第65話 シリウスの過去
時は現代にもどり、再び天国七十八番治療施設の一角にある部屋……
九十年前に起きた事件を、一通り説明し終えたマクエル。
「…… これが、九十年前に起きた事件の概要です」
「…… 当時、犠牲者を多く出した悲惨な事件があったのは聞いた事位はありましたが、その様な背景があったのですね」
「そしてその時に、シリウス総司令も……」
「ええ。 まあ、カエラ君は京子から詳細を聞いていたみたいなので、ほとんど内容は知っていたと思いますが……」
「! そうだったんですか?」
「ええ…… あの後、京子さんがひどく落ち込んでいて、それで聞いてみたらシリウスさんが……」
「実はあの人には、私も以前からお世話になっていましたので」
「え?」
「その事件の十年位前になりますかね……」
「その時も、地獄の死者の魂達による、似た様な脱走事件が起きた事があったんですよ」
「当時子供だった私は、家族と食事に出かけていたのですが、そこで脱走犯達が押し入ってきて、私達含め、店内にいた全ての人達が人質にとられてしまったのですが……」
「その時、突入班を指揮して一人の怪我人も出さず、犯人達を一網打尽にして捕らえたのがシリウスさんなんです」
「私その時、犯人に銃を向けられたんですが、あの人が間一髪入って助けてくれたんです!」
「その時のあの人が凄く格好良くて! 私の中でヒーローになったんです!」
「それ以来、ずっとあの人の背中に憧れて…… 私も将来死神になって、あの人みたいに悪い奴を捕まえるって…… 子供心に夢を抱いて……」
「それで本当に死神になってしまったんですけどね」
少し気恥しいのか、苦笑しながら話すカエラ。
「それで頑張って努力して、晴れて死神にもなれて…… ひょんな事から京子さんとも知り合って、親しくしてもらって……」
「シリウスさんも多忙な方だったので、本来なら私みたいなぺーぺーの新人なんか、お目通りも叶わないはずだったんですけど、当時助けてもらった話を京子さんに話したら、その……」
「当時、京子さんはシリウスさんとお付き合いをされていたので、京子さんを通じて紹介して下さって…… それからは私もたまに訓練に付き合ってもらったり、相談にのってもらったり…… 三人の予定があえばたまに遊びに連れて行ってくれたりと……」
「とにかく、色々お世話になっていたんです」
「なので、当時シリウスさんが殉職したって聞いた時は私もショックだったんですが……」
「まさかその後、あの人が黒崎さんとして転生していただなんて……」
「なるほど…… そういう事だったんですね。 全然知りませんでしたよ」
「まあ、まだ霧島君とも知り合う前の話でしたからね」
「ただ、あの人が亡くなった当日のうちに……」
そうカエラが言いかけたところで、リーズレットが口を開いた。
「彼の魂魄が、『いつの間にか』閻魔の城近くに倒れていたんだよ」
「え!」
驚く霧島。
「でも! アランが使っていた爆弾は!」
「そう。 魂魄ごと直接ダメージを与える代物…… それも相当な破壊力を秘めた爆弾だ」
「そんな物の爆発を至近距離で受けたら、確実に彼は消滅しているはず……」
「にも関わらず、いつの間にか彼の魂は城付近に倒れていたんだよ」
「当然、彼の魂がタフだとか、障壁をかけてたとか、そんなものでは説明がつかないレベルだ」
「しかも、彼が倒れている少し前の時間帯に、そこを通った者も何人かいたみたいだったけど、その時はまだシリウスはいなかったとの事だ」
「何が起きたかさっぱりだったけど、僕達は急いでマクエルや京子、天界中の優秀な治療士を緊急招集して、彼の治療にあたってもらった」
「だけど魂魄のダメージがあまりにも酷すぎた為、彼を助ける事は、もう不可能だったんだ……」
「約六十年と少し…… 意識を取り戻し、ある程度までは持ちなおしたが、ほとんど寝たきりで、意識がある時間も多くはなかった……」
「ええ。 我々治療班も死に物狂いで彼の治療にあたり続けました……」
「もちろん京子も…… カエラさんもお見舞いに来て下さったりしてくれました」
「ですが、もう彼の魂は……」
「だからせめて、完全に魂が消滅してしまう前に! 何とか転生に耐えられるだけ魂を回復させ、人間の母胎に彼の魂をとばし、後に生まれてくる子として転生させたんです」
「生命体の中で、年月をかければその身体の中を流れる生命エネルギーで、ゆっくりと身体の中で魂魄が傷を癒していくかもしれないと、マクエルの見解でね」
「ええ。 正直賭けもいいとこでしたが、理論的には不可能ではないと思いましたし、もはやそういう形でしか、彼の魂を救う方法がありませんでしたから……」
「何とか彼の魂をそこまで回復させた後、すぐにでも転生させないと危険な状態だった為、転生の儀の順番待ちもすっ飛ばして彼の魂を下界へとばし、転生させたんです」
「なるほど…… しかしその類の情報が一切出てこなかったって事は……」
「その通り…… 彼の転生に関しては情報規制をかけさせてもらいました」
「意識を取り戻したとき、彼に言われたんですが……」
「総司令だった自分が、実はまだ存在していて、けれども寝たきりの状態…… それも何十年も……」
「それが天界中に知れれば、天界の治安維持に関わる者の士気の低下、また民衆の不安を悪戯に煽り、また暴動を起こしかねない魂達等が逆に勢いづくかもしれない……」
「だったら自分はとっくに消滅した事にして治安維持部門の後世をちゃんと育成したり、新体制を築いていった方が天界の治安維持に良いだろう、と……」
「そして転生の儀の場所を一時的にメンテナンスと称し、関係者以外の者達の目を触れさない様に立ち入り禁止にして、とにかく比較的生命力が強そうな者の母胎に彼の魂をとばし、転生させたんです」
「ただ、転生先の人物は我々にも大王様達は秘匿されていましたが」
「これしか助ける方法が思いつかなかったとはいえ、それでも確実に助かるかは保証できなかった……」
「助かっても、その人物はもうシリウス・アダマストではないし、彼の記憶もない」
「もう彼に頼る事もできない…… 頼るべきでもないと……」
「彼はもう十分に天界の為に尽くしてくれたのだから……」
「だから大王様と上級神様達しか、彼の転生先を知らなかったというわけです」
「まあ、実際はその後『真なる選別者』達が水面下で暗躍し始め、そしてこのあいだ、タイミングが良いのか悪いのか…… 黒崎さんが死亡して、天界へとその魂が来てしまった……」
「これも運命なのか…… 最悪の場合、本当に心苦しいですが、天界と、そこに住まう者達を守る為の大きな戦力の一つ…… その可能性として、彼の力を借りる事になってしまうかもしれない……」
「実際にそういう事態になってきてしまい、大王様達もシリウス殿…… いえ、黒崎修二という人間の可能性にも頼る事にしたというわけです」
「まあ、それ以外にも、これは個人的な推測ですが、それならば、できれば記憶をとりもどして、ちゃんと
「大王様も、シリウス殿とはプライベートでも懇意にしておりましたから」
「うん。 実際僕も、兄上はそう考えていたと思うよ…… 極神流一刀術の他にも、彼の剣術も兄上は参考にして、独自の剣に発展させていったし、たまに稽古にも付き合ってもらっていた」
「まあ、僕もだけどね。 僕の場合は東方の剣術や忍術なんかを多く取り入れていったから、彼の剣は参考程度にだけどね」
「けど、何故か僕の場合は試合しようとしても嫌がられて中々してくれなかったけどね!」
「それは総長の場合、段々稽古や模擬試合では満足いかなくなって、本当の意味で本気になってくるからでしょう」
「正直かなり面倒くさかったと思いますよ」
「え~ それはしょうがないじゃん! 楽しくなっちゃうんだから!」
「まあとにかく、シリウスにはいつも世話になっているって、よく兄上も言ってたからさ……」
「にも関わらず、また巻き込む事になってしまったからには、少しでもシリウスの力になりたいとも思ったんじゃない?」
「そこは
「まあまあ、総長……」
「……」
「京子さん……」
「…… え~っと……」
ずっと沈んだ顔で黙っている京子。
あまりにも色々あって、彼女の中で整理しきれていないのであろう……
そんな京子を心配そうに見るカエラとマクエル。
逆にリーズレットは、そんな彼女を見て、少しイラついている様にも見える。
そしてそれらを見る霧島は、かなり気まずそうで、この空気に押しつぶされない様に、とにかく話を続けようとした。
「あ! で、でも結局! 今の話を聞いてもわからなかったのが一つ!」
「どうして、シリウスさんの魂が閻魔の城の近くで発見されたんですかね?」
「それは…… 本当に謎だったんですが、今の状況を考えると、もしかしたら……」
「うん。 当時は皆目見当もつかなかったけど『彼女』がまだ存在していたんなら……」
「彼女?」
「彼女って一体……」
「アルテミスの事だよ」
「! (シリウス!)」
「! 黒崎さん!」
「良かった! 気がついたんですね! …… 黒崎さん!」
「目を覚ましたね♪ 修二……」
「身体は大丈夫ですか? …… え~、黒崎さん」
本人が、今は黒崎だからそう呼べと言ったとはいえ、すぐには慣れずに呼びずらそうにするカエラとマクエル。
実際、シリウスと黒崎、両者の事を知っている上に、記憶までもどって同一人物だと、流石に慣れるまで少しはかかりそうだ。
霧島はシリウスとは、先程まで直接面識がなかった上に、ずっと黒崎として接してきたから問題なさそうだった。
リーズレットは深く考えないので、普通に修二呼びで済ましている。
「ああ。 大丈夫だ。 ここまで運んでくれてありがとよ。 マクエル」
「いえ」
「それはそうと黒崎さん、今の話……」
霧島が質問を続ける。
「ああ。 恐らく…… なんだが、俺の魂を繋ぎ止め、閻魔の城までとばしたのは、多分アルテミスの仕業だ」
「! 何でそうだと思うんですか?」
「それは……」
「子に対する情みてーのが残ってたんじゃねーか?」
「俺とあいつは親子みてーなもんだからな」
「ええ!」
「どういう事です?」
これには霧島だけでなく、カエラも驚いている。
目を覚ました黒崎から発せられた発言……
彼と…… いや、正確には、シリウス・アダマストとアルテミス……
二人の関係が今、明かされようとしていた……
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