第101話 あの闘いの後…… ②

 何という運命の悪戯か……


 シリウスが、アルテミスとレオンの身を案じて贈った守護のお守りが、彼女の意に反してその爆発の威力を軽減させると同時に、彼女らの魂魄そのものにも、薄い光の障壁が掛けられていたのだ。


 それはつまり…… あのアルテミスと同化している『怪物』も、かろうじてだが難を逃れてしまったという事でもあったのだ。



「…… まさ、か…… この様な事になろう…… とは」


「くく…… は、はは! はははは! ぐっ! 馬鹿どもが! 妙な物を仕込んでいたみたいだが…… 裏目に出たみたいだな!」


「まあ、おかげで我は助かったがな……」


「はあ…… はあ…… だが! 我も相当な傷を負ってしまったが……」


「くっ…… はっ! レオン! レオンは!」


 レオンバルトは、アルテミスからそう離れていない所で光に包まれ、倒れていた。


 それも魂の崩壊が始まり、消滅しかかっているのであった……


「レオン…… 申し訳ありません…… あなたを巻き込んでおきながら、この様な事になるとは……」


「雷帝か…… 先程の闘いにおいての貴様の態度…… 貴様にとって、あの漢はさぞやお気に入りの様だな……」


「…… 何が言いたい……」


「我の計画を台無しにしてくれた報いだ…… 貴様の身体をすぐに乗っ取り『貴様自身の手で最愛の漢の魂も傀儡にしてやろう』と思ってな!」


「! この外道が!」


「とはいえ、今のあなたにその様な力が残されているとは思えませんが? 我らと同じくその命は風前の灯火かと……」


「ふっ どうやら気付いていない様だな」


「…… 何の事です?」


「我の本質は宿主に寄生して、瘴気により我の都合の良い様に造り変え、操る事……」


「だが宿主の体内に入ってできる事は、それだけではない……」


「宿主の力を操るのではなく、コアに直接吸収して、我自身の核の修復にあてる事も可能なのだよ……」


「! 何ですって!」


 この身体に力が入らない感じは単にダメージだけでなく、今、この時も、奴に私の命を吸われていたからなのか!


 くっ! このままでは!


「もうおそいわ! 僅かながらにだが回復させてもらった! 普段の貴様相手になら、まだ無理だろうが、今の死にかけている貴様になら、この状態でも十分だ!」


「はあああああああああああああ!」


「ああああああああああああああ!」


 アルテミスの身体を乗っ取ろうとする『怪物』!


 体内から瘴気によって蝕まれる彼女からは苦痛の悲鳴がこだまする!


 そして彼女の悲鳴が止み始めると…… その身体は黒い瘴気へと包まれ、髪の色も闇を連想させるかのごとく真っ黒になっていた!



「…… ふふ! はははは! 何とか上手くいった様だな! ぐぅっ!」


 意志と身体を乗っ取られてしまったアルテミス……


 だが、乗っ取ったはずの『怪物』も苦しそうであった。


「はあ…… はあ…… 流石に核が僅かに回復した程度の状態での強引な乗っ取り……」


「この代償は高くついたか…… 数百年程度の休息では済みそうにないな……」


「しかたがない…… まあ、傷が癒えるまで身を隠すのには、この空間は打ってつけか」


「最高神共も、まさかあの状況で、我が生きてるとは夢にも思うまい……」


「しばらく眠りにつく必要があるが…… その前に!」


 重い身体を何とか動かし、ゆっくりとレオンバルトのもとへと近づいていく『怪物』!


「哀れだな! アルテミス…… そして雷帝! 我を道連れに、誇り高き死を望んだみたいだが、そうはいかんぞ!」


「このまま二人共! 我の傀儡としてくれよう!」


 レオンに右手をかざし、瘴気を送り込もうとする『怪物』……





 だがその時! 突如レオンが、その両の目を見開き、その右腕を掴む!




「…… 上等だ…… やってみろよ! この陰湿引きこもり根暗野郎が!」


「! なっ! 何だと!」


「貴様! まだ意識があったのか! このくたばりぞこないが!」


「はっ! 他人の身体に隠れて、こそこそするしか能のねえクズ野郎の思い通りになんかさせてたまるかよ!」


「ここまで魂の崩壊が始まっていると、もはや痛みすら感じなくなってきたぜ……」


「まあ、おかげで今は助かったが……」


「おい! アルテミス!」


「こんなクソ野郎のいいようにされてんじゃねえよ!」


「ふっ 何を無駄な事を…… ぐっ! こ、これは!」


「…… レ、レオ、ン……」


 怪物に意識を掌握されながらも、レオンの声に反応して、抗うアルテミス!


「そうだ! アルテミス! そんな奴に負けんじゃねえ!」


「に…… げなさい…… レ、オン……」


「あなた…… まで…… 傀儡に……なる事は……」


「ふん…… おい! クソ野郎! てめえの思惑! 『半分だけ』のってやる!」


「俺の魂くれてやんよ! ただし! 誇りまでくれてやるつもりはねえ!」


「俺の意識を盗めるもんなら盗んでみやがれ!」


「アルテミス!」


「その瘴気…… 半分よこしな…… そうすれば、おまえなら今の状態でも意識を取りもどしきる事ができるはずだ!」


「! 馬鹿な…… 事を! やめな……」


「うるせえ! ガタガタぬかすな!」


「さっきも言ったろ! 何度も言わせんじゃねえ!」


「俺の居場所はいつだって…… あんたの隣だ!」


「あんた一人に全部背負わせたりなんかしねえよ!」


「流石に『怪物』をぶっ潰す力も、追い出す力も残ってねえが……」


「お前を一人になんか…… 死んでもさせねえよ!」


「最期まで、あがいてみようぜ…… 二人で!」


「…… レ、オン…… レオン!」


「とりあえずだが、少なくとも数百年は時間が稼げんだろ……」


「それまでに姉御達が…… 天界が力を増している事にかけようぜ…… それでも……」


「それでも…… どうにもならなかったら、その時は……」
























「その時は俺が…… ちゃんとお前を殺してやるよ……」


「!」


「だから負けんな! アルテミス!」


「レオ……ン!」


「ああああああああああああ!」


 彼女の腕から、それを掴んでいるレオンに向かって瘴気が流れ込む!



「ぐううううおあああああああ!」

「あああああああああああああ!」





 二人を包む黒い瘴気! 



 しかしそれは、次第に小さくなって消えていく……


 そしてアルテミスの髪と身体の色も、元にもどっていたのであった……



 レオンバルトも瘴気に魂魄を乗っ取らせる…… といっても強靭な精神力で、意識は渡さずに無理矢理、魂の欠損した部分を補い、消滅だけを免れていた。






「はあ! はあ! レオン! なんて馬鹿な真似を! あなたまで瘴気にっ!」


「アルテミス!」


「!」


 真っすぐと彼女の瞳を見つめるレオンバルト……


 これ以上彼の覚悟を無下にする言葉は彼の覚悟に対する冒とく以外の何物でもない……


 彼女はそれに気付いたのだ……


 いつもは凛々しく、気高さと強さを兼ね備えた彼女であったが、その表情は、あまりにも悲しそうで、それでいて今にも涙が溢れてきそうな弱々しい表情を一瞬浮かべる……


 だが彼女は、すぐにいつもの凛とした…… そして覚悟の決まった表情かおを取りもどす!



 そしてひと言……





「ありがとう…… レオンバルト……」


「へへ…… おうよ!」


 この状況でも彼はニカッと豪快に、武骨な笑顔をもってアルテミスに返事をする。


 これ程までに強き心、魂を持った漢は、天界広しといえど、彼位かもしれない。




「…… 聞こえますか?」


「どのみち私の空間移動がないと、怪物あなたはここから出られないでしょう……」


「あなたは我ら天界が生んでしまった、言わば向き合わなければならない『業』……」


「私達が…… 天界が! あなたを必ず倒します!」


「例えあなたが我らの意志を奪っても…… 必ずやあなたを倒し、世界がどのような運命を巡るにしても! 答えを出してみせましょう!」


「精々覚悟しておく事です!」



「…… いいだろう…… いずれ時がきたら今度こそ! 貴様らの意識を奪い! そしてその力で天界を我が物にしてみせよう……」


「今のうちに精々余生を楽しんでおくんだな……」



 そう言い残して『怪物』は傷を癒す為、アルテミスを支配するのを一旦諦め、その中で深い眠りにつくのであった。



「…… 大丈夫か?」


「ええ…… どうやら完全に眠りについたみたいです」


「先の事はとりあえず後で考えるとして……」


「私達も傷が深いです…… 一旦眠りにつきましょう……」


「瘴気にまみれても、私の女神としての力は生きている感じがします」


「多少なりとも休めば、回復術も使える程度にはなるでしょう」


「ああ…… とりあえず…… 俺も、もう限界だ…… 寝るぞ……」


「ええ…… あの…… その、レオン……」


「ん?」




 レオンの唇に、自身の唇を重ねるアルテミス……



 いきなりの事で、ハトが豆鉄砲くらった様な顔になって、時間が停止するレオン。


 彼女が離れた時は、柄にもなく既に顔が真っ赤になっていた……



「あなたがいてくれて本当に良かった…… ありがとう…… レオン」


「お、おおおぅぅぅぅうおお、おうよ!」


 そして、レオンに背を向けて眠りにつくアルテミス……



 い、い、い、いきなり何してくれてんだ! この女! 


 今までこんな事、一度だってしやがらなかったってのに!


 しかも何事もなかったかの様に余裕で眠りにつきやがって!


 全く! って、ん? ……












 …… はあ…… 全く……


 余裕なのかと思ったら……














 耳まで赤くなってるじゃねえか……


 ったく、素直になったのか、なってねえのか!


 笑みをこぼしながら、レオンもアルテミスに背を向け、とこにつく……



「まあ、お前さんの思う様にやってみな……」


「例え世界中がお前の敵にまわったとしても…… 最期まで俺はお前に付き合うぜ……」


「ええ…… 共に行きましょう…… レオン……」



「おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 こうして二人は互いの絆をより深め、今はただ、ひと時の眠りにつくのであった……

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