第81話 最後の準備 天界サイド

 閻魔大王達と別れて翌朝……


 天界各地は慌ただしくなってきていた。


 閻魔大王達の指示のもと、民衆達の避難誘導は順調に進められていった。


 天界は各要所要所のいくつかの拠点や施設に地下へと通じる入口がある。


 そしてその地下道は繋がっていて、一つの途轍もない程の大きな地下広場へと辿り着くようになっている。


 そこに女神イステリアが昔、有事の際に備えて作った緊急避難先の異空間へと繋がるゲートがあり、民衆達をそこへ誘導しているのだった。


 更にそこには、何重にも結界をかけた上でそこに敵が侵入しない様に死神達が結界の前に立ち、敵を迎撃するといった寸法だ。


 ただし、地下道であるため、軍事車両の類は通れず、あくまで歩兵のみで防衛する事となる。


 万が一、異空間に敵が侵入した場合は、それを作った女神イステリアには知る事になるので、その場合も迅速に対応できる様になってもいるのだ。


 ただ、相手側にも空間使いであるアルテミスがいる。


 それを考えると不測の事態も起こる可能性がゼロではないが、それでも、今現在敷ける民衆達にとっての、これ以上ない程の避難場所であった。


 大王達や女神達は悩んだ末、最高神は避難せずに結界の展開や治療の補助を、無理ない程度に行いつつ、兵達の士気が下がりかけた時に声がけが必要かもしれないとの事、さらに民衆には悪いがイステリアの希望で、自分が傍にいて守る事が、最も最高神の身が安全と判断して、民衆を差し置いて自分が、と苦悩する最高神を何とか説得しつつ、当日はイステリアが守りに入るのであった。



 閻魔の城


 管制室で閻魔大王やエレイン達が、各死神達に指示をとばす。


 兵器、武装、活用する各治療施設に派遣する治療士、また施設の護衛を務める戦力、その導線の確保、防衛の戦力 回復薬の割り振り等、様々な面で最終調整を行う大王達。


 当日はエレインとマクエルが閻魔の城の防衛責任者となる。


 更には先代閻魔夫妻や女神イステリア等も協力していく形となる。



    *     *    *



 閻魔の城の更に後方の奥へと、そびえ立つ最高神と女神が住まう神聖かつ巨大な塔。


 かつて一二〇〇年前、女神達が「怪物」と戦った場所……


 その名も『聖天の塔』……


 その頂上…… 広大な空と床以外、何もないかわりにそこで天界を一望できる場所……


 そこで両目を閉じ、空中に浮いている状態で座禅を組み、想像を絶する霊力を高めつつ、しかし静かにその力を研ぎ澄ましていく女神アルセルシアの姿があった。


 決戦に備え気を高め、集中し、力を蓄えているのだ。


 たまに彼女を覆っている気が、バチバチと迸っている。


 普段の彼女からは想像もつかない程の鬼気迫る雰囲気を無言で発する女神アルセルシア。


 その様子を見守るのは女神イステリア、そして最高神であった。



「すっ…… 凄い気だわ…… 姉様!」


「うむ。 アルセルシアのこれ程までに本気の姿は、まさに一二〇〇年前の決戦以来だ」


「それ程までの事態という事か……」


「…… 姉様」




 …… 姉者! …… 遠慮はせんぞ!




 決戦に備え、自身を仕上げていく女神アルセルシアであった……


 

    *     *     *



 グランゼウス要塞……


 強固な結界を周辺に展開しつつ、巡回部隊が交代で見回りをしている。


 そして、空には巨大戦艦やガンシップ、地上には戦車中心の機甲師団が無数に配備されている。


 そして要塞の管制室……


 慌ただしく作業する中、的確に指示を出す黒髪の長い女性の姿があった。


 人間の見た目では二〇代後半位の年齢に見えるが、見た目に似合わず、そのリーダーシップとカリスマ性は明らかに群を抜いていた……



 天界治安部 諜報部室長にして、グランゼウス要塞、最高司令官 久藤 しずくその人であった。


 中世の魔女と日本人のクオーターである、元人間からの死神転生組の一人でもある。


 それもかなり高位の魔女の血を引いているのだ。


 その為、魔女特有の術である『魔術』の使い手でもあり、さらには天界屈指の体術流派である無限流の免許皆伝者でもある。


 戦闘能力もさることながら、それ以上に 部下を束ねる統率力と、先の戦況を見極める極めて高度な戦略眼と頭脳の持ち主でもある。



「定時連絡! 各巡回組、空! 陸! 地下道から何か異常の報告は?」


「はっ! 全エリア! 特に異常は見当たらないとのことです!」


「武装、兵器群の最終調整、その弾薬、回復薬等の手配、割り振りは?」


「武装、兵器群の調整、弾薬の補充は概ね九割方、回復薬の手配、割り振りも予定通り、八割方終了しております!」


「明日の正午までには全て完了するかと!」


「そう、ありがとう」


 副官と思われる男性の部下から報告を受け取る久藤。


零番隊彼らからも、何か異常は報告されてないわね?」


「はっ! 特に連絡はありません!」


「ありがとう…… 各自、引き続き警戒は怠らない様に! どんなに些細な違和感も見逃してはダメよ!」


「イエス マム!」


 部下達は一同に返事をして、引き続き警戒を続けるのであった。



    *     *     *



 天国 空域エリアの一角……


 諜報部専用 中型戦闘艦 ガリアス……


 そのブリッジ内……



「後、三日か…… ったく! じれってえ!」


 艦長の隣に立つ、長く赤い髪の男勝りな口調の女性がいた。


 そしてモニター通信で、その女性に、水色の髪の男性が話しかける。


「セシリアさん、あまり興奮しない様に。 今からそれではもちませんよ」


「わかってるよ! ケイン!」



 セシリア・ハーレント。


 零番隊所属の大剣使い。比較的小柄な体躯ながら、常識外れの怪力とスピードの持ち主で人間の見た目で言ったら二〇代前半か、それよりも若くさえ見える。


 剣においてはリーズレットから指導を受けており、忍術もいくつか仕込まれている。


 また、恭弥氏夫妻にも戦術的指導を受けており、天界の若手の中では最強クラスの実力者である。



「やれやれ…… ご機嫌斜めですねえ。 あ! アレですか? こないだ総長に

『また』模擬試合で負けてイラついているんですか?」


「それとも、例の雷帝とかいう獲物を総長に独り占めされるのが気に入らないんですか?」


「まったく、いくつになってもガキですねえ」


「うっせーぞ、ケイン! てめえ喧嘩売ってんのか!」


「喧嘩を売るだなんて失礼な…… 暇だったんで、何となくセシリアさんをイジッてみたかっただけですよ」


「なおタチ悪いわ!」


「まあ、それはともかくはやる気持ちもわかりますが落ち着いて……」


「雷帝にしろ、恐らく零番隊でも彼とまともにやり合えるのは自分しかいないと総長判断だったのでしょう」


「総長にボロボロのボロにボロ負けしたからって、あの人は規格外なんで、全然気にしないで大丈夫ですよ」


「そこまでボロ負けでもなかったわ! かなり良い勝負位はできてたわ!」


「あくまで『試合の範疇』で、ですけどね」


「やかましい! お前やっぱ喧嘩売ってるんだろ!」


「ちがいますって! 面白いからイジッてるだけです!」


「コロス!」


「ですが真面目な話、本当に落ち着いて下さい……」


「此度の戦い…… 我らが味わった事がない程の過酷な戦いになります」


「ほんのわずかな、一瞬の判断ミスが命取りになります」


「冷静さを欠けば…… 確実に死に直結しますよ」


「力の強い者が倒れれば、天界、そして民衆や仲間の命にも危機が及びます!」


「それをお忘れなきよう」





「…… はあ~~~~~」



「…… わかってるよ、ケイン!」


 少し頭が冷えた様子のセシリア。


「ふふ。 わかればいいんですよ」


「それでは、僕は一度食事休憩に行ってきますから、これで失礼しますね」


「ああ! じゃあな」


 モニター通信を切るケイン。


「ふふ。 相変わらず仲が良いですな。 セシリア殿」


「よしてくれよ! バルクス司令! 誰があんなのと!」


「子供の頃からの腐れ縁で、何の因果か揃って零番隊に入っちまったってだけだよ!」


「ったく! 本当に性格の悪い奴だぜ!」


「気心が知れているというやつですな。 幼馴染がいるとは羨ましいですな」


「いや…… そんな良いもんでもねえぞ。 幼馴染っていっても相手がアレじゃなぁ……」


 二人のやりとりを暖かく見守っていたのはこの艦の艦長こと諜報部 死神事務所 第八支部司令 バルクス・アーウィンであった。


「すまなかったな、バルクス司令。 騒がしくしちまって」


「そういや、あんたもまだ食事休憩まだだっただろ?」


「ここは見とくから、先に行ってきなよ」


「そうですか? ではここはお言葉に甘えさせてもらいますかな」


「ああ、何かあったら連絡するけど、しっかり休める時に休んどいてくれ」


「ええ。 ではここはお願いします」


 バルクス司令はセシリアに艦の指揮を預け、休憩に行くのであった。


 他にも地獄エリアの空域と地上、そして天国にも地獄にも属さない、地上から死者の魂を運ぶ、つまり天界と下界を繋いでいるエリアともいえるステーションエリアにも各艦、地上の車両等、相当数の戦力を配備しつつ、巡回を怠っていない……



 決戦まで後、三日……


 天界の様子が、まさに戦い一色となっていったのであった……

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