第23話 不気味な視線

「流石司令! 仕事が早いです!」


「ふふ。 あなたもね」


「彼女から連絡を受けて、侵入者が複数いる可能性も考慮し、監視システムを作動させつつ怪しい気配の持ち主がいないか直接探ったら、案の定出てきたわね」


「一応部下達に、まだ辺りを警戒させてはいるけど、おそらく先程捕らえた四人で全員でしょう」


「まとめて縛り上げて、そのまま事務所前にぶん投げて部下達に預けてきたわ。 あなた以外は今頃取調室よ」


「何だと! そんな馬鹿な!」


 いざという時の為に忍ばせていた仲間達もあまりにもあっさり全員捕まった事に驚きを隠せない偽者。


「おいおい! 手際良すぎだろう! まだ一〇分も経ってねえぞ!」


「くそ! こんなはずじゃ!」


 そう言ってショックを受けている偽者が、突如光り輝く糸状の物が何重にもなって腹部辺りを両腕ごと縛り上げられる形で拘束されていく。


「な、何だ! これは!」


 糸状の物はメアリー司令の着けている、独特なグローブの指先の先端から出ている様に見える。


「迂闊に抵抗しない方がいいわよ。 下手に暴れると真っ二つよ」


「それと、これから始まる取り調べでは素直に知っていることを全て話してもらうわ。 あまり煩わせると『死ぬより辛い目』にあう羽目になるから、そのつもりで……」


「捕らえたのは後、四人もいる…… あなた一人がどうなろうと別に私はかまわないけど」


「『真摯に』取り調べには受け答えする事をおすすめするわ」


「ひっ!」


 普段、基本的には温厚なメアリーとは思えない程に冷酷な表情だ。


 任務時において、プロとして必要に応じて非情になる彼女の姿勢と、静かだが只ならぬ闘気を漂わせているその表情は、決して只の脅しではない事を物語っていた。


 黒崎とカエラはその迫力に寒気を覚えながらも静観している。


 完全に戦意喪失した偽者をメアリー達は事務所の取調室に連行する事にした。


「連れて行くわよ」


「は!」


「了解っす」


 メアリーが先に歩き、黒崎とカエラが偽者を挟むようにして連行する形で事務所の方向へと歩いていく。



 しかしそこで黒崎はある異変に気付く。


「? ちょっと待て…… 何かそいつの首の下、鎖骨まわりのとこ…… うっすら赤く光ってねえか?」


「え?」


「何ですって?」


 確かに偽物の鎖骨付近…… というか、まるで身体の中から光がにじみ出ているかの様に、それも次第に色が大きくなっていく。


「な、何ですかあ! これはあ!」


 偽者が大きく狼狽える!


 嫌な予感しかしない!


「…… ! まさか!」


「ちっ!」


「二人共、離れなさい!」


三人共全てを察し素早く離れる!


「黒崎さん! 捕まって!」


「おわ!」


 カエラは黒崎の走った先に素早く先回りして、無理矢理彼の腕を左手で掴み、自らの方へ引き寄せ、思いっきり飛ぶように下がった。


 次の瞬間!


 偽者の身体が大きな爆発をおこした!


 凄まじい爆発音と衝撃が辺りを襲った。


 それと同時に別の方向からも同様の爆発音が発生していた。


「くっ! まさかこんなものを仕込んでいたなんて!」


 メアリーだ。 咄嗟に障壁の様な物を展開していて無傷で済んでいた。


 偽者は跡形もなく、木っ端微塵に吹き飛んでしまっている。


「二人共、無事!」


 二人がいるであろう、自分とは反対側の方向に向かって声をかけるメアリー。


 爆発による土埃が収まってきて互いの姿が確認できる様になってきた。



「え、ええ! 何とか……」


「す、すまねえ…… 助かったぜ」


「いえ、こちらこそ…… すぐに気付いてくれて助かりましたよ。 おかげで、ぎりぎりで間に合いました……」


「痛!」


「! おい! けがしてんじゃねえか!」


右腕を負傷し、そこからかなりの出血をしているカエラ。


「障壁をかけたとはいえ、不安定な体制で咄嗟に、でしたからね…… まあ、この位なら大した傷ではありませんよ」


「けどよ!」


 カエラは黒崎を左手で引き寄せた後、もう片方の右腕の方で障壁を、地に足が着いていない状態で張ったのだ。


 右腕を抑え激痛が走っている筈なのに、なるべく表情に出さない様にするカエラ。


 実際には、決して浅い傷ではなさそうだ。


 自分に構わず、一人で安定した体制でしっかり障壁をかけていたら、メアリー同様無傷で済んでいたかもしれない。


 自責の念に駆られる黒崎。


 だがそんな黒崎に、こんなのは慣れっこと言わんばかりに、そして今は他に優先すべき事があるかの様に声を発するカエラ。


「大丈夫です! それより爆発音が他の所からも聞こえましたが……」


「まさか!」


「先程拘束した連中にも!」


「カエラ君! 本当に大丈夫なの!」


「ええ! 問題ありません!」


 カエラの傷も気がかりだが、カエラの強さと覚悟を無駄にしない為に、そして司令としての責任を果たす為に事態収拾、確認に急ぐメアリー。


「そう…… だったら申し訳ないけど、私は被害状況とケガ人の確認に向かうわ! 黒崎さんは先にカエラ君の応急処置を! 二人共後から来なさい!」


「おう!」


「了解です!」


 メアリーは事務所の方へ、黒崎は自身の袖を破り、カエラの負傷した腕の止血と固定をした。


「すまねえ。 今はこんな事しかできなくて……」


「十分です! それより私達も行きましょう!」


「ああ……」


「…… ?」


「? どうしましたか?」


 辺りに視線をまわす黒崎。


「…… 気のせいか? …… いや……」


 一瞬、妙な視線を感じたが…… 今は感じなくなった……


 くそ! 気になるが今は後回しだ!


「黒崎さん?」


「悪い! 何でもねえ! 」


「急ぎましょう!」


「ああ!」


 二人も同じく爆発音のあった事務所の方へと向かうのだった。


 そして先程まで近くの上空から現場を見下ろしていた、虫の様な物が飛んでいる。


 その虫の目にカメラの類が仕込んであるのか、それを通して、遠い別の場所から一部始終を見ていた者達がいた。




    *    *     *




「ふふ。 怖い怖い。 危うくバレる所だったねぇ」


「中々、感の鋭い男の様だ。 実力の程はわからなかったが……」


「そうだね~。 けど少なくとも女性二人の方は、かなりの使い手みたいだね」


「ああ、そのようだな」


「ふん! にしたって、あたしらの敵じゃないけどねえ!」


「おお! 頼もしい!」


 遠く離れた地の、とある施設の薄暗い部屋。 モニターが置いてあるその部屋には、三人の男と一人の女が立っていた。


「にしても、あのクズ共! 『あわよくば捕獲。 無理なら偵察まで』が命令だったのに勝手に暴走して交戦した挙句、あっさり返り討ちにあいやがって! 本当使えないねえ!」


「まあまあ。 力に溺れて自分の器も理解できてないゴミも処分出来た上に、面白いものも見れたって事でいいんじゃない? あんな使えないのが沢山いても正直戦力どころか邪魔になるだけだしね」


「つか、あれらはあんたの管轄だろ! ちゃんと教育しときな!」


「わかってるって~。 そう怒らないでよ~。 これでも反省しているんだからさ」


「ふん! どうだか!」


 髪の短い、瞳の奥には何か狂気じみた光を宿す軽妙な口ぶりの男と、髪の長い気の強そうな女が言い合いをしている。


「しかし、これで向こうの連中に、さらに警戒される事になってしまったな。 今後は多少は骨が折れそうだぞ」


 筋骨隆々な身体つきで二人に比べて寡黙な雰囲気を出す大男が口を挟む。


「それならそれで楽しそうじゃん!」


「ふん! やれやれだよ。 ったく!」


「で、結局あんたのお目当てのものは捕獲できなかったけど、この後どうすんのさ?」


 女の視線の先にはフードを被った眼鏡をかけている男がいた。


「あんなただの人間の魂に何をそんなにご執心なのか知らないけどねえ」


「あの男に何かあるのか?」


「…… 今はまだわからん。 が、閻魔大王がわざわざ、ただの人間に仕事を手伝わせるとは思えん。 まだ確証はないが、おそらくは……」



「もし! 『そうだとしたら!』奴は私が直々に始末してやらねばならん!」


 憎しみをあらわにした表情をうかべるフードの男。


「お~、怖い怖い。 まあ、詳しい事情は知らんが、せいぜい頑張りなよ」


「但しくれぐれも『計画』を私物化するなよ。 『あの方』の大義の為に」


「勿論だ。 その辺は当然、わきまえている。 私の『あの方』への忠誠は絶対だ!」


「ならいい。 無論、我らも『あの方』の目指す新世界への道筋を支え続けると誓っている」


「ああ、我らの全ては『あの方』の為に……」


「間もなく全ての準備が整う」


「今にみていろ閻魔大王、それに神々共よ…… その時が来るまで、せいぜい残りの余生を楽しんでおくんだな」



 不吉な言葉を並べる謎の人物達…… 天界の平和が刻一刻と脅かされようとしていた……


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