第71話 九十年…… 想いの叫び!

「ふう……」


 ここは施設の治療区画寄りにあるバルコニーの一角……


 そこで一人。夜風に当たっている黒崎……


 色々あった一日は、もう夜の8時をまわっていた……


「やれやれ…… 一気に色々思い出したからなあ…… 正直、まいるぜ……」


 まあ、とりあえず力と記憶も取りもどしたし、やるべき事も見えてきた……


 天界で起きている事や、アルテミスとも決着を着けねえといけねえが……


 その前に…… やらなきゃならない事がある……


 さっきメールがきた…… そろそろ来るか……


 …… はあ~ とはいえ、どうすっかなあ…… 何を話せばいいのか……


 柄にもなく緊張するというか…… 気が重いな……


 まあ、でもちゃんと話さんとな…… じゃないと『あいつ』も納得しないだろうし……


 そうこう考えているうちに、黒崎の後ろから足音が近づいてくる。




「シリウス!」


 京子であった……


「京子……」


 彼女の方へと振り返る黒崎……


「…… 待ったか?」


「いや…… 大丈夫だ」


「そか……」


「で、悪いけど、今だけは『修二』はんやのうて『シリウス』と呼ばせてもらうわ」


「ええやろ?」


「ああ……」


 当然だ…… 彼女が話があるのは黒崎修二ではなく、シリウス・アダマストなのだから……


 京子は黒崎…… いやシリウスの隣に…… といっても三、四歩距離を空けた状態で、互いに手すりに背もたれる形で並んで立つ……





「……」


「……」





 両者共に中々次の言葉が出ないでいる……


 無理もない事だが……


 そんな中、先に口を開いたのは黒崎…… いやシリウスであった。



「…… すまなかったな。 京子…… あんな形でおまえを残して逝っちまって……」



「…… まあ、男としては最っ低やな……」


「惚れた男が目の前で爆発…… おまけにようわからん感じでぎり助かったかと思えば、結局くたばってもうたからな……」


「ウチがあの後どんだけ泣いたか、あんた知らんやろ……」


「…… すまん……」


「けどまあ、『おとこ』としては最低やったけど…… 『おとこ』としては、ああするしかなかったんやろうけどな……」


「京子……」


「あんたがああしなかったら、あの辺一帯は地獄絵図もええとこやった…… 間違いなく、数えきれない犠牲者が出まくったやろな……」


「あんたは自分の命をかけて、その使命を全うして、そして皆を救った……」


「ホンマはわかっとんのや…… あんたは何も悪うないって」


「すべてはウチの馬鹿兄弟子が暴走して招いた結果……」


「いや、その兄弟子やって被害者やった…… 自分を抑えきれんくなって、フィリアはんもあんな事望んでないのもアランはわかってたはずや……」


「それでもあいつは自分の感情を…… 憎しみを抑えられんかったんや」


「兄弟子のやった事はやっぱり許せんけど…… それでもウチは兄弟子を心の底から憎む事はできひんかった……」


「多くの命と…… あんたを殺したといっても過言でもないのにな……」


「……」


「しょうがなかった…… もう、あの状況じゃ後戻りできひん状況やった…… そして、あれしかあの爆発を防ぐ方法がなかったんや!」


「そんなんわかっとる! 治安維持に関わる仕事に就いてるあんたと付き合った時から、あんたがいつか逝なくなる可能性もゼロではないって…… 覚悟してた……」



「…… してたつもりやった……」


「…… 京子……」


「けど実際は…… 頭では理解できても感情が全然納得できへんかったわ!」


「ホンマはあかんのに! 覚悟してたつもりやったのに!」


「治療士のくせにあんたの命を助ける事が出来ひんかった無力な自分をぶち殺してやりたい気分になったわ!」


「どうにもならん事やったのに! しょうがない事やったのに! 自分の中でイラ立ちとか悲しみとか憎しみとか…… 誰にもぶつけようがなくて、ただただ、自分中でそれが溜まっていった……」


「これじゃウチ、兄弟子と一緒や!」


「持ってる力と状況がもう少し変わってたら…… ウチも兄弟子と似た様な事してたかもしれん……」


「そんな自分に嫌気がさして… ずっと自分が嫌いで…… 少しでもマシなろう思って、それまで以上に治療士としてガムシャラにやったわ!」


「もう二度と! ウチの前で誰一人死なせたりせえへん! ってな……」


「…… けど、実際はあの後も…… 助けられんかった命はいくつかはあった……」


「所詮、治療士といっても限界はある…… どんなに技術を…… 知識を磨いても……」


いまだに師匠には遠く及ばへんし……」


「誰も死なせへん! ……なんて息巻いているウチやったけど…… ホンマは治療して誰かの傷を治している時だけが…… 少しだけ自分を許せて、そしてあんたの事も忘れる事ができた……」


「そういう気持ちもウチの中で、確かにあったんや……」


「ウチが治療士続けてたのも、結局ただの自己満や……」


「現にさっきウチが、修二はん、達也はん、カエラの三人が死にそうになった時も、めっちゃ怖かった……」


「自分が死ぬ事に対してやない…… 目の前で『また』大切な人達が死んでいくのを見るのが怖かったんや!」


「結局…… ウチは未だに覚悟ができてへんかったんや」


「そしたら修二はんがシリウスになって……」


「もうわけわからんくなって! 話したい事とかあったはずやのに頭真っ白になって…… さっきまで嫌な態度で、ずっとだんまり決め込んでもうて、勝手にへこんで……」


「天界を守ったあんたに今、逆切れ気味に文句言いにきとる……」



「…… 痛い女やろ……」



「そら、死んで逃げたくもなるやろな……」



 悲痛の訴えを…… 九十年もの間、ここまで言葉という形で本音を漏らすことを誰にもできなかった京子の抱えてきた想い……


 それをこれまで、黙って聞いていたシリウスが、京子の正面を向いて、とうとう口を開く。








「京子…… お前は何も悪くねえ」


「あの場ではあれしか方法がなかったとはいえ、俺があんな形でお前の前から逝なくなったのには変わらないからな……」


「けどお前なら…… 俺が逝なくなっても、ちゃんと生きていけると思っていたよ…… 一人の天使としても…… 治療士としても……」


「シリウス……」


「大分悩ましちまったみたいだが、お前はお前が思っている以上に、ちゃんと立派にやってこれたと思うぜ」


「じゃなきゃ、治療士なんてとっくに辞めて、全部忘れて別の道を歩いていただろうからな」


「治療士として、マクエルとの差も悩んでるみたいだが、そもそもあれはチート過ぎる上に、そうでなくても師匠を弟子が超えるってのは中々一朝一夕でできることではないしな」


「けどお前なら、いずれあの域にもたどり着けるよ。 今だってあいつを除けばお前に並ぶ治療士なんていやしねえしな!」


「それに俺にとっては…… お前以上の治療士なんて存在しねえよ」


「昔も今もな……」


「無茶を結構してたのは自覚してる…… お前がいなかったら、とっくに俺はくたばってたかもしれない時もあったしな……」


「身体の傷だけでなく…… 京子…… お前は俺の中で大きなウエイトを占める様になっていった……」








「ずっとそばにいてくれて…… 本当にありがとう……」




「そして…… 本当にすまなかった……」




 京子に、心の底から頭を下げるシリウス。



「シリウス……」


「…… 全く…… ずるい人やな……」


「そんなふうに言われたら、もう文句言えなくなるやないか……」


 シリウスの想いと謝罪をきっちり真正面から受け止める京子。


 京子の頬には一筋の涙が流れる。







「けどな!」


「!」


 ガッとシリウスの胸倉を掴み、そのまま彼の胸に顔を埋める京子。



「それでも! 言わしてもらうで!」



「なんでウチを残して死んだんや! シリウス! ふざけんなや!」



「人の気も知らんで!」











「ふざけんなやああああ!」



「うわあああああああああ!」


 シリウスの胸の中で、決壊したかのように号泣する京子。




「…… すまん…… 京子……」


 そのままそっと優しく抱きしめるシリウス。



「…… なあ、シリウス……」


「もう二度と、ウチから離れんといて……」


「ウチの…… ウチだけのそばにいてほしい……」


「どこにも…… 戦いにも…… いかんといてほしい……」


「もう金輪際、何も危ない事はしないでほしい!」






「もし、ウチがそう言ったら…… あんたどないする?」




「……」


「……」



「…… 俺は……」














「俺は…… それでも戦いに行くよ」


「! ……」


「アルテミスやレオンの件もあるし、今のこの天界の状況を放ってはおけねえ……」


「このまま天界を放っておいたら、多くの犠牲者が出てくる事になるだろう」


「いや、天界そのものがなくなっちまう可能性もある! そうなっちまったら俺はお前も! お前の大好きな奴らも! 守れなくなる!」


「だから行く! シリウス・アダマストとして…… そして解決屋 黒崎修二としてもな!」


「わるい。 京子…… 許してもらえる事とも思えねえが……」


「それでも、もう俺には謝る事しかできねえ……」





「…… この馬鹿!」


 シリウスの胸から離れる京子。


「知っとったわ! あんたなら、どうせそう言うやろうなって!」


 次の瞬間!


 九十年分の想いを込めた、強烈極まりない程のビンタがシリウスを襲う!


 シリウスの頬を叩いたその音が、辺りに木霊こだまする……



「! ぅぅぅぅ! 」


「足らんわ! 歯ぁ食いしばれ!」


「!」


 京子がシリウスの胸倉を再度掴み、自身に引き寄せる!


 あまりの気迫に思わず目を閉じるシリウス!






 だがシリウスを襲ったのは京子のビンタではなく、その唇だった。


 シリウスと京子の唇が重なり合う……



 あ……



 あまりの出来事に、シリウスも一瞬言葉を失う……



「あ~あ…… なんでこんな奴と付き合っとったんやろ」


「京子…… 俺は」


「やかましい!」



「シリウス! 一つ約束せえ!」


「ウチは今度の今度こそ! 治療士として腹ぁくくるわ!」


「せやからあんたも! 何が何でも! 絶対に生きて帰って…… って、だからもう死んでるんや! ああもう! ホンマにややこしいなぁ!」


「とにかく! またウチの前に帰ってくる事! 絶対や!」


「そんでもって、彼女を九十年分ほったらかしにしとったツケを、しっかりウチに払ってもらうさかいな!」



「次、ウチの許可なく逝きおったら……」



「ホンマに…… マジ許さへんからな!」


「わかったな!」


 これでもかという位、大泣きしながら! 大声で! 自身の気持ちを叫び! そしてぶつけた京子。


 もう愛想をつかされているとばかりに思っていたシリウスは、呆気にとられていたが、京子のその想いと優しさをしっかりと受け止める……



「…… ふう…… やれやれ…… 状況が状況だから、本当は安請け合いはできないんだが……」


「それでも…… ああ! わかった。 約束する!」


「必ずまたお前のもとにもどってくる…… 絶対の絶対だ!」


「ああ…… 約束やで……」


 そして二人はそっと抱きしめ合い、また唇を重ねる……


 そして互いに決心する……


 互いの無事と…… 天界に起こっているこの事件に、全ての決着を着け、今度こそ九十年前に止まってしまっていた『二人の時間』をやりなおすために……




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