間違いなくあるお方です」


「…… 随分と父と母の事を信頼しているんですね……」


「まあ、二百年位付き合いがありますからね」


「二百年…… 丁度、大戦の時ですか」


「ええ…… あん時は俺も色々あって間接的に無理言って参戦させてもらいましたし、その後もなんだかんだ世話になってますからね」


「少なくとも今の王子よりかは、お二方の事を理解しているとは思いますよ」


「その上でもう一度言わせてもらいますが、王子がちゃんと考え、出した答えなら、あの二人は認めてくれますよ…… 万が一にもそうでなかったら、その時は俺がどんな手を使ってでも! 王子を自由にしてみせますよ! これでもあの二人に負けない位の人脈と搦め手には自信があるんでね!」


「まあ、断言できますけど、その必要は絶対にありませんがね」


「ただ……今の王子は『ただ現実から目を背け、逃げているだけ』にしか視えませんが」


「……」


「勿論長い人生の中で、綺麗事抜きにして、むしろ逃げなきゃいけない場面だってあるし、逃げるのが悪い事だとは俺個人としては全く思ってはいないです」


「ただ厳しい現実を言ってしまうと『ここは絶対に逃げる訳にはいかない』場面ってのも人生の中で何回もあります」


「恐らくですが、王子にとってその最初の一回目が今なのかもしれないですよ」


「そしてもし、その場面で逃げてしまったら…… 恐らく一生後悔する事になると思います……」


「なので王子…… どんな道を歩むにしても…… 後悔だけはしない様に……」


「その年齢としで躱す事ばっか上手くなろうとしてたら、つまんねえ大人になっちまいますよ!」


「下手したら…… 王子の嫌いなタイプの大人にね」


「!」


「もっと自分をさらけ出しちゃっていいんすよ…… 今は難しいかもだけど……」


「子供は子供らしくってね!」


「これはあなたの世話役兼、勝手に『友人』とも思っている人生経験豊富な俺からのアドバイスですよ」


「シリウス殿……」



 …… 僕の嫌いなタイプの大人にか……


 確かに…… 色々と諦め、知らず知らずのうちに僕自身も、そんなつまらない連中と同じ存在になろうとしていたなんてね……


 …… 自分をさらけ出して、か……


 シリウスの言葉に少しだけ憑き物が落ちた様なスッキリした表情を覗かせる王子。



「やれやれ…… あんまり子供扱いしないでほしいなあ」


「いや、だって実際まだガキでしょ」


「ひどい! まあ、そうだけども!」


「……」

「……」


「ふふ……」

「はは……」


「はははははははは!」

「はははははははは!」


「はあ~~~~ ありがとう、シリウス殿…… 少しだけだが、わかった気がするよ」


「僕は良い『友人』をもった……」


「そいつは何よりです」


「はあ…… いっそ僕も『彼女』みたいに好き勝手やれればいいんだろうけどねぇ……」



「彼女って、先週の学生連中ボコった王子の初恋相手ですかい?」


「王子って、ああいうのが好みなんですね。 まあ、別に止めはしないですけど、ドM属性に目覚めんのだけは勘弁して下さいよ。 ド変態のお目付け役なんて俺はごめんなんで」


「そんなんじゃないよ! 別にドMでもないし! ただ……」


「こないだも言ったが…… あの子の眼が気になってね……」


 そう…… あの子の眼……


 どうしようもない位の悲しさと諦め、怒りが織り交ざった様な、あの眼……


 ただの直感だが…… あの子は僕と似ている様な気がする……



「…… ふむ…… だったら丁度いいですかね!」


「え?」


「そんなに気になるんだったら! 会いに行きましょうか! 今から!」


「えええええ!」


 こうして王子はエレインと二度目の邂逅を果たす事になる。


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