第102話 最期まで傍に……

「…… とまあ、これが一二〇〇年前の『本当』の、事の顛末だ……」


「…… なるほどね……」


「剣を交えればわかるよ…… 君がただ単に闇落ちして腐ってた、つまらない漢ではない事も、そんな君がそこまでして尽くしているアルテミス彼女もまた同じだという事もね……」


「そして僕らの想像通り…… やはり一二〇〇年前の『怪物』は生き残っていたんだね」


「それも彼女の中で……」


「そういう事だ……」


「感謝するよ、雷帝…… 彼女と共に君達が長い間、時間を稼いでくれなかったら、天界どころか下手したら下界含めて、世界全てが終わってたかもしれないからね」


「君達が一二〇〇年もの間、天界を…… 世界を守ってくれていたんだ……」


「いつか『自分達を討てる可能性を秘めた世代』が現れるまで……」


「意志と身体を蝕む瘴気の痛みに耐えながら……」


「そして、その過程で天界の法ではどうしても救えない心の傷を持った者達もまとめて引き受け、その者達の『何を犠牲にしても譲れない怒りや悲しみといった感情』を、せめて本人達が最期に納得できる形で決着をつける『時と場所』を用意してあげたってわけか」


「ある意味、彼らにとってはだけど、『一つの救いの形』を与えたかった……」


「それが普通に考えたら間違った事であったとしても……」


「それが『真なる選別者』達ってわけか」


「恐らく彼女を依り代にした『怪物』の強さと、そこから生まれる瘴気は一二〇〇年前のそれとは比べ物にならない……」


「それに『真なる選別者』達程、こじらせてはいないが、実際は天界の法では救えなかった者達も大勢いるだろう……」


「完璧に全ての世界の存在を、あらゆる面で救える法なんて絶対に存在しないし、作る事も不可能だ……」


「とはいえ、様々な不幸が生まれ、『怪物』を生んでしまった事、そして彼等の様な存在を生んでしまったのも、天界の背負ってしまったカルマとも言えること……」


「ならばこの大戦という試練を、世界が乗り越えられるか、それとも押しつぶされるか……」


「その答えを自分達で出してみろって事だね」


「未来を掴みとるか…… それとも業を罰として受け入れ世界を終わらせてしまうか!」


「ここで乗り越えられない様なら、仮に今回の戦がなかったとしても、いずれまた今回みたいな事が起こり、遅かれ早かれ世界が終わるから……」


現在いま、そして未来を生きたいならその業ともいえる『怪物』ごとアルテミス自分を討ち、世界を守れる力を示してみせよ!」


「……って感じなのかな?」


「…… ま、そんなとこだ」


「今、お前さんが言った通り、今回のこれも含めて、天界が引き起こしちまったって言っても過言ではねえ……」


「この大戦に勝って、色々反省もしてもらわねえとまた似た様な事が必ず起こる!」


「世界を存続させてえんなら勝て!」


「んでもって! ウチのモンには納得いかねえなら消える前に全てをぶつけられる、誰も用意してくれなかった時と場を与える!」


「そこでしっかり白黒つけろって事だ! 平たく言うとな……」


 そう言ったところで、先程リーズレットが地に刺したクナイがビシッと、ひびが入ってしまった!


 術の効果もここまでの様だ……


 そしてそれは雷帝の消滅を意味する……



「どうやら、俺はここまでの様だな……」


「俺も最期まであいつに付き合ってくつもりだったが、ここでリタイアってわけだ……」


「でかい口叩いといて、あいつより先に逝っちまうのは情けねえが……」


「ま…… あいつも許してくれんだろ」



「…… やれやれ……」


 満足げなレオンバルトに対して呆れた様に溜息をつくリーズレット。


「ここまで散々カッコつけておいて、彼女を置いて先にリタイアする気?」


「全く…… 漢ってのはどうしてこうカッコつけたがりなのかねえ……」


「何だと!」


「今の話でも『どうしようもなかったら俺がちゃんと殺してやる』だの『最期まで付き合う』だの偉そうな事言ってたわりには、君と彼女の間で一番大事なとこは、僕らに丸ごと投げっぱなしじゃない?」


師匠せんせいが決着をつけるにしろ、はたまた修二がつけるにしろ…… 君一人が彼女を一人置いて先に退場なんてありえないでしょ」


「そいつはちょっと無責任なんじゃない?」


「最悪僕らが倒れたら、君の手で彼女に引導を渡すって約束してたんでしょ」


「僕らが倒れなくても…… この大戦の結果がどんな結果になるにしても……」


「君には…… 彼女の最期をちゃんと見届ける義務があると思うよ」


「……」


「大切な…… かけがえのない存在なんでしょ…… 君にとって…… 世界で一番……」


「最期まで傍にいてあげるべきだよ……」


「…… そうはいってもよ……」


 リーズレットにそう言われ、言葉をつまらせるレオンバルト……


 リーズレットの言っている事はわかる……


 できる事なら最期まで彼女の傍にいたいとも思っている……


 だがそれはもう不可能な話だ……


 そう、諦めのついている表情がレオンバルトの胸の内を語っている……


 だがそんな彼に対して、リーズレットはそんなの認めないと言わんばかりに、こう言葉を投げつける。



「君にその気があるのなら……」


「手段選ばなくてもいいなら、連れていってあげられるかもよ……」


「!っ 何だと!」


「君は、僕自身ですら完璧には把握していなかった、僕の全力を引き出させて、こんなに楽しい闘いに付き合ってくれたからさ……」


「せめてものお礼さ♪」


「それに…… 君には一片の悔いなく逝ってほしい…… 彼女と一緒に……」


「…… できるのか?」


「多分…… だけどね…… 上手くいけばの話だ……」


「これからやろうとすることは、僕も初めてだし……」


「理論的には不可能ではないはずだけど、失敗する可能性も高いし、そうなったら君の魂は結局ここで消滅する……」


「それでもかまわないなら…… 君の魂をもう少しだけだけど、永らえさせる事ができるかもしれない……」



「…… どうする?」


 レオンバルトに問うリーズレット……




 信じられねえ……


 まさか…… 本当にそんな事が可能なのか……


 だが、リーズレットのこの目……


 こいつは本気だ……


 本気で勝負に負けた俺なんかの為に、残り少ない体力を使ってでも『何か』をしてくれようとしている……


 …… ふっ 迷う必要なんてねえか……


 どのみちこのままじゃ、ここで今! 俺の魂は消えちまう……


 それに勝ったこいつが! ここまで言ってくれてるんだ!


 ここで動かなかったら、それこそ漢じゃねえ、か……


 先程の表情とはうってかわって覚悟を決めた漢の表情かおをするレオンバルト。


 そして自身の答えをリーズレットに述べる……



「…… やってくれ! リーズレット!」



「OK! そうこなくちゃ♪」



 …… とりあえず血は止まった……


 傷口は…… 今、一歩でも動いたらまた開きそうだけど…… しょうがないか♪


 リーズレットは、よろめきながらもゆっくりと立ち上がる。


 予想通り、せっかく塞がった身体中の表面の傷もまた開き始め、全身から血が滴り落ちる。


 だが彼女はそれでも、右手で胸の前に印を結び、術の詠唱を始める。


 左手は愛刀の刃を真っ直ぐと地に刺す形で固定して、その柄の部分を握りしめている。



「我が身体に流れし閻魔の力よ、我は求む、のものと魂の契約を交わす事を」


「我が呼びかけと願いに応じ、我の眷属とならんことを!」


「はあああああああああああ!」


 リーズレットの身体が、その霊気によって光り輝く!


「その誇り高き魂よ…… 我が剣に宿れ!」


「はあああああああああああ!」

「おおおおおおおおおおおお!」



 辺り一帯が、まばゆい光に包まれる!








 そして、その光が収まると、レオンの魂魄は元居た場所にはいなくなっていた……











「…… これは…… 一体……」


「…… ふう…… どうやら、上手くいったみたいだね……」


「はは…… おい、マジかよ……」


「まさか『こんな形』で永らえる事ができるなんてな!」


 何とリーズレットの刀が喋っている!


 そう! レオンバルトの声である!


 レオンバルトの魂魄が、リーズレットの刀の中に移されたのだ!



「一体全体どういうカラクリなんだ?」


「式神…… っていうのは、聞いた事位あるだろう?」


「? ああ、確か陰陽師とかが使い魔みてえなのを使役、召喚するとかっていう術の事だろ?」


「紙を媒体にしたり、術者の霊力とイメージで獣を作って召喚する術…… みてえな感じだったと思うが……」


「うん、それも間違っていない。 一般的に多く使用、知られているスタンダードな式神は今、君が言ったやつだね♪」


「ただ式神の術式にはいくつか種類がある」


「僕が使ったのは、その中でも最上級に位置する術式…… 悪行罰示あくぎょうばっしと呼ばれるものの応用版だよ♪」


「これは自身の霊力を込め、イメージを具現化するタイプと違って、過去に悪事を働いた悪神や悪霊といった類の者を『直接式神として従える術』だ」


「未熟な術者が使うと、逆に取り込まれたりするから危険な術でもあるんだけど……」


「昔、陰陽術に興味がでて、極める際に下界出身のある高名な陰陽師から一通り師事してもらった事があってね」


「その過程で教えてもらった秘奥の術なんだけど……」


「それを少し応用して、君の魂魄を術を通して眷属化の契約を結ぶ事によって、君を僕の式神とさせてもらったのさ♪」


「そして今の君では、そのままではすぐに消滅してしまうから、剣の中に君の魂魄を避難させたってわけさ♪」


「僕の剣は特別製でね…… 天界でも屈指の妖刀と呼ばれる類のものなんだ」


「刀そのものにも強い気が込められているし、込める事もできる」


「君程の精神力の持ち主なら自我も難なく保ち、魂魄の消滅も遅らせる事ができると思ってね」


「マジかよ…… ったく、つくづくとんでもねえな……」


「だけどこの術はさっきの本家の術のいわば劣化アレンジ版だ」


「元々陰陽術の中でも式神術は僕はそこまで得意なわけではないし、好みの術でもない」


「加えて今の君は魂魄そのものが極めてダメージが大きく、術者である僕自身もガス欠寸前のボロボロ状態で、無理矢理術を成立させ、おまけに実戦で使用したのも初めてだ」


「恐らく刀の中にいても、君の魂はどんなにもっても一日…… 刀の外に出る時…… 彼女の前に君が姿を現した時は、君の魂魄は間もなく消滅していくだろう……」



「それはもう絶対に逃れられない……」



「申し訳ないが、これが今の僕にできる精一杯だ……」


「いや…… 十分すぎるぜ! 感謝する…… 剣神!」


「お前さんの言う通りだ…… このまま途中リタイアなんて俺のガラじゃなかったな!」


「逝く時はあいつと一緒だ…… 最期まで、お前らの闘いを見届けさせてもらうぜ!」


「ああ、そうするといい♪」



「それと、僕の事はリーズレットで良いよ♪ 僕も君の事はレオンと呼ばせてもらうから♪」


「敵ではあったが、ここからは戦友ともとしてよろしくね♪」


「! ああ、じゃあ改めて! よろしく頼むぜ! リーズレット!」


「こちらこそ、よろしく頼むよ、レオン!」




「けどその前に……」


「ん?」


「流石に、なけなしの残りの霊力を全て使ってしまったからね…… 限界だ……」


「少し動ける程度までに回復をはかるから…… 悪いんだけどレオン……」


「三十分たったら起こして♪」


「って、俺はお前のオカンか!」


 レオンバルトの言葉を聞く前に、仰向けに倒れ、寝息をたてながら熟睡し始めたリーズレット。


「って、もう寝てやがる……」


 限界を迎えた状態の体力で、更にぶっつけ本番で超難易度の術を発動、成功させたリーズレット……


 彼女はいつ意識が途絶えてもおかしくない状態であったのだ……


「戦場だってのに…… 図太い神経してやがるな……」


「あ〜あ…… 完敗だったなぁ……」


「ったく、大した後輩だよ、お前は……」


「…… ありがとうな…… リーズレット」


「待ってろ、アルテミス…… 後で必ず、俺もお前の所に行くからよ!」


 こうして二人は僅かながらの休息に入るのであった……



 そして……



 黒き塔―― 最上層フロア



「久しぶりだな…… 姉者」


「ええ…… 壮健そうで何よりです。 アルセルシア」


 二人の女神が遂に激突する!

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