第62話 悲劇

 最近地獄行きを言い渡された魂達の暴動が後を絶たない……


 無論、それらを天界の治安維持に属する死神達や私の様な立場にある者が対処し、天界の平和を守るのが、我らの使命なのだが……


 地獄行きを言い渡された者達等、更生の余地等与えず、問答無用で魂を滅するか、さっさと記憶を消して転生させてしまえばいいものを……


 何故わざわざあんな連中に、やり直させるチャンスを与えるのか……


 現にこうしてチャンスを与えても、天界で問題を起こす輩が後を絶たないではないか!


 全く! 甘い! 甘すぎる!


 もし、そいつらが天国にいる連中に危害を加えようとしたら、どうするというのだ!


 まあ、それが天界、そして閻魔大王様のご判断だから、声を大にしては言えないのだが……


 あ〜! ストレスで胃に穴があきそうだ!



 ええい! やめだ、やめ! せっかくの休日だというのに!


 アランはチケットをポケットから取り出した。


 やれやれ…… ジャックに、でかすぎる借りができてしまったな。


 何で返そうか……


 そういえば、もうすぐ二人は結婚記念日じゃなかったか?


 どこか上質なホテル…… リゾート施設…… あ! そういえばジンさんがBARをOpenしたとか言ってたな!

 

 ジンさんに事情を説明して、貸切にしてロマンチックな演出をお願いするか?


 …… いや、結婚記念日の祝い方ってこういうので合ってるのか?


…… ダメだ! このての事はさっぱりわからん!


 今日フィリアに相談しようかな。


 いや、二人っきりの初デート!


 ちゃんとデートに専念しないと失礼だろうか?


 でも、あんなんでも、ジャックは私の親友だし、フィリアとも仲が良いし……


 …… うん! やっぱり相談しよう!


 もしフィリアが機嫌悪そうになっなら、その話は切り上げればいいし!



 …… 少し早く着きそうだな。


 フィリアに連絡を入れるか。


 …… 今日、一日二人で楽しんだ後、私の気持ちを伝えよう……


 彼女はどう答えるかな……


 ここまで緊張するのは久しぶりだ。


 何なら手強いレベルの暴徒を、百人位同時に相手にしてる時の方が千倍は気が楽かもしれない!


 くそ! こういうのはどうも苦手だ!


 自分がここまで女々しい男だとは思わなかった!


 …… ええい! いい加減覚悟を決めろ! アラン・カーレント!


 そう頭の中でアランが葛藤している中、一つの通信がアランの端末に入った。


 上司であり、治療師として師のマクエル・サンダースからだ。


「師匠?」


 通信に出るアラン。


「はい、こちらアランです」


「お疲れ様です、アラン。 休日のところ申し訳ないですが緊急事態です!」


「緊急事態?」


「また地獄から脱走者が出ました! その者は数十人からなる地獄にいる不満を抱えている者達を束ね、死神が一人でいる所を各個襲撃! 武器を奪い、現在逃走中です!」


「ほとんどの者は既に捕らえましたが、数が合いません! 後三人程、逃走中です!」


「そして、いくつかの目撃証言と監視システムの情報を照らし合わせると……」


「その三人は現在、天国の四十七番街エリアに逃走! もう既にそのエリアに入っているとの事です!」


「何ですって!」


「アラン! 君、確か今日はそっちに用があるって言ってましたよね! 非番のところ申し訳ないが、相手は武装していて近くの民間人が極めて危険です! 既に応援を向かわせてありますが、今、近くにいるなら力を……」


 マクエルが話し終わるより先に、その通信は既に切られていた。


「もしもし? アラン! アラン!」


 全速力で駆けるアラン!




 嫌な予感がする!


 虫の知らせというやつなのかもしれない……


 ただの考え過ぎだといいのだが……


 四十七番街エリアといっても、それなりに広いし、他にもいくつか施設がある!


 その中で彼女が被害にあうなど、考えすぎかもしれない!


 だが、とにかく! 彼女と一刻も早く合流して、避難させなくては!


 彼女は私が絶対に守る!


 猛スピードで彼女の店へと急ぐアラン!


 しかし、そこである異変にアランは気付く!



 これは…… 血の匂い? まさか!


 店に着き、すぐさま中に入るアラン!


 そこで見たものは……








「! 誰だ! てめえは!」


「やべえ! 見られちまったぞ! こいつも始末しねえと!」


 レジや金目の物を漁る男が三人。


 いや、今はそんな事どうでもいい! 


 それよりも!


 店の中で血まみれで倒れているのが五人。


 そのうちの二人は…… ジャックと…… フィリアであった。


 すぐに状況を理解したアラン。


 急いで手当てをせねば!


「死ねえ!」


「邪魔だ!」


 一瞬で脱走者三人の首を、素手でまとめて跳ね飛ばすアラン!


「フィリア! ジャック! しっかりしろ! すぐに……」


 そう言っているうちに、ジャックの身体が光に包まれていく。


「! ジャック! 待て!」


 ジャックのもとに走って駆け寄り、腕で抱えて急いで治療術をかけるアラン。


「…… わり、 アランさん。 彼女を守ってやれなくてよ……」


「ジャック!」


「カミさんに…… よろしく…… 言っと……」


 そう言いかけて、ジャックの魂は消えていった……


「ジャァーーーック!」


 死者の魂は、もう一度死ぬと完全に消滅してしまう……


 もう二度と…… 転生すらできない……


 何故こんなクズ共のせいでジャックが!


 ! フィリア! フィリアは!


「フィリア!」


 急いでフィリアのもとへ駆けつけ、治療術をかけるアラン。


 だがこちらも、もう手遅れだった……


「…… アラン…… 来てくれたのね……」


「フィリア! しゃべるな! 待ってろ! 今助けてやる!」


「アラン…… ごめんなさい…… 今日の約束…… 守れなくなっちゃった……」


「しゃべるなと言っているだろう! なあに! デートなんていつでもできる! 今日は治療に専念するんだ! 安心しろ! 私の腕なら、こんな傷!」


「…… 短い間だったけど…… 生前寝たきりだった私には天国に来てからの一年間は…… とても幸せな時間だったわ」





「皆良い人達だったし…… 何より……」














「あなたに出会えたから…… アラン」


「!」


 フィリアの身体が光に包まれていく。


「大好きよ…… アラン…… 誰よりも……」


「フィリア!」


「最期に…… お願い…… あなたのその治療術…… ううん、あなたのその優しさは、これからも多くの魂達を救えるはず……」


「どうか…… 憎しみに支配されないで…… これからも…… あなたは……」


 その優しさと力で多くの魂を救って…… 幸せにしてあげて……


 そして、あなた自身もちゃんと幸せに……


 そう最期の言葉を言いきる前に、フィリアはアランの腕の中で消えていった。


「フィリアーーーーーーーー―!」


 アランの涙の絶叫が辺りに響き渡る!



 フィリア…… ジャック……


 何故お前達が消えなければならない!


 ジャック! お前のカミさんに、私は何て言えばいいんだ?


 もうすぐ結婚記念日だろ! 消えてる場合か!


 私はまだお前に借りを返していないぞ!


 フィリア…… 私はお前を必ず守ると誓っていたのに!


 お前さえ許してくれれば、お前を必ず幸せにすると誓っていたのに!


 あんなクズ共! 最初から消しておけば! こんな事にはならなかった!







 誰が悪い……


 誰を憎めばいい……


 大王がこんな甘い判決を下したから?


 天界がこんなシステムを作ったから?


 この程度の連中に、ただ徒党を組まれ、不意を突かれた程度でやられる情けない死神共のせいか?


 何故罪人の魂の為に、何の罪も犯していないこいつらが消えなければならない?


 これが…… 天界の正義だというのなら……






 正義そのものが私の敵だ!


 天界…… いや! この世界そのものが私の敵だ!


 待っていろ! フィリア! ジャック!


 お前達の仇は私が必ずとる!


 お前達を蔑ろにしたこの世界は、この私が必ず潰す!


 見ていろ! 大王! 脆弱な死神共! そして天界よ!


 この命にかえても…… 必ず!


 こうしてアランは、抑えきれない程の復讐心に取りつかれる。




 十数分後…… マクエル含めた数名の援軍が店に着いた時には、アランの姿はもうなかった……


 そして…… それから一週間後…… 


『あの事件』が起こる。

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