第29話 お見舞いと休息 ①

 三十分程車を走らせ目的地に着いた二人。


「着いたか」


「ええ。 それじゃ行きましょうか」


 色々な娯楽施設も併設されている施設だが受付を通し、そこで京子は今も、治療区画で治療をしている最中だそうで、黒崎達はそこへ向かう事になった。


「ふう……」


「どうや、カエラ。 まだ痛むか?」


 汗を拭いながら、負傷した右腕の様子を伺う京子。


「ええ。 大分痛みが引いてきました。 流石です。 京子さん」


「そいつは良かったわ!」


 ギブスで固定されているカエラの右腕を、自身の霊力を当て傷を癒す京子。


 治療士は下界の人間の医師や看護師が行う様な治療と、それに加え自身の霊力を患者の傷に当て、分け与える事で回復の促進をはかるのだ。


 当然自身の霊力と比例して、かなりの体力を消耗する。


 昨夜からずっと働きづめの彼女も当然ながら、かなり疲労が蓄積している。

 

 冗談では言っても、治療中は患者の前では決して本気の弱音をはかない…… 


 それが葉原木京子という治療士であり、彼女の強さなのである。


 それは、普段の気さくな彼女とは違う、優秀な治療士としての、真のプロとしての真剣な顔そのものであった。


「お疲れ様です。 二人共」


「お疲れ」


「おう! 修二はんに達也はんやないか!」


「二人共! お疲れ様です!」


「…… 大丈夫か?」


「ええ。 御心配には及びませんよ。 それに京子さんの治療士としての腕は一流ですから。 大分楽になってきました」


「話は聞きました…… 大変でしたね。 カエラさん。 本当に申し訳ない」


 自身の偽者のせいで傷を負わせてしまった霧島はカエラに謝罪する。


「霧島さんのせいではありませんよ。 勿論黒崎さんのせいでも。 私は私の職務を全うした上で、この傷を負っただけです。 それ以上でもそれ以下でもありません」


「もし、それでも申し訳ないと思うなら、一緒に連中に一泡吹かせてやりましょう! 何百倍にも利子つけて、返してやってね!」


 怪我をしていない左手の拳を握り、やってやろうぜ! といわんばかりの仕草で謝ってきた霧島を逆に励ますカエラ。


 その気遣いに感謝する霧島。


「はは、昨夜黒崎さんにも似た様な事を言われましたよ」


「え! それはちょっと遺憾ですね」


「おい!」


「うちもこれから休憩時間やし、どうやお三方、 ロビーかどっかで、ちょい、くつろぎにでも行かへんか?」


「そうですね。 色々伝達事項もありますし」


「わかりました!」


「京子さん。 あんたも相当疲れてるだろ? いいのか? 俺らに付き合ってもらっても」


 京子も相当疲れが溜まっているのは黒崎も勿論気付いている。


 あまり人に弱い所を見せず、常に明るい所を見せようとして皆を安心させる反面、無理がたたってないか黒崎も心配になっていたのだ。


「水臭い事は言いっこなしや! ウチも付き合うで! 修二はん!」


「そうかい…… ありがとな」


「へへ! ほな、行こか!」


 こうして三人は一階のロビーの休憩スペースへと向かい、飲み物と軽食を買って空いてる席に着いたのだった。



     *     *     *



「―― という事になりまして、本日一六時にグランゼウス要塞へ行く事になりました」


「そういう事になってたんですね」


 昨夜、カエラが事務所を離れた後の事を詳細に伝える霧島。


「ああ。 んでもって、俺は何か大王様に渡されるものがあるんだとよ」


「うーん…… 状況的に考えて恐らく『あれ』ですよね?」


「多分そうでしょうね」


 カエラと霧島はそれが何か心当たりがある様子だ。


「『あれ』だと?」


「ええ。 まあ、合ってるかわからないので詳しくは大王様にお任せしますけど」


「何だそれ! 気になる言い方しやがって!」


「まあまあ。 少なくとも悪い物ではないと思いますので、むしろ少し期待してても大丈夫だと思いますよ」


 何だかわからないが、現状の自分にとってマイナスになる物ではなさそうだし、使える物なら大歓迎だ。


 正直、連中に対して、より多くの有効対策を講じたり手に入れたりはしたいしな。


「まあ、人間に使わせるのは…… って言ってる場合でもないですし、今更ですか」


「とはいえ、精々精進して下さいよ。 私だってそう何度もは守ってあげられませんからね」


「はっ! 上等だ。 そしたらカエラ! 借りを返す意味でも、今度はお前がピンチになった時、俺が助けてやるよ!」


「あなたに助けられる程、私は落ちぶれてはいませんけどね」


「あんだと!」


「何ですか!」


「はいはい。 お二人共じゃれないで下さい」


「だからじゃれてねえよ!」

「だからじゃれてないです!」


 同時に同様のセリフを吐く二人。


 最近このやり取りが多い。


 お互い負けず嫌いで毎日の様に喧嘩するが、段々周りもこのやり取りをむしろ楽しんでいる節が出てきた。


「おうおう! お二人共、随分仲良うなりましたなあ~ お姉さん嬉しいわ~」


「仲良くねえよ!」

「仲良くないです!」


 またもハモる二人に爆笑する京子。


 だがそこで、ある事に京子が気付く。


「って、ん? 『カエラ』? あれ? そういえば……」


「どうしました?」


「いやな、そういえば前に修二はんと達也はんに聞いた話だと、二人って例の決闘の後に修二はんとカエラは仲直りして、カエラさんって修二はんもちゃんとさん付けで呼ぶようになったって聞いてたんやけど?」


「…… ああ、その事ですか」


 思い出したくないといった表情を浮かべるカエラ。


「! あれあれ! もしかしてお二人はん! 仲直り通り越して、そういう『ええ感じの仲』になったりしてますの!」


「なってねえよ!」

「なってないです!」


 …… ほんまに気ぃ合いすぎやろ! この二人……


心底そう思う京子。


「なんで私がこんなのと!」


「こっちのセリフだ! 誰がお前みたいな口うるさい、じゃじゃ馬なんかと!」


「何ですって!」


「何だよ!」


 またもいがみ合う二人。


「あ~、はいはい。 それで、そしたら何でやねん?」


「あ~、それがですねえ…… 最初の一時間位は黒崎さんも敬称を使ってたんですけど……」


 別にそこまで大した話ではないが、ここで霧島も説明に混ざってくるのだった。


「何だか凄い気持ち悪くて……」


「どっちなんだよ! てめえはよ! 最初にさん付けしなかったら文句言ってきやがったくせによ!」


「あれは初対面にもかかわらず、あなたが必要最低限の礼節も弁えていなかったからでしょう!」


「あんたが先に喧嘩ふっかけてきたからだろうがよ!」


「何です! やりますか!」


「上等だよ! 表出ろ!」


「はいはい、二人共。 そこまでにして、ね!」


 面白い半分、段々仲裁するのが面倒くさくなってきたのが半分といった感じの霧島。


「……で、お互い第一印象最悪の状態でぶつかり合って、まあ、そのおかげで地、固まったみたいな感じなんですけど、あそこまでぶつかり合って、今更さん付けで呼ぶのもカエラさんが、くすぐったくなっちゃったんですよ」


「くすぐったいんじゃありません! 気持ち悪かったんですよ!」


「それにあなた、私にさん付けする時だけ何か小馬鹿にする様な言い方するじゃないですか!」


「俺がいつ、そんな事したよ!」


「とにかく! 気持ち悪いんです!」


「まあ、私は死神としての礼節を弁えていますので、あなたみたいな生意気な男にも、ちゃんと感情を押し殺して、敬称は使って差し上げていますけどね!」


「てめえ、本当いい加減にしろよ! マジで! つか全然感情のままの言動しか見てねえけどな!」


「…… と、いうわけで今に至ると」


「なるほどな~。 つまり……」


「二人は愛し合ってるという事やな!」


「だからちげえよ!」

「だからちがいますって!」


またもや二人をからかって爆笑する京子。


「ちょっと、さっきから真似しないでもらえます!」


「そっちが真似してんだろ!」


「息ピッタリやん~! ウケるわ~!」


「まあ、実際昨日の怪物とやりあった時、抜群のコンビネーションを発揮したみたいですよ」


 霧島が思い出した様に昨日の報告を思い出した。


「あら~! そうなん?」


「やめて下さい! ひどく心外ですね!」


「こっちのセリフだ!」


「ったく! まあ、とにかくだ! 余裕でお釣りが来そうな位に元気な様で何よりだ!」


「言い方がかんに触りますが、まあ、どうも!」


 もう埒が明かないのでこの話をしめようとする黒崎とカエラ。


「ただ、いざという時の戦闘に支障が出ない様に、右腕を回復させるとなると、どうしても一週間位はかかるそうです」


「そうか…… まあ、今は療養に専念してくれ。 復帰してもらったら嫌でも暴れてもらう事になるだろうからよ」


「ええ。 一日でも早く治す様に務めます」


「それと先程も少し言いましたが、あなたも本格的にレベルアップした方がいいですよ。敵の狙いの一つは明らかにあなたみたいですからね」


「昨日の下っ端レベルならまだしも、それ以上の刺客には、今のあなたのレベルでは対応できないでしょうからね」


「ああ。 悔しいがその通りだ。 つっても漫画やゲームじゃねえんだから、そんないきなり短期間で急激に強くなれって言われても何をどうしたものか……」


「いえ、基礎体術はそこまで悪くはないので…… まあ、ずば抜けてセンスを感じるとも思いませんが」


「って、おい!」


「ただ! 生前から相応の修羅場を潜ってきたのか、純粋に戦い慣れてる…… というか喧嘩慣れしてる上に戦略的頭脳というか、その性格の悪い頭というか、相手の心理や場の状況を利用するのには長けているみたいなので、後は気のコントロールや応用技術を磨けば、即席かもしれませんが、そう簡単にはやられない様になると思いますよ」


「性格悪いは余計だけどな」


「まあ、鍛えるべきところは霧島君はじめ、自分達もフォローしていきますよ。 少なくとも、自分の身は自分で守れる様にはなってもらわないと!」


「ええ。 僕も協力は惜しみません」


「ああ。 すまねえがよろしく頼む」


「そしたらカエラ。 これから治癒の湯に浸かりに行こか。 一日でも早う治したいんやろ?」


「ええ。 そうですね。 ギブス外した方がいいんですよね?」


「せやな。 濡れても大丈夫仕様やし、そのまま突っ込んでも治癒効果はあるけど、直に傷口につけた方が治りが早いからな。 きついかもしれへんけど、うちもフォローするさかい。 一緒に行こか」


「そうですね。 お願いします。 お二人はまだ時間ありそうですけど、どうするんです?」 


「あ! せやせや! 二人共! 会議夕方からやろ! 大分疲れとるみたいやからあんたらも湯に浸かって、その後にマッサージでも受けてから行ったらいいんやない? 多分丁度良い時間になるんちゃうん?」


「マッサージもあるのか!」


 黒崎の顔が少し緩む。


 正直ほとんど疲れがとれてないからマッサージという響きは非常に魅力的に感じた。


「ええ。 と、いうか正直それも込みで、予定に入れていました。 事務所のシャワーは混んでてすぐ出ましたし、少しでも疲労を回復できるうちにしておかないとと思いまして」


「はっきり言って、今後はさらに忙しくなってくるでしょうからね」


「そうだな…… そうさせてもらうか」


「確かに、時間は有効活用して有事に備えた方がいいですね」


「そういうこと! いざという時ヘロヘロやったら洒落にならへんからな!」


「では僕らもこれ食べ終わったら行きましょうか」


「そうだな」


「ではお二人共、お先に失礼します」


「お先や~」


「ええ。 お疲れ様でした」


「お疲れ」


こうして先に食事を済ませたカエラと京子が席を立つのだった。

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