第84話 最後の準備 黒崎サイド ②

 時刻は夕方の一六時



 黒崎と前原は、娯楽エリアの一角にあるフリースペースで将棋を楽しんでいた。


 瞑想を終え、シャワーを浴びてから霧島とカエラは黒崎達と合流。


 カエラにも前原を紹介され、飲食フロアのカフェに移動して雑談を楽しむ一同。



 一七時



 京子が合流、軽く黒崎達からも前原を紹介されつつ、なるべく今日のうちに前原も避難させたいとの事で前原もそれを承諾。 最後に黒崎達と挨拶を交わす。



「前原さん、すまねえな。 こっちから呼び出しといて、慌ただしくしちまって!」


「いえいえ! 皆さんのお顔が見れて良かったですよ!」


「僕もですよ、前原さん!」


「私もお会いできて良かったです!」


「ふふ。 霧島さんにカエラさんも、そう言っていただいて、ありがとうございます」


「それでは皆さん…… 武運を! 必ず! 帰ってきて下さいね!」


「ああ!」

「はい!」

「ええ!」


「ほな行こか、前原はん。 送迎バス広場まで案内しますわ!」


「ええ、よろしくお願いします。 京子さん」


 こうして前原は最寄りの臨時で作られた避難場所行きの空間ゲートがある所へ送迎バスで、護衛車両付きで他の民間人と共に送られていくのであった。







 午後二十時……




 レストランフロア……


 京子が帰ってきて、彼女から無事、前原を避難空間へと送ったと報告を受ける一同。


 四人で食事を済ませて軽く飲んだ後、黒崎は京子と併設されているBARへ、霧島とカエラはバルコニー席の方に移動して夜風に当たりながら一杯やっていた。





「そういえばカエラさん、一つ聞きたかった事があるんですが……」


「ん? 何ですか、霧島君?」


 ビールを口に含みながら応答するカエラ。


「いや、カエラさんって黒崎さん…… ついでに言うとシリウスさんの事も好きですよね?」


 次の瞬間! カエラは口に含んでいたビールを霧島の顔面に噴射してしまった!



「~~~! 何するんですか! カエラさん!」


「げほっ! げほっ! なっ! なっ! なっ! 何言ってるんですか! 霧島君!」


「うわ! シャツまでびしょびしょ! ちょっとカエラさん! どうしてくれ……」


「何言ってるんですか! 霧島君!」


「って、聞いてないし!」


 二人共ハンカチを持ってなかったので店員さんを呼んで、拭くものを借してもらった霧島達は話を元にもどした。


「で! 霧島君! さっきの話ですが、私は全然!」


「いや嘘でしょ! シリウスさんの話を教えてもらった時も、それから普段の黒崎さんとのやり取りも見てると、そうと取れる様にしか見えないですよ!」


「やたら動揺してるし」


「してません!」


「あ~、いや、真面目な話ですよ、明後日僕らは死地に赴くわけですから、もしそうなら京子さんには悪いですけど、気持ち自体は伝えた方が良いのかもって思っただけですよ」




「実際のところ、本当はどうなんですか?」



 霧島は茶化しているわけでない。


 戦友として真剣に心配しているのだ。


 絶対に生きてもどる! 


 そう心に決めても、実際はこれが最期になるのかもしれないのだから……


 後悔だけはしてほしくない……


 その想いが伝わったのか、霧島の誠意に真剣に答えを返すカエラ。




「~~~ ふう……」


「本当のところ言うとですよ……」


「……」

















「シリウスさんは私の『初恋』の人だったんですよ……」


「…… そうだったんですか」


「そりゃ惚れますよ! あの人は私の命の恩人だし、ヒーローだし、また憧れでもありましたから!」


「あの人に憧れて…… 少しでもあの人みたいになりたくて、あの人の背中を追いかけて…… それで本当に死神になって……」


「京子さんの紹介であの人と再会できた時はそれはもう飛び上がりそうな位に嬉しかったですよ!」


「だけど、その時には既にシリウスさんは京子さんと恋人同士で…… 京子さんに勝てるとも思っていませんし、私にとっても京子さんは大切な友人です!」


「ただそれ以上に…… 京子さんといる時のシリウスさんの表情かお……」


「京子さんの前では、凄い穏やかで楽しそうで…… あ! 一昨日は、まあ久々でしたから、あんな感じでしたけど!」


「それをずっと見てきたから……」


「ああ、私の入り込む余地なんてないなあ…… って、わかっちゃったんですよねえ……」


「しかも厄介な事に、私…… シリウスさんは好きですけど、その中でも『京子さんと一緒にいる時のシリウスさんが一番好きになってしまった』んですよねえ……」


「それに気付いてしまったからこそ、私の初恋は終わったんですよ……」


「まあ、せめてもっと死神として上を目指して、死神として! また有事の際の戦場の中でだけは、あの人の隣は京子さんにも譲らない! 私があの人の隣に立てればそれで良い!」



「…… なんて思う様になってたんですよ」


「ですから、確かにシリウスさんの事好きだった時もありましたけど、初恋は初恋…… 今は憧れの大先輩って感じです!」


「あ! 強がりじゃなくて本当ですよ! これは!」



「そうだったんですね……」


「ええ。 それと黒崎さんですかぁ……」



「…… てか、何で私が! あんなのと! 誤解されなきゃならないんですか!」


 途端にブチ切れるカエラ。


「ええ~~~!」


 なんでだよ! と、いった感じのリアクションをとる霧島。


「で! でも息ぴったりじゃないですか!」


「ほら! 『喧嘩する程仲が良い』ってやつなのかなあって」


「心外ですね! そんなんじゃないですよ!」


「あんな口が悪くて生意気な野蛮人! 全然タイプじゃありませんよ!」


 …… 酷い言われ様だな、黒崎さん……


 でもシリウスさんの子供の頃の昔話とか聞いた限り、本質的には、シリウスさんも黒崎さんも何も変わっていないんだけどなぁ。


 カエラさんも気付いているとは思うんだけど……


 黒崎さんとは第一印象最悪同士だったから認めたくないのかなあ……



 だとしたら、面倒くさっ!



「…… なんですか、霧島君? その目は?」


「あ~、いや、別に……」


「じゃあ、黒崎さんはカエラさんにとってどういう人なんです?」


「え? そうですねえ~……」













「…… めちゃくちゃ手のかかるクソ生意気な弟? …… って感じですかねえ…… 多分?」


「なんかほっとけないんですよねえ。 無茶ばっかりして、常に危なっかしい所満載ですから!」


「だから私が傍にいる限りは、戦場では黒崎さんの面倒は極力、私が見るつもりですよ」


「まあ、半分シリウスさんですから、シリウスさんの隣で戦うという私の在り方も半分は達成できますし!」






 …… 面倒くせえ!


 ガチで面倒くせえな! この人!


 拗らせ方が独特すぎるんだよ!


 でもまあ、本当に単純な恋とか、そういうのではなさそうな表情かおですね。


 多分、恋とか友情とかそういう単純なもので測れないベクトルにある感情なのかもしれませんね。


 仲間であり、同志…… これが比較的近い表現かも……


 でも…… とにかく大切な存在ではあるみたいですね。


 まあ、表情かおを見る限り、本当に強がりではなさそうなので、良しとしますか……



「…… わかりました。 カエラさんにとって、黒崎さんは恋愛対象でないことも、カエラさんがやっぱり変わり者だって事も」


「わかっていただけて何よ…… って変わり者?!」


「どういう意味ですか! 霧島君!」


「じょ! 冗談ですよ! 冗談!」


「全く!」



「あ~あ…… どこかに、フリーで良い男いないですかねえ……」


「そう言われても…… は~ 僕も素敵な彼女ほしいなあ……」



「……」

「……」



「はあ~~~~〜〜〜〜」

「はあ~~~~〜〜〜〜」



「……」

「……」



「飲みましょうか! 霧島君!」

「飲みましょう! カエラさん!」


 妙に意気投合して再び飲み始める二人であった。





 一方…… BARで飲む黒崎と京子は……



「…… 明日何時や?」


「朝の十時…… 意外とゆっくりめの出発時間だな」


「そか……」


「京子…… お前も治療士として戦場に出るんだ…… 気をつけろよ! やばくなったら周りに構わず、すぐに逃げろ!」


「あんたに無理するなって言われても説得力ないわあ!」


「ぐっ!」


「はは! 冗談や! ウチは大丈夫やさかい! そっちこそ! 気ぃつけえや!」


「ああ…… わかってる」


「…… にしても……」


「中々、洒落た事ができる様になったもんやなぁ」


「ん? 何の話だ?」


「このカクテルの事や。 ウチが知らんかったとでも?」


「! さあ…… 何の事だか……」


「テレとるん? 可愛いやっちゃなあ!」


「うるせえ!」


 花言葉…… というものがある様に、カクテルにも同じ様なものが存在する。


 二人が飲んでいるカクテルはネバダ……


 ラム、グレープフルーツジュース、ライムジュース、砂糖、アンゴスチュラビターズで作るカクテルである。



 ネバダのカクテル言葉は……



 それは黒崎なりの想いの形なのだろう……


 それを嬉しく想う京子……


「黒崎さん、京子さん! 僕らお先に失礼しますね!」


「お先です、お二人共!」


「おう、お疲れ! また明日…… って何だ! 霧島! 服、ずぶ濡れじゃねえか!」


「ええ、これはその…… ちょっと、はしゃぎすぎまして……」


「そうそう! そうなんです!」


「ったく! 風邪ひくなよ!」


「ええ、わかってます。」


「それじゃ、おやすみなさい」


「おやすみなさい。 黒崎さん、京子さん」


「ああ、おやすみ」


「おやすみ! お二人はん」


 こうして霧島とカエラは各々自室へともどっていったのであった。




「…… なあ、修二」


「ん?」



 言え! 言うんや! ウチ!







「ここここんやううううウチの部部部部屋部屋!」


「な、なんて?」


 あかんあかん! ちょっと失敗した! 落ち着け! ウチ!


 深呼吸をして、自身を落ち着かせようとする京子。



「こ、今夜うううウチの部屋でいいい一緒におおおら?」


「?」


 …… 全っっっっっっ然! 何言ってるか、わからないんだが……


 何をそんなにテンパってるんだ?




 ああ! もう!


 もう一度! 深呼吸する京子。


 三度目の正直である。



「こ、今夜はウチの部屋で一緒におらん?」


 よし! いいいい言えたで! 何や、楽勝やないか!



「? …… !」


 こっちはこっちで、この手の事は鈍いのか時間差で理解した黒崎。


 だが、京子の気持ちを嬉しく、そしてその気持ちを大事にしたいとも想う黒崎。



「そうだな…… 今夜は一緒にいるか」


「! う、うん!」


 こうして二人もBARを後にし、部屋へともどっていくのであった。





 そして翌日……





 午前十時


 施設の外で迎えの車が一台…… そして黒崎達を送りに、京子も外まで出ていた。



「…… 皆! ホンマに気ぃつけてな! 絶対また会おうや! 絶対やで!」


「ええ、もちろん! 京子さんも! どうかお気をつけて!」


「僕達全員! 無事に帰ってきますよ!」


「おう!」




「…… 修二」


「ああ! 必ず帰る! だからお前も無理すんじゃねえぞ!」


「…… ああ! 待っとるさかいな!」


「ああ、それじゃ、行ってくる」


「行ってらっしゃい…… 皆も!」


「ああ!」

「行ってきます!」

「行ってきます!」


 三人は迎えの車に乗り込み、明日の作戦開始拠点へと移動し最後の準備にとりかかる。











 そしてその翌日……




 天界の…… いや! 世界の命運を掛けた戦いが! 遂に始まる!

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