第111話 二人の絆 ①

 九百八十八年前――


 天国エリアの一角にある死神養成学校の黒いブレザーの制服を着崩した、ガラの悪い六人組の男達が、その中の面子の一人の弟と一緒に、小さい少女を連れて、とある人気のない裏路地にある公園へと連れて歩いていく。


 しばし争う声が辺りを包み込んだが、割とすぐに収まる事になる。


 男性陣が完膚なきまでに叩きのめされる形で……





「にっ! 兄ちゃん!」


「いててて…… くそっ! 化け物女が!」


「やっぱりこいつ本当に『呪われてんじゃねえの』?」


「そうに決まってるよ! ぜってー普通じゃねえよ! こいつ!」



「年下の小娘相手に大勢で喧嘩を吹っかけてきて無様に敗北した上に、適当な言い訳して自分が負けた事を正当化しようとするなんて情けない通り越して、もはや哀れですね」


「あぁっ!」

「てめえ! 生意気だぞ!」


「だったら何ですか? まだ続けますか?」


「次は全員…… 殺しますよ…… 一人残らず……」


「ひっ!」


 少女とは思えない、鋭い眼光を飛ばし、相手連中を威嚇する女の子。


 さらに少女はそのガラの悪い連中のリーダー格の男の弟の方に視線を移す。


 その男の子も少女に痛めつけられボロボロに返り討ちにされた挙句、左腕をへし折られていた……


「あなたも…… 次に私にくだらない因縁を吹っかけてきたら大怪我程度では済まさないと警告したはずですが?」


「それで今度は数で物を言わせようとこんなゴミ共なんかに頼って私に喧嘩を吹っかけてきた……」


「殺されても文句ないですよね? 次は右腕の方もへし折りましょうか」


「あ…… うぁ……」


 もはや腰が抜けている男の子はそのあまりの恐怖で悲鳴すら出せない状態に陥っていた。


 そして少女は先程の言葉を単なる脅しではなく本当に実行しようと静かだが激しい怒りをその瞳に宿しながら、その男の子に向かってゆっくりと近づいていく……


 周りの男共も痛めつけられているのもあるが、それ以上に恐怖で身動きが取れなくなってしまっていた。


 男の子のすぐ目の前まで来た少女は、まだ無事な男の子の右腕の方に視線を移し、自身の右手を伸ばす……



 その時!



「おい! そこで何をしている!」


 大声を発するその方向には、小さな金髪の少年が立っていた。


「! ちっ! 邪魔が入ったか……」


 少女の右手が止まり、声のした方へと視線をずらす。


 彼女に因縁を吹っかけてきた連中も今の救いの声でハッとして、恐怖から立ち直る。


「たっ! 助かった!」

「おっ! おい! とっととずらかろうぜ!」

「あっ! ああ! もう行こうぜ! 関わんねえ方だいいよ! こんな女!」

「はっ! 早く行こうぜ皆!」



 腰が抜けている弟を兄が抱きかかえる形でその集団は、声の主の横をすり抜ける形で一目散へと走って逃げていった。




 こいつらの制服…… 死神養成所の制服…… と子供?


 …… なんとなく何が起きてたのか、ある程度は想像がつくが…… 


 くだらない…… 未来の天界の治安を守るべき者達が、この様な争いを……


 こんな連中を将来まとめ上げながら私もいずれ、父の後を継がないといけないとは……


 はあ…… 全くもって、つまらないね……


 彼らもまだ若いから無理もないとはいえ、親御さん達はどういう教育をしているのかね……


 多くの犠牲を払った先の大戦から、何も学んでいない様に見えるが……



 それにしても……



 随分と痛めつけられていた様だが…… 


 まさかあの子がたった一人で?


 どう見ても大した連中には見えなかったから、恐らく下級生か上級生でも落ちこぼれ風情だろうが、それでも死神候補生六人を相手に返り討ちにしたというのか? 


 あんな小さな、しかも女の子が……


 まだ僕と同い年位じゃないか?


 彼女は一体……



 そう思考を巡らすこの金髪の少年こそが、当時まだ十歳の、未来の次期閻魔大王その人であった。


 そして少女の方も、もう面倒くさいと思ったのか、わざわざ男共を追いかけようともせずに、水飲み場で顔を洗いに行く。



「ふん…… クズ共が……」



 その少女の名前はエレイン・クルーゼ――


 当時まだ十二歳の彼女であった。


 発端の弟以外、全員が自分より五つ以上年齢が上の男衆から因縁を吹っかけられた彼女は、怪我を負いながらも全く臆する事はなく、逆に相手連中に自分の倍以上の大怪我を追わせて返り討ちにしていたのであった。


 といっても、彼女の方も傷だらけ…… 顔も血に塗れ、髪もぐしゃぐしゃになっていた。


 水で顔を洗うが、傷にしみるのか、苦悶の表情をする彼女。


~~~っ!」


「君…… 大丈夫かい?」


 先程大声を発したその少年は、少女にハンカチを渡そうとする。


 だが、彼女はそれを拒む。


「…… 余計なお世話です…… というか誰ですか? あなたは……」


「…… 別に誰でも構わないだろう…… それよりもその怪我……」


「見ず知らずのあなたなんかに、心配される覚えはありません……」


「ましてや自身の名前すら名乗ろうともしない不審者なんかにはね!」


「ふっ! 不審者? 僕が?」


 生まれて初めて言われたぞ! そんな事!


 というか、この子は僕が誰だか知らないのか?


「あなた以外に誰がいるというんですか。 目障りです。 私に話しかけないで下さい。 鬱陶しいですよ!」


「本当に余計な真似を…… あなたがいなければ、あのままあいつらを始末してやれたものを!」


「察するに連中の方から吹っかけてきて、それを返り討ちにしたってところだろうけど、それでもいくらなんでもやりすぎじゃないかい?」


「あのまま続けていたら、殺していたかもしれないんだぞ!」


「最初からそのつもりでしたが?」


「なっ!」


「もう放っといて下さい……」


 鋭い目つきでそう言い放っては彼女は一人どこかへと歩いていった……



「…… 何だ? あの子……」


 

「おーい! 王子様!」


「シリウス殿!」


「全く、後で迎えに行くって連絡をまわしてるはずなんですがねえ…… あまり一人で出歩かないでほしいって何度も言わせんで下さいよ! 俺が後で大王夫妻に叱られるんすから!」


 王子を探していたのは、若かりし頃のシリウス・アダマストである。


 当時は総司令の職務と共に、王子の世話係も兼任していたのだ。


「わざわざ総司令殿にいつもご足労いただかなくても結構ですよ。 普通に出歩く分位には、僕は一人で十分です」


「まあ、御気持ちはわかりますがね、もう少しご自身の立場ってのを御自覚いただきたいですねえ」


「はは! すみません」


「……」


「? どうかしましたか?」


「ああ、いや…… 何でもありませんよ。 シリウス殿」


「はあ……」


「で? …… 本日のシゴキ…… もとい、剣の稽古は如何でしたか?」


「いつも通りですよ…… あそこまでいくと幼児虐待なんじゃないかって位にね」


 勘弁してほしいと両手を広げ、溜息をつく王子と呼ばれた少年。


「まあ、 女神殿達も夫妻も容赦がないですからねえ……」


「ま、それだけ期待されているって事なんでしょうけど」


「そんなに買いかぶられても、困るんですけどねえ……」


「買いかぶっているつもりはないと思いますよ。 まあ、王子は実際に困ってるでしょうけどね…… そうでなくても、色々考える節があるみたいですし……」


「…… ふう…… シリウス殿には敵わないなぁ……」


「誰だって、王子の立場を考えればその心労や重圧が相当なもんだってのは想像がつきますよ」


「まあ、まだ若いんだし(というか子供)、王子の立場を考慮しても未来の事はまだそこまで深くは考える必要はないと思いますけどね。 個人的には……」


「子供は親を困らせる位に好き勝手やってんのが丁度いいと思いますよ」


「ですよね~♪ じゃあこのまま僕を見逃してくれても……」


「それとこれとは話が別です」


「言ってる事おかしくない!?」


「いやいや、『俺』を困らせるのはダメですよ! 当たり前でしょ! そんなの! 面倒事は嫌いなんすよ!」


「理不尽!」


「ははは!」



 正直この頃の王子も表には出さないが、本質的には周りの大人や人間達を信用してはいなかった……


 次期大王最有力候補の一人として必要以上に周囲はおべっかを使ってくる。


 中にはまだ子供と舐めてかかって上手く取り入ろうと企む者、そして先程の学生もそうだが、未だくだらない事で争う醜い心の持ち主達を見るのに心底嫌気がさしていた……


 別に次期大王の座も興味ないし、毎日が殺人的なレベルの剣の稽古や座学を強いられるのも納得がいっていない。


 かといって、自分が本当は何をどうしたいのかもわわからない……


 そんな中途半端な自分にも嫌気がさしている部分があるのであった……


 だがそんな中でも、表裏なく、自身に本音で接してくれて、本人も自分の思う通りに行動し、愚痴をこぼしながらも、本当に天界の平和を守る様に努めているシリウスには、一定以上位は王子も信頼していて、また憧れに近い感情も、ある程度は抱いているのであった。


 何だかんだで、この時彼が一番心を開いているのはシリウスだったのである。



「つか、マジでこんな所で何やってたんすか?」


「ああ、いや…… 今、恐らく大勢の男共を派手にぶちのめしていた女の子がいたんだけど……」


「傷だらけだったんで、ハンカチを濡らして貸そうと思ったんだが…… 振られてしまってね」


「僕と同い年位なのに、凄い腕っぷしなんだなあとも思って…… それに……」


「それに?」


「眼がね……」


「眼?」


「ああ…… 上手く説明できないんだが、何だかあまりにも悲しい眼をしていたから、少し気になってね……」


「悲しい眼……」


「ああ、それも計り知れない怒りと、それから……」


「まるで…… 世界中で誰も…… 自分自身すらも信じていないかの様な…… そんな諦めと悲しさと怒りが全て合わさった様な眼だったよ……」


「王子位の年齢でそんな眼をした女の子……」


「ああ、藍色の…… せっかく綺麗な色をしてたんだけど、争った後だからか、髪がグシャグシャになってた女の子だったんだけどね……」


「藍色の髪……」



 まさか…… アメリアさんが言ってた……



「…… しかしまあ、珍しいですねえ! 滅多に周りに興味を示さない王子が、初対面の女の子にえらくご執心だなんて……」


「興味を示さないとはひどいなあ! そんな事ないでしょ!」



 …… どうだかねえ……


 表面上は周りに良い顔を振りまいているが、この年齢としでえらく達観し過ぎているというか、冷めた感じになっているというか……


 こりゃ、夫妻が心配するのもわかるわな……



「王子。 そいつはもしかして…… 初恋ってやつじゃあないですかい?」


「はは! どうだろうね。 まあ、そうだったとしてとしても、僕に彼女の相手は務まりそうにないかな♪」


「それは残念でしたね。 まあ、気を落とさずに、これからも適当に青春して下さい」


「それじゃあ、僕はこの傷ついた心を癒す為に、今日はこのまま一人でゆっくりと……」


「振られた事なんか忘れる位に! しっかりと城でお勉強と行きましょうか!」


「オニ! やれやれ…… わかったよ、もう……」


「…… ちゃんと今日の分のノルマが終わったら、どこでも遊びに付き合いますよ」


「勿論、後で俺は怒られたくないので、大王夫妻にバレない様にですがね!」


「! そう来なくちゃね!」


 そうして、シリウスと王子も城へと帰っていった……


 

 運命的な出会いを果たした二人の少年少女……


 王子とエレイン……


 二人の物語はここから始まる……

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