第70話 喝

「…… さっさと行ったら?」


 語尾を強くして、京子にそう告げるリーズレット。


「総長……」


「ていうかさー、いつまでウジウジいじけていれば気が済むのかなあ?」


「……」


「リーズレット様……」


「あの…… 何もそんな言い方しなくても……」


 他の三人も京子を気遣い、リーズレットをなだめようとする。


「これ位言わないとわかんないよ。 今の彼女には……」


「死んだはずの元恋人が別人になって復活、しかもまた危険な戦いに身を投じる……」


「突然の事に頭が追いつかない上に、もしかしたらまた大切な人を失うかもしれない……」


「実際先程のアラン戦は、かなり際どかったからね…… 正直、僕が彼の剣を届けるのがもう少し遅かったら、かつての力を取りもどしたばかりの彼では勝算は薄かっただろうしね」


「そして近いうちにまた大戦が起こる…… それも恐らく、かつての大戦を遥かに凌ぐ程の大きな戦いだ……」


「彼だけじゃない…… この場にいる僕らももちろん、誰が生き残り、誰が死ぬか本当にわからない状況だ……」


「もちろん、みんな生き残って帰ってくる…… 皆でまた楽しく過ごす為、そしてこれからも天界の平和を共に守っていくために必ず帰ってくる……」


「皆、そうやって『ちゃんと生きて帰ってくる本物の覚悟』をもって戦いに赴く……」


「だけど天界の治安維持に関する立場にいる以上、『厳しい現実』は必ず存在する……」


「彼がシリウスの時から、君もそれをわかってて、覚悟の上で付き合ってたのかと思ったけど?」


「先程のアラン戦の一件で、自分が不甲斐ないばかりに周りを巻き込んだ挙句、彼だけでなく、霧島君やカエラ君も命の危機に晒してしまい、シリウスもまた、修二という形で失いそうになった……」


「それでまたびびってしまい、また殻に閉じこもると……」


 両手を広げ、溜息をつくリーズレット。


「全く……」


「いつまで逃げてれば気が済むのかなぁ」


「いい加減覚悟を決めなよ!」


「それができないんだったら…… 彼のそばにいる資格はないよ」


「戦いが全て終わるまで、民間人と共にどこかで避難していると良い」


「誤解のない様に言っておくけど、それ自体は別に全然悪いことではないしね」


「彼の大切な存在として、そばにいる覚悟も…… 優秀な治療士としての力があるにも関わらず、その覚悟も持てずにいるんだったらね……」


「半端な気持ちで周りをウロチョロされると、はっきり言って迷惑なんだよ」


「どこかへ消えてくんない?」


 珍しく苛立ちを滲ませた視線で、京子に訴えるリーズレット。


 だが、たまらずここでカエラ達が割って入ってくる。


「リーズレット様!」


「総長! 言い過ぎですよ」


「……」


「京子さん……」


 心配そうに京子を見つめるカエラだが、そんな彼女に対して、カエラも自分の気持ちを伝える。


「すいません…… 京子さん…… 私達が不甲斐ないばかりに、また京子さんに心配をかけてしまって……」


「! そんな! 何でカエラが謝るんや!」


 ずっと黙っていて、口を開かなかった京子がここにきて、ようやく口を開いた。


 そしてカエラは続ける。


「でも京子さん…… それでも私は…… 私達は『今』! ちゃんと生き残って帰ってきましたよ!」


「!」


「霧島君も! そしてあの人も!」


「京子さんが大切に想ってくれている人達は何だかんだあってもちゃんと生きてます!」


「まあ、あの人は一回アレでしたけど、それでも…… 姿形を変えても、またもどってきてくれたじゃないですか!」


「我々もですけど、あそこまでしぶとい方は中々いないと思いますよ!」


 ちょっと誇らしげに、その後、笑みをこぼしながら京子にそう告げるカエラ。


「だから…… 京子さんも信じてあげて下さい…… 彼はまた、あなたを置いてどこかへ行ったりなんかしませんよ! もちろん我々もね!」


「カエラ……」


「やれやれ…… 甘いねえ……」


 またも溜息…… だが今回は少し笑みをこぼしているリーズレット。


「それにこっちには、リーズレット様級の超達人達もいますからね! いざとなったら大物は全部任せちゃいます! 失礼ですが正直、殺られるイメージが全然わきませんから!」


「! はははは! 君も相当面白いねえ! ま、僕は全然OKだけど♪ 全部まとめてぶった斬るだけだから♪」


 ここで霧島も、このテンションにのっかる形で入ってくる。


「そうそう! これだけチートキャラが揃ってるんですよ! いざとなったら全部任せちゃえばいいんです!」


「いやいや、普通に困りますけどね、それは」


 マクエルは流石に全部は…… といった顔で呆れていた。


 だがそんなマクエルも、京子に一つ言葉をかける。


「ですが京子の治癒術があれば、助かる人は確実に…… 格段に…… 増えるでしょうね」


「それでもまだ覚悟も自信も持てないなら、それも決して悪くありません……」


「無理はしなくても…… 無事でいてくれるなら、それだけで結構……」


「ただ、あなたがどういう答えを出すにしても……」


「戦いが始まる前に、彼とちゃんと向き合って話して来た方がいいのでは?」


「そうそう! 大切な人を残していきなり、いなくなったんです! ビンタ一発位はかましてきてもいいと思いますよ!」


「京子さん!」


「…… 皆……」


「ウチ…… ウチは……」




 ああ…… ウチは何やってるんや……



 テンパって皆に心配かけて、リーズにここまでコテンパンに言われても言い返せず……



 そうや……



 ウチかて、とっくに覚悟は決めてたはずやのに……



 なのにあの人が死んで…… いなくなって……



 かと思ったら、また似た様な事が起きそうになって、またびびって……



 そしたら、あの人が修二はんとして、またウチの前に現れて……



 どうすればいいのか、わからん様になって……



 一人でびびって、へこんで、テンパって、また落ち込んで……



 …… 何やっとんねん! ウチ!



 こんなんちゃうやろ! ウチは!



 気色悪いわあ! ホンマに!



 あ〜、もう! イライラする!



 今度こそ! ホンマに覚悟決めんと!



 大きく息をはいて、自身の両頬に両手でバチンと叩き、かつを入れる京子。


 そして、そのまま勢いよく立ち上がる。


「すまん! うち、行ってくるわ!」


「京子さん!」


「いってらっしゃい! 京子さん!」


「言いたい事、全部言ってくるといいですよ!」



「全く…… 最初っから、そうすればいいんだよ♪」


 嬉しそうな顔をする三人と、胸のつっかえがとれ、すっきりした様な顔をするリーズレット。


「皆ありがとな! うちも腹ぁくくるわ!」


「それとリーズも……」


「これ以上ない位の喝やったわ!」


「ありがとな! この借りは治療士として返さしてもらうわ!」


「僕は言いたい事を言っただけだよ……」


「少しは『らしさ』を取りもどしたみたいだね♪」


「そんなひよった君から彼を奪っても、つまらないからね♪」


 そう言うとリーズレットは、ゆっくりと京子の前に立ち、彼女の左肩に、ぽんと自身の左手を置き、そして宣戦布告する。



「容赦はしないつもりだよ♪」


「! 上等や!」


 互いに笑みをこぼしながらも、見えない火花を散らす二人。


「ほな行ってくるわ!」


 こうして京子も、部屋を後にしていくのであった。


 二人の様子を見てカエラは、リーズレットの真意に気付いた様だ。


「リーズレット様……」


「もしかして最初から、こうなる様にあえてきつく?」


「全く…… 貴方という人は」


 あまりの力技というか、強引かつ容赦ないやり方にマクエルは呆れている様子だ。


「別に~♪ ここでつぶれたら、彼女はその程度だったってだけの話さ」


「まあ、そんなタマではないとは思ってたけどね♪」


「今回だけは、恋敵に塩を送るよ」


「まあ、最終的に修二を射止めるのは僕だけどね♪」


「あ、カエラ君も参戦する? 僕はいつでも受けて立つよ♪」


「しません!」


「まあ上手く落ち着いてくれるといいですけど…… ところで僕らはこれからどうします?」


 霧島がそう言うと、リーズレットは楽しそうに笑顔でこう言った。


「もちろん…… このまま休むのも面白くないよね♪」


「…… 総長…… あなた、まさか……」


「ふふ♪ ここからはお楽しみタイムだ!」


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