第61話 アランの過去
九十年前の天界…… その天国の四十七番街エリアにある、最近できたばかりの小さな喫茶店。
そこを一人で切り盛りしている、ある女性がいた。
フィリア・ミズエル…… 没年二十七歳。
茶色がかったロングヘアーと、優しい瞳が特徴の喫茶店の店主だ。
一年程前に下界で不治の病で亡くなり、閻魔大王によって天国行を許された女性だ。
身体が弱くて寝たきりで、生前にはできなかった事を色々やりたいと思っていた彼女は、天国での生活を思いっきり楽しみつつ、三か月前に念願だった自身の喫茶店をOPENしたのだ。
小さなお店だが、自身を天国に導いてくれた天界で働いている人達や、様々な時代を生きてきた人達との縁や絆を紡ぎ、美味しいお茶が飲めるお店を作りたいという夢が、彼女にできたからだ。
客足はまだそれなり位だったが、OPEN前にしっかりとコーヒーをはじめ、他の飲み物の入れ方や料理を勉強したので、味の方は中々良い評判だった。
何より彼女の優しくて明るい笑顔に癒される者も多く、少しずつだがそれもお店の評判に繋がっていった。
そしてランチタイムの時間…… フィリアの喫茶店にまた一人、客が訪れる。
カランカランと音を鳴らし、入口のドアが開く。
「いらっしゃい! あら! アラン! 今日も来てくれたのね!」
「やあ、フィリア。 いつもの頼むよ」
「ブルマンにスパゲティーね! 了解。 カウンターでいい?」
「ああ」
店に訪れたのは、あのアラン・カーレントであった。
アランは死後のフィリアが天国行きを許された後の担当の天使だった。
もう職務上は彼女のフォローは終わっているのだが、互いに妙に気があい、こうしてちょくちょく彼女の様子を見にきているのだ。
相変わらず難しい表情をしているが、この頃はまだ柔らかい表情をしていた。
料理を作ってアランの前に出すフィリア。
「いつもありがとう、アラン。 はい、いつもの」
「ありがとう、フィリア」
「お店の調子はどうだい?」
「おかげ様で少しずつだけど、お客さんが増えていってるわ。 それでもやっぱり経営って難しいわね」
「まあ、まだ三か月だからな。 こんなものじゃないか? 現状見る限り、焦らなくても大丈夫だと思うが、あまり厳しい状況が続く様なら、経営面の戦略に詳しい者達を何人か引っ張ってこよう」
「それに味は良いんだ。 そのうち噂が広まって客足も増えていくさ」
「ありがとう、アラン。 もうちょっと頑張ってみて、苦しかったら相談するわね」
「まあ、あまり繁盛しすぎて、混み過ぎても落ち着かなくて困るのだが……」
「とか言ってアランさんよ! フィリアちゃんに悪い虫が寄ってこねえかが心配なんじゃねえか?」
後ろのテーブル席で食事をしている、ガタイの良い、見た目中年の男が席から声をかける。
「あら? そうなの? アラン?」
「ちがっ! 別にそういうわけじゃ!」
「大丈夫だよ、フィリアちゃん! この人、照れてるだけだから!」
「うるさいんだよ、ジャック! いつもいつも! もう昼休み終わりじゃないのか? あんまりサボってると奥さんに言いつけるぞ!」
「かてえ事言うなよ! アランさんよ!」
「っつか、マジで時間やべえじゃねえか! フィリアちゃん! お勘定!」
「はぁい」
ジャック・アイランド。 ずいぶん昔から天国で暮らす、周りの連中からも慕われている、気の良い男だ。
アランとも付き合いが長く、彼の奥さんとも家族ぐるみで付き合いがある程だ。
「仕事頑張ってね。 ジャックさん!」
「ありがとよ! フィリアちゃん♪ く~~! うちのカミさんより百倍良い女だぜ!」
「ええっと…… 確か奥さんの電話番号は……」
「やめて! 冗談だから!」
「あ! そうだ、アランさんよ! ちょっと!」
「なんだよ! ジャック! こっちはまだ食事中だぞ!」
「いいから!」
アランを無理矢理引っ張って、フィリアに背を向けて小声で話すジャック。
するとジャックは、最近できたばかりのテーマパークのペアチケットを取り出した。
「最近新しくできた例のテーマパーク、知ってるよな? 実は開発に関わった奴に俺の飲み仲間がいてよ、そいつがタダ券くれたんだよ!」
「ほんとは一組分だけだったから、俺がカミさんと行こうと思ったんだが、俺がダチに頼み込んで、もう一組分だけ、何とかもらってきたんだよ! だから……」
「これでフィリアちゃんをデートに誘って、二人で楽しんで来いよ!」
「! だから別に私は!」
「ああ! もう、そういうのいいから! 見ててバレバレだから!」
「お前知らねえのか? ちょっとずつだが、この店の評判広まってるのと同時に、美人な看板店主さんが美味しいコーヒーを入れてくれるって、フィリアちゃん自身の評判も広まり始めてんだぞ!」
「なんだと!」
「フィリアちゃん、あんなに可愛いんだから! グズグズしてっと、マジで! 他の男にとられちまうぞ!」
「! それは……」
「だが、彼女も忙しいだろうし……」
「…… あっそ! じゃ、これ! 他の奴にこのチケットくれてやっても良いんだな?」
「! ま、まあ、お前がそこまで言うなら! もらっておこう……」
「ったく、最初から素直にそう言えってんだ!」
「二人共どうしたの?」
「ああ! 何でもねえよ! フィリアちゃん!」
「そうそう! 何でもない!」
二人は慌ててフィリアの方へ向き、彼女に見えない様に、背中の後ろからチケットを受け渡しする。
二人のあからさまな挙動不審っぷりに、ジト~っと目を細め、睨むフィリア。
「…… 何か、あやしいわね」
「そんな事ないって! おい、ジャック! そろそろ本当に仕事にもどらないと、まずいんじゃないか!」
「おお! そうだった、そうだった! それじゃな! お二人さん!」
逃げる様に店を後にするジャック。
「変なジャックさん」
「ああ、気にするな! あいつはいつも変だから!」
どさくさに紛れて中々ひどい事を言うアラン。
「もう! そんな事言っちゃダメよ~ 凄く良い人じゃない!」
「まあ、そうだな……」
「その…… フィリア…… 今度の休みなんだが……」
アランはズボンのポケットの中で、チケットを強く握りしめていた。
「
アランは先程ジャックからもらった、ペアチケットを取り出した。
「え?」
「…… 何をコソコソやってるのかと思ったら……」
「ジャックの奴が無理やりな! 嫌なら別にいいが……」
「あら? 断ってもいいの?」
「うぐ! ……」
アランのリアクションを、ちょっと楽しむフィリア。
まんざらでもない様子だ。
「ふふ! 冗談よ、冗談! 勿論行かせてもらうわ!」
「そ、そうか!」
ほっと一安心するアラン。
そしてコーヒーを飲んで、落ち着きを取り戻そうとするのだが……
「まさか、アランにデートに誘ってもらえる日が来るなんてね~」
「ぶっ!」
フィリアの反撃に思わずコーヒーを吐き出すアラン。
「ちょっと! 汚いわよ! アラン!」
「べっ、別にデートってわけでは!」
咳き込みながら、必死に答えるアラン。
「ちがうの?」
「…… いや、まあ…… そうとも言えなくもないな……」
「ふふ! 前から思ってたけど、アランって結構可愛いとこあるわよね♪」
「勘弁してくれ……」
「はいはい♪ この辺にしといてあげるわ♪」
完全に手玉にとられているアラン。
「そしたら週末でいいのかしら? 私は店閉めればいいだけだけど、あなた忙しいんじゃない?」
「ああ、それなら丁度休みをもらえたからな、問題ない」
「よかったわ。 それじゃ楽しみにしてるわね!」
「ああ!」
そうやり取りしながら、食事を済ませていくアラン。
「それじゃ、私もそろそろ行くよ。 また夜に来る」
「ああ、例の? 最近毎日送ってくれてるけど、そこまで気をつかわなくてもいいのに」
「いや、最近地獄で不穏な動きをしている輩も多いからな…… 物騒な事件も続いているし…… しばらくは夜に女性で一人で出歩くのは感心できない」
「こればかりはどんなに嫌がられても、しばらく続けさせてもらうぞ!」
「心配性ねぇ。 でもありがとう。 じゃあお言葉に甘えて、もう少しの間ボディーガードをお願いしてみようかしら」
「ああ、そうしてくれ」
こうして、アランは店を後にして、また仕事へもどっていくのであった。
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