第64話 裏での結末

 爆発地点からおよそ八十キロ程離れた森林地……


 ダメージを負った肉体、いや、もう死んで魂の状態になって気絶している二人の魂を、できる限り修復している女性がいた。


 金色の髪をなびかせるその女性は、誇らしくも悲しい目をシリウスに向ける。


「やれやれ…… 子は親に似ると言いますが、まさかこんなところまで似なくてもよかったのですが……」


「立派になりましたね。 シリウス……」


 慈愛に満ちた、優しい表情をのぞかせる女性。


「まあ、大切な女性ひとを残して逝くのは褒められたものではないのですが…… 私にそんな事を言う資格はありませんか……」


咄嗟とっさに力をとばし、爆発力を軽減させましたが…… それでもやはり、厳しいですね」


「残念ながら私の力をもってしても、ここまでの損傷…… あなたの魂魄を完全には修復できません…… ですがやれる限りの事はしましょう……」


「数年か数十年か…… 魂魄が滅びるまで時間を稼ぎます」


「それまでに転生できる位に、魂魄の傷を癒し、新たな来世を送りなさい。 間に合うかどうかは賭けですが……」


 そう言うと彼女はシリウスに右手をかざす。


 そして超常的な力で、シリウスの魂魄をどこかへと飛ばすのであった。






「…… さて、後はこの者ですか…… ぐっ!」


 突如胸を抑え、苦しみだす女性。


 それと同時に女性は、黒い瘴気に身体を覆われ始めていった。


「っ! こんな時に!」 


「引っ込んでいなさい!」


 彼女は金色の気を身体から発すると、黒い瘴気は姿を消していった……


「はあ、はあ、はあ、はあ!」


 息を切らす女性だが、すぐに呼吸を整える。


 そしてその騒ぎにアランの魂が、意識を取り戻す。


「…… ここは……」


「! 誰だ! 貴様は!」


「! ほう、意識を取り戻しましたか。 信じられません…… あれ程のダメージを魂魄にも受けていたにも関わらず…… 大したものですね」


「誰かと聞いている! 貴様は…… ?」



 何だ…… この女の存在感は…… 




 それにこの気配…… 気高き光のオーラとどす黒い憎しみのオーラが混在しているかの様な…… 




 こんな奴は初めてだ……




「おおよその事情位ですが、把握しています。 あなたのやった事は到底許される事ではありませんが、同情できる部分もあります」


「記憶を消され、どこに転生されるかもわかりませんが、下界に逃がしてあげてもよろしいですよ」


「! 何だと!」


 「私はもう天界に籍をおいていませんし、何をしようが私の勝手です」


「ただし、あなたが来世を全うし、再び天界にその魂が来たとき、天界はあなたの正体に気付く事でしょう…… 下手したら来世が終わるよりも先に気付かれ、天界の者が粛清にくるかもしれません。 まあ、前例がないので天界側が気付いた場合、どういう処置をするかはわかりませんが……」


「それでもよければ、あなたの魂を下界へ飛ばして差し上げましょう」


「……」


「まあ、まずは転生できる様に、魂魄を回復させるまで、あなたの魂魄がもてばという前提で、ですが……」


「…… 頼む! 私を! はあ、はあ! この記憶を保ったまま助けてくれ! ぐっ!」


「かろうじて繋ぎ止めたとはいえ、未だ危険な状態…… 無理に騒ぐと魂に響きますよ」


「それと今の話についてですが……」


「それは無理な話です。 いくら私の力をもってしても」


「どの様な代償を払っても構わない! 一生…… はあ! あんたの奴隷でも構わない!」


「その瘴気…… ただならぬ力を感じる…… ただの感だが『それを使えば』私の記憶は保てる! そうだろう!」


「…… 仮にそうだとしても、それをすればあなたに待っているのは『破滅』以外の何ものでもないですよ」


「例え僅かな間でも、全てを忘れて幸せに暮らせるかもしれない……」


「それでも…… その可能性を捨て、自らの魂を瘴気に委ねる覚悟はおありですか?」


「構わない! 何を犠牲にしても…… この魂が滅んででも…… もう一度! 私にチャンスをくれるのなら!」


「言っておきますが、フィリア彼女はそんな事、全く望んでいないと思いますよ」


「…… そんな事はわかっている! ただ…… それでも私は…… 今の天界を許す事ができない!」


「このままでは終われないんだ!」


「だから…… 頼む!」


 彼女はアランの目をじっと見つめる……


 彼の覚悟が本物と知った彼女は、一つ溜息をこぼした後、こう答える。


「いいでしょう…… あなたの行く道は修羅の道…… どの様な結末になっても待ち受けるは破滅のみ…… それでも己が道を貫きたいというのなら……」


「ついてきなさい…… いずれ私も天界にあだなす存在として、天界彼らと戦う時がくるでしょう……」


「その時には、代価として私の役にたってもらいますよ」


「! ああ! それで構わない!」


「それともう一つ条件があります…… いずれ『我々』は天界に対して戦争を仕掛けます」


「!」


「そうですね…… およそですが準備に百年前後……」


「あなたが動き出していいのは『我々』の準備ができてから…… それまでは派手に動くことや無益な殺生は禁じます」


「なに!」


「当然でしょう。 事を起こす前に、必要以上に警戒されても困りますしね」


「それに今のままいっても、返り討ちにあうのは確実…… 精々力をつけるといいでしょう」


「その為の場所と、たまに位なら稽古もつけて差し上げましょう」


「どうしますか?」


「…… いいだろう……」


「わかりました…… それでは……」


 女性はアランの胸に手を当てる。


「今から私の中にある瘴気を使い、あなたの魂魄の損傷している部分を補い、無理矢理修復します」 


「ただし、これは悪しき魂の思念や感情が元になっているもの…… それを使い、本来ありえない形で魂魄を修復するという事は、自然の摂理に逆らって修復するのと同義……」


「瘴気に精神を喰われ、自己を失うとその姿も禍々しく、身も心も怪物となりはて、いずれは記憶すら失い、やがて朽ちていくでしょう……」


「それを乗り越えるには何物にも屈しない、強靭な精神力が必要です」


「乗り越えられなければ、あなたは実質、ここで終わります」


「乗り越えたとしても…… しばらくは大丈夫ですが、いずれは身体も滅びるでしょう」


「それでも…… 本当によろしいですか?」


「かまわん! やってくれ!」


 迷わず即答するアラン。


「わかりました」


 女性はアランに瘴気を送り込む。


「がああああああああ!」


 瘴気のおぞましいまでの、負のオーラにアランが苦しみだす!




「やはりこのままでは難しいか……」


「! これは……」




「こんな…… ものぉぉぉぉぉ!」




「がああああああああああああ!」




 アランの身体の周りを覆っていた瘴気がみるみる消えていく!


 完全に瘴気を取り込み、自己を保つ事にも成功している!




「瘴気を無理矢理ねじ伏せましたか」


「見事です。 瘴気に支配されてもいないようですね」


「はあ、はあ、はあ…… 上手く…… いったのか?」


「ええ。 ですが……」


 彼女は自身本来の、光輝くオーラをアランに当てた。



「これは……」



 なんという心地よいオーラだ…… 



 精神も楽になっていく……



「しばらくは瘴気の、他者を支配しようとする負の力を私が祓い続けましょう。 自己を保つのが厳しくなったら言いなさい」


「魂魄を修復したといっても、とりあえず消滅を免れただけです。 あなたのダメージは、まだ相当大きい……」


「しばらくは療養して英気を養いなさい」


「傷が完全に癒えれば、あなたの精神力なら私の力がなくとも自己を保てるでしょう」


「それまでは『我々』がフォローします」


「何から何まで…… すまない」


「礼には及びません。 私もあなたを利用させて頂きますので」


「それに先程も申した様に、あなたはもう転生もできないし、後戻りもできません」


「瘴気を使って無理矢理永らえている時点でいつかはあなたは滅びます……」


「真っ当な道では到底ありません…… まあ私も人の事は言えませんが……」


「ただ、『全てを敵にまわしても、自分の大切な女性を奪ったものに一矢報いたい』という気持ち……」


「それが正しくない事だと、あなたは承知の上で、それでもおのが修羅の道に行かんとする……」


「普通に考えれば、誰にも理解はしてもらえないでしょう……」


「それでも他の誰でもない、あなた自身が選んだ道です」


「ならばせめて後悔だけはしない様、その最期の時がくるまで、おのが道を貫きなさい!」


「それが悪の道だとしても! どんな結末でも! 己の心に決着を着けてから朽ちなさい!」


「! …… 恩にきる! …… ありがとう…… ございます!」


 気付くとアランは両の目から、大粒の涙が溢れていた。


 誰も理解してくれなかった……


 いや、同情こそされ、それが許されない行為だとわかっていたから、周りは俺を止めようとするかもしくは、最悪その場で始末してでも捕らえにくるかだった……


 だがこいつは…… この方は、それが絶対に許されない事で、悪であるとわかっていながらも、私の中で全てに決着を着ける事を許してくれた……


 それでいて…… 先程のオーラに触れてみてわかった……




 なんと…… なんと慈悲深く、優しさに満ちたオーラなのだ!




 こんな方が天界にいようとは……




 いつ朽ちるか、わからない身……




 ならばせめて…… 決着をつけるその時まで! できる限り私は、この方に恩返しをしていこう!




「あの!」


「あなた様のお名前は!」


「そういえば、私としたことがまだ名乗っていませんでしたね。 失礼しました」












「我が名はアルテミス……」







「かつて女神を名乗っていた者ですよ」




 こうして、彼女の力と慈悲のもと、一人は僅かな時を生き長らえ、もう一人は修羅の道へと突き進む事になるのであった……


そして九十年後…… 全ての因縁に決着を着けんと、再び時が動き出す事になる……

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