第67話 三人の出会い ②

 一二〇〇年前……


 当時の第三四番死神事務所の近く……


 そこには派手な戦闘痕が残っていた……


 そこに立つは、女神アルテミス、そして雷帝レオンバルトであった……


「…… わっぱ? 何故こんなところに?」


「おいおい坊主! ガキが一人でこんな所にいちゃ、あぶねえぞ!」


「お前らには関係ない。 そんな事よりもここで何があったか話せ!」


「なんだぁ! この生意気な、やたら上から目線なガキは!」


「やれやれ。 否定はしませんが、どの口が、といったところですね」


「初めて会った時のあなたと中々良い勝負をしていると思いますが」


「いや! 俺はここまで生意気じゃなかっただろ!」


「いえ、こんな感じでしたよ」



「おい! はぐらかすな! 俺の質問に答えろ!」


「このガキ!」


「レオンバルト、童相手にムキにならないで下さい」


 レオンバルトを諌め、シリウスの質問に答えるアルテミス。


「我々はある事件について、調査の為にこちらに赴きました」


「あなたは何故一人でこの様な場所に? それもその恰好は……」


 こんな所に銃火器等、完全武装した童が一人…… 穏やかではありませんね……


「俺の事はどうでもいい…… 見たところ、誰かと派手にやりあってたみたいだが、誰と戦ってた! そいつはどこにいる!」


「……」


「おいおい! お前なあ!」


「レオンバルト!」


「……」


 …… 童の服の汚れ具合や疲労感のなさ、ここ近辺の一般車両は通行止めにしている事、そしてこことここに至るまでの導線を結べて、該当しそうな施設といえば……



 …… 彼女に頼みますか……


 アルテミスは両目をしばし閉じる……


「?」


「…… おい!」


「……」


「おいっつってんだろ! シカトしてんじゃねえ! さっさと……」


 シリウスが言い終わる前に、アルテミスが口を開く。


「童よ。 その質問に、我々が答える理由がありません。 即刻この場所から離れなさい」


「! ふざけ……」


「あなたごときがいくら武装し、背伸びしたところで『奴』は絶対に倒せませんよ」


「余計なお世話だ! いいから教えろ!」


「まあ、必要最低限の礼節も持ち合わせていない、身なり通りの小物極まりない器の小ささ……」


「その上、冷静さを失い、己の力量も見抜けず…… いや、もはや『生に執着すらしていない……』といったところですか……」


「!」


「…… そういう事か……」


「刺し違えてでも…… 等とでも思っているのでしょうが……」


「そんな愚かで、何一つ成し遂げる事もできずに無様に散るだけの存在等に、いくら助力したところで結果は目に見えています……」


「ここは我々に任せて、あなたは引きなさい。 童よ」


「…… 嫌だね! 俺の両親を殺した奴は、俺の手で必ず殺す!」


 全く退く気のないシリウス。


「ふう…… 困りましたね……」



「では……」



 アルテミスは、シリウスに対して全身から殺気を放つ!




「! な…… んだ! これ!」




 そのあまりのプレッシャーに、息をするのがやっとのシリウス!


 あまりに突然の事で、何が起こっているのかさえ、彼は理解できずにいた!


「ただの殺気ですよ…… もっとも、大分抑えていますが……」


「本気で当てると、あなたではそのショックだけで死に至りますからね」


「敵もこの程度の事は確実にできますし、一切の情けもかけてこないでしょう……」


「そして死骸となったあなたを見て、声高らかに笑うだけでしょうね」


「大切な者の仇も討てずに…… 無駄死にです……」


「もう一度だけ言います…… 引きなさい! これ以上聞き分けがないようなら……」


「女神の名のもと、せめてもの慈悲で、復讐等といった道へ堕とさせない様、そしてそのあわれな心を救う為に……」


「ここでひとおもいに楽にして差し上げましょう」


「おいおい、アルテミス!」


「あなたは黙っていて下さい」


 彼女の目は、シリウスにとっては本気に映っていた。



「五秒…… 猶予を与えます」


「五…… 四……」


 その恐怖で、顔色が真っ青になっていくシリウス。


「三…… 二……」


 だが、恐怖心を必死に抑え、あくまで抗おうとするシリウス。


「一……」


「…… ああああああ!」


「! ……」


 限界まで抑えているとはいえ、それでも大の大人でも、普通なら立っていられない程のプレッシャー……


 それを、ただの子供であるシリウスが必死に耐えている……


 言い換えると、それ程までに彼の憎しみは強いという事……


「ガキのくせに良い根性してんな…… 悪い意味で……」


 飛びかかろうとするシリウス!


 だがそこに、待ったをかける者が現れた!


「お待ちなさい! シリウス!」


「! 施設長! それにお前ら!」


 そこにはシリウスが預けられている養護施設の施設長を務めるシスターと、そこに住まう子供達……


 そしてアルテミスの妹、アルセルシアの姿があった。


「ああ! 女神様! どうかご慈悲を!」


「その子は親を亡くしたばかりで心が不安定な状態! でもだからこそ、他者の痛みや、それを思いやれる優しい心も持っています!」


「必ず! 必ず! この子の心を癒し、立派に育てて見せます!」


「ですのでどうか! これまでの無礼をお許し下さい!」


「! 女神? 女神だと!」


「シリ兄! もう危ない事しないで~!」


「シーちゃんまでいなくなるなんて嫌だよ!」


「シー君、一緒に帰ろうよ~!」


 シリウスと同じ位の年頃の子供達が、大泣きしてシリウスに訴える。


「お前ら……」


 殺気を放つのをやめるアルテミス。


 そして、アルテミスはシリウスに問う。


「どうしますか?」


「あなたを心配して…… こんな所まで来てくれる者達がいる……」 


「あなたを慕い、大切に想ってくれている『家族』がこんなにもいるのですよ……」


「生きている者が亡くなった者の為にできる事は、復讐等ではありません」


「亡くなった者達の分まで精一杯生き、そして必ず幸せになる事……」


「少なくとも、私はそう信じて生きています……」


「それでもまだ、復讐等という安易な道に逃げますか?」



 様々な感情が巡るシリウス……






「…… あ~! もう! わかったよ!」




 感情はまだ全然納得いかない……


 だが、少なくとも彼らの想いは、シリウスにしっかりと伝わった様だ……


 それを無下むげにする程、彼は堕ちてはいなかったという事だろう……




「…… 悪かったな、お前ら…… 施設長も……」


「シリウス!」

「シーちゃん!」

「シー兄!」

「シー君!」


 安堵し、大いに喜び、シリウスに抱き着く施設の者達。


 そしてシリウスは、再度アルテミスの方へと顔を向ける。


「ただ、このままやられっぱなしで何もしねえってのも嫌だ!」


「だから…… 協力してやる! そいつを倒すのに!」



「…… は?」


「どういう事です?」


「そいつの情報を教えてくれれば、その行動パターンや、過去の事件の関連性から次に仕掛けてきそうな時期、狙われそうな場所を割り出してやる!」


「復讐なんかじゃない! そいつをどうにかしないと、犠牲者はどんどん増える一方だろ!」


「もしかしたら、こいつらにも危害が及ぶかもしれねえ……」


「そんなのは絶対嫌だ!」


「これ以上…… 俺の『家族』に怖い思いはさせねえ!」


「もちろん無理はしねえ! だから……」


「俺にも手伝わせてほしい……」


「…… 頼む ……」


「おいおい…… どうするよ、アルテミス?」


 呆れ顔のレオンバルト。


 …… まいりましたね……


 とりあえずは思いとどまってくれましたが、これまた厄介ですね……


 こんな童を巻き込むわけにはいかないのですが、彼のあの眼……


 あれは本気の眼…… 仮に断ったとしても、一人ででも調べるでしょうね……


 流石に、直接的には突っ込まないとは思いますが、それでも危険……


 ですが、この年にして、たった一人でここまで辿り着いた……


 諜報部でも手を焼いている事件の手掛かりに……


 相当に物事を多角的に、あらゆる可能性を考慮し、それでいて先入観に支配されすぎない様に思考を巡らさないと、中々ここまで辿り着けないはず……



 怖い位の才能……


 恐らく両親の死という精神的ショックが、一種のトリガーとなって、眠っていたその才能が開花したのかも……


 両親の仇を討ちたい、その一心で……


 そして、先程まで憎しみに支配されていた心……


 極力抑えたとはいえ、私の殺気を耐え抜いた精神力……


 確かに彼の力は、事件解決の大きな糸口になるやも……


 なまじ放っておくと、今の精神状態ではその方が危険……


 それならば、我々もなるべくついて保護していた方が……




 しばし考えを巡らすアルテミス……



 そしてアルテミスは再び口を開く。


「…… は~ やれやれ…… 厄介なのに睨まれてしまいましたね……」


「申し遅れましたが、我が名はアルテミス…… 女神の一柱を担う者です」


「童よ。 名前は?」


「…… シリウス…… シリウス・アダマストだ!」


「シリウス…… 『光り輝くもの』に、アダマスト…… アダマスは、確かダイアモンドの別名……」


「あ? それって確か、下界の中じゃ、最高硬度の金属っていう……」


「ええ。 その事から『何者にも傷つけられない』、『何者にも征服されない』、または『強く、硬いもの』といった意味が込められていたはずです」



「シリウス・アダマスト…… 『光り輝く強き者』ですか…… ちゃんと立派な名前がついているではないですか……」


「つか立派すぎだろ! 相当な親ばかだったんだな。 こいつの両親!」


「俺の名前にそんな意味が……」


 親父…… おふくろ……


「良い名ですね……」


「そして、あなたのご両親は随分と下界や人間の事を認めてくれていた様です……」


「立派なご両親だったのですね……」


「…… ああ……」





「…… わかりました。 シリウス・アダマスト」




「その誇り高き名に恥じぬ様、あなたの活躍に期待していますよ」


「! マジかよ! しゃあねえな……」


「俺はレオンバルトだ。 よろしくな! シリウス!」


「! ああ! よろしく頼む! アルテミス!」


「おっさんもよろしくな!」


「だからレオンバルトだ! 誰がおっさんだ! このガキ!」


 シリウスは少し憑き物が取れたかの様な、少年らしい表情にもどっていた。


 レオンバルトとシリウスがじゃれあってるのをよそに、アルセルシアが姉に声をかける。


「やれやれ…… いきなり念波を送ってきたかと思えば、指定の施設のシスターや子供達を。急いで空間移動で引っ張ってこいって言われた時は何事かと思ったぞ!」


「何だがよくわからんが、変な事に巻き込まれてたみたいだな。 姉者」


「ええ。 ですが、それに見合う収穫もありました」


「将来、大物になるかもしれませんよ。 あの童……」


「あのガキンチョが? 冗談だろ?」


「ふふ。 どうでしょうね……」


 優しい笑みをシリウスに向けるアルテミス……


「ちゃんと年相応な笑顔かおもできるじゃないですか……」


「たまには稽古位つけてあげますか……」




 こうして、シリウスも加わって多大な犠牲を払いながらも、後の大戦を乗り越える事に繋がるのであった……


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