第83話 最後の準備 黒崎サイド ①

 閻魔大王達と別れて、黒崎達も各々準備を整えていた……


 霧島とカエラは新武装に慣れておくため、模擬試合等含め、戦闘訓練に明け暮れていた。


 京子は治療施設に入院中の患者の避難先への移送等を手伝いつつ、先のアラン戦での傷が完治していない霧島とカエラの治療を行う等、治療士としてやれる事をやっていた……



 そして黒崎はというと……



 取り戻したシリウスとしての力の解放に慣れる為、また、連続でどの程度の時間、解放できるかの確認と訓練。


 さらに記憶と共に思い出した、シリウスとしての剣技等を身体の感覚としても思い出させるために、そちらの訓練も行っていた。


 また、霧島とカエラと合同で訓練も行っていたりもしていた。


 それ以外にも、時折姿をくらまし、誰かに連絡を取っていたりもしていたのだった……



 決戦まで後、三日……



 そして、決戦当日の黒崎達が構える拠点はまた別にあり、移動、移動後に当日に備えていく時間も考慮するとなると、決戦前日の早朝には移動を開始しなければならない……


 つまり黒崎達が自由に使える時間は、実質後二日間なのであった。




 そして二日目……




 霧島とカエラの本日の予定は、朝の七時~一二時まで訓練の後、昼食をはさんで一五時まで霊圧を高める為に瞑想。


 その後、京子による最後の治療で傷を完全に治し、コンディションを整える。


 その後はもうジタバタしないで逆にリラックスして明日、そして決戦日に備える事にしたのだった。



 黒崎はというと、朝の六時から十時まで軽く剣を振り、その後、瞑想……


 黒崎の決戦前までの調整は、何とここで全て終了であった。


 後は如何に気負わず、自身の力を百パーセント出せるかどうか……


 戦いに関しての準備はここまでにして、黒崎もまた、根詰めすぎて、力んで当日空回りしない様にとの判断だった。


 それに黒崎には、今日中にやらなければならない用事があったのだった……


 その用事の為に、ある人物と十一時に会う約束をしていたのであった。


 そして時刻は約束の午前十一時、十分前……


 黒崎はその人物を迎え入れる為に、施設のエントランスホールへと向かう。


 すると、その場所に足を踏み入れて、割とすぐにその人物を黒崎は視界に捉える。


 向こうもたった今、到着していたのであった。





「お久しぶりです! 黒崎さん!」


「ああ! 久しぶりだな! 前原さん!」


 前原省吾。 死神事務所第一一七支部を霧島に化けた怪物が襲撃した日、その日の襲撃前に、下界で亡くなった人物。


 死神としての仕事で、黒崎と霧島が閻魔大王の所へ案内、判決は天国行きを許可された人物である。



「急に呼び出してすまなかったな、前原さん! 元気にしてるか?」


「ええ、それはもう! まあ、死んでるんで元気なのかはわかりませんがね!」


「はは! ちがいねえ!」


 再会した二人は軽く挨拶を交わしつつ、個室で話したかったので、飲食店エリアで酒が飲める店に入り、食事がてら飲み物を頼むのであった。




 つまみを適当に頼みつつ、黒崎は生ビール中ジョッキ、前原はウーロン茶を頼んだ。


「あれ? 前原さん、いいの? ウーロン茶で?」


「ええ。 『今日は』ノンアルにしておきますよ」


「? そうか? まあ、前原さんがそれでいいならいいが……」


「なんか俺だけ、真っ昼間っから酒飲むのも悪い気がしてきたなあ!」


「はは! お気になさらず! ささ、乾杯しましょう!」


「ああ、そうだな」


「それじゃ……」



「乾杯!」

「乾杯!」


 飲み物を身体に流し込む二人。


 特に黒崎は中ジョッキを一気に飲み干すのだった。


 ここ連日の緊張状態を癒すかのように本当に美味そうに飲む黒崎。


「っかぁぁ~~~~~! この一杯! 良いねえ! 最高だね!」


「昼間だけど、もう一杯頼むか!」


 注文ボードに入力する黒崎。


 それを嬉しそうに見る前原。


「はっは! それだけ美味しそうに飲まれると、こっちまで幸せな気分になりますな!」


「ああ、悪い悪い! もう、ここんとこずっと大変だったんでな! つい!」


「構いませんよ。 大まかにですが、公表されている事情は把握しているつもりです」


「そうか……」


「それで黒崎さん…… 私に頼みというのは?」


「ああ、その話なんだが……」


 黒崎はそう言うと、小さめの白いケースを取り出した。


「? それは?」


「ああ、実は……」










「―― というわけなんだが…… どうだろう、前原さん。 お願いできねえかな?」


「なるほど…… そういう事でしたか……」


「確かに、霧島さんや他の方々には、あまり聞かれたくない話でしょうな……」


「察しが良くて助かるよ」


「…… 黒崎さん 一つ確認させてもらってもいいですかな?」


「なんだい?」


「貴方…… 『もう帰ってこない』おつもりですか?」


 真剣な面持ちで、黒崎に問う前原。


「! いや、そんなつもりはサラサラねえよ」


「こいつは、ただの『保険』だよ」


「それもはっきり言って、使うつもりは全くない位の保険だ!」


「だから、ただの念の為だ」


「それに、ま~た死んだりなんかしちまったら、ガチで愛想つかされそうだしなぁ」


「ほう! そういう女性がいらっしゃるのですね!」


「おっと! 余計な事を言っちまったか…… けどまあ、そんなとこだ」


「叶うなら、もう二度とあいつを悲しませたりはしねえ」


「だがこれは、はっきり言って戦争だ…… それも、世界の命運が掛かった大戦争だ!」


「もちろん、ちゃんと帰ってくるつもりだが…… 俺に限らず『厳しい現実』ってのも確かに存在する……」


「だけどこれは『あいつらの友人』として俺が…… いや、『シリウスがやり残した事』でもある……」


「だが今言った様に、戦いにおいては何が起こるかは常にわからないもの…… 状況によって、『それ』をどうにもできねえ事も場合によってはあるかもしれねえ……」


「その時は信用できる人物の判断に任せたいと思っている」


「俺にとって、それはあんたなんだよ…… 前原さん」


「これでも人を見る目はかなり優れてる方だと自負しててな」


「実質、今日入れても三日しか顔を合わせていないが、それでも俺はあんたに頼みたい」


「あんたにしか頼めないとも思っている……」



 真剣な表情で前原に頼む黒崎。


 しばし考えた後、前原は答えを言い渡す。


「…… 申し訳ありませんが、お断りします」


「! …… そうか……」


 両目を閉じ、諦めかけた黒崎に前原は続きの言葉を並べる。


「ただまあ、『預かる』だけなら、よしとしますか」


「! 前原さん!」


「ただし、私から一つ条件があります」


「条件?」


「ええ。 私から解決屋 黒崎修二さんへの『依頼』を引き受けていただきます」


「解決屋としての俺への『依頼』だと!」


「ええ……」







「…… 必ず! 無事に戦いを乗り越え帰ってくること! それができるなら、その時まで『これ』は私が責任を持って預からせていただきます!」


「できなかった場合! 『これ』は私が捨てます!」


「!」


「いかがなさいますか?」




 やれやれ…… こいつは思ってた以上に気を使わせちまったかな。


 こんな事言ってるが、この人は『いざ、そういう事態』になっちまっても、これを捨てたりなんかしない人だ。


 自分よりも他人の想いを優先するタイプの人間だからな。


 こういう言い方をしているのも、この人なりに俺を案じての事だ。


 本当に…… お節介な人だな……





「…… わかった! それでいい!」


「ふふ。 交渉成立ですね!」


「ではその時また再会した時は『こないだ約束した一杯』にも付き合ってもらいましょうかね」


「!」




    *     *     *



「天国にも居酒屋とかあるみたいですね。 大王様が仰っていましたが。 黒崎さん、霧島さんも。 たまには一杯、この老いぼれにも付き合ってくださいよ!」


「はは、機会があったらな」


「いいですねえ!」



    *     *     *



 そういえば霧島も入れて三人で、そんな事言ってたっけな……


 全く…… そんな事よく覚えてるな……


「私は『お酒の一杯』と勝手に認識させていただいたので、今日のところは私はノンアルで結構ですよ」


「約束は黒崎さん達が帰ってくるまでとっておきます」


「前原さん…… ああ、わかったよ! そうしよう!」


「ええ、約束ですよ!」


 話がまとまり、二人はまた乾杯をして一時の食事を楽しむのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る