第21話 暗雲

 今日泊まる部屋まで案内する黒崎と霧島。


「黒崎さん、霧島さんも。 ここまでありがとうございました」


「いえいえ」


「良かったじゃねえか。 前原さん! 天国行きで」


「ええ。 転生の道も選べたみたいですが、天国で暮らすのも貴重な体験だと思いまして」


「天国にも居酒屋とかあるみたいですね。 大王様が仰っていましたが。 黒崎さん、霧島さんも。 たまには一杯、この老いぼれにも付き合ってくださいよ」


「はは、機会があったらな」


「いいですねえ!」


 誰とでも親しめそうな人柄の前原に、つい話し込んでしまう黒崎と霧島。


 だが、二人の仕事はまだ終わっていない。


「それじゃ、僕らも事務所に戻って書類処理とデータ入力ですね」


「ガチでハードスケジュールだな。 生前の解決屋業務で慣れてるけど。 あんたらも大変だな! こんなの毎日だろ」


「はは、本当ですよ」


「それじゃな、 前原さん。 明日の朝、天国に案内させてもらいにくるからよ」


「失礼します。 今日はゆっくり休んでくださいね、前原さん」


「お二人共何から何までありがとうございます。 仕事、あまり根詰めすぎない程度に頑張って下さいね。 それじゃ、お休みなさい」


「ええ。 お休みなさい」


「お休み」


 二人は部屋のドアを閉め、エレベーターで一階ロビーまで戻ってきた所で霧島のポケットから着信音が鳴り響いた。


 小型通信機…… というか見た目完全にスマホだな…… まあ俺も持たされてはいるけど……


 まさかあの世もスマホみたいなのがあるとは…… とか細かい事はもう黒崎は考えない様にしていた。


「あ、すいません黒崎さん。 ちょっと失礼します」


「ああ」


 霧島はそう言って通信に出る。


「はい、霧島です。 ……ええ ……ええ …… そうなんですか…… 了解しました。 これから向かいます」


「どうした、霧島?」


「すいません黒崎さん! どうやらもう一件、死亡の案件が発生したみたいです。 このまま下界へまた行ってきますので黒崎さん、申し訳ないんですが僕の分の書類、持って行ってもらえます? 司令に報告して、僕のデスクの上に置いといてくれればいいので!」


「まじかよ! 今から行くのか? もう夜の九時になるぞ! 災難だな、あんたも。 俺も付き合おうか? あんた一人だけまた下界へUターンさせんのも悪いし……」


「いえ、お気持ちだけで。 往復して事務所だと大分遅くなってしまうし、黒崎さんも疲れてると思うので。 一件だけなので、僕一人で十分ですし」


「そうか? ならいいけどよ」


「ええ。 仕事が終わって帰ったら、もしあれだったら先に食事をとって休んでても大丈夫ですよ」


「わかった。 そうさせてもらうよ」


「それじゃ、お疲れさん」


「お疲れ様です」


 二人はホテルの外から事務所と駅の方向へ別れるのであった。






 事務所へ戻ってきた黒崎は報告と事務処理を終え、天界へ滞在するまでの間、貸し出されたホテルの部屋へと帰路につこうとしていた。


 ちなみに霧島も本来自宅があるのだが、黒崎のお目付け役という事で、同じ部屋で寝泊まりしている。


「それじゃ、お疲れです」


「お疲れ様。 黒崎さん、どう? 仕事、大分慣れてきたみたいだけど」


 黒崎に声をかけるメアリー司令。


「かなり体力勝負ですけどね。 まあそっちよりデスクワークの方が俺的に性にあわないっていうか、だるいっすね」


「だるいとは何ですか黒崎さん! もっと普段から責任ある態度をもってですね!」


 カエラだ。


 一定以上認めてくれたとはいえ、死神として誇りと責任をもって仕事をしている真面目人間タイプの彼女は、黒崎のその態度を普段から強く戒めようとしている。


「ちっ ほんっと口うるせえ女だな!」


「何ですって!」


「二人共、じゃれ合うのはその辺にしておきなさい」


「じゃれてねえよ!」

「じゃれてないです!」


 同時に反論する黒崎とカエラ。


 文句言い合っている割には、息がピッタリというか……


 …… 何だかんだ気が合うのかもしれないわね……


「そんなに無駄口叩く余裕があるなら戦闘訓練でもしますか? 気の扱い方もまだまだみたいですし」


「いや、さすがにもう帰って休ませてくれよ。 訓練は霧島にもちょこちょこ付き合ってもらっているし」


「大体、気を大きく発動させる機会なんてあるのかよ? 死者の魂も人間と動物だけなんだろう? 俺も人間にしてみたら、まあまあ腕が立つ方だと思うし、暴れる奴が出ても気を使わずにどうにかなりそうだし、つか実際なってるし、今のところ。 あんたら死神の強さなら尚更そうだろ」


 黒崎は前から抱いていた疑問をぶつけてみた。


 普通に考えたら黒崎の言うとおりである。


 常人レベルの死者の魂相手に、何故気の扱い方等必要なのか……


「そういう相手ばかりでもないんですよ……」


「? どういう事だ?」


「まあ、厄介な場合もあるって事よ。 無いに越したことはないけど、ね……」


 厳しい表情をするカエラとメアリー……


「とにかく! 最近は物騒な事件もそれなりに発生しているんです! あなたも少しは腕を上げておいてください!」


「まあまあ、カエラ君。 あまり根詰めすぎると彼も参ってしまうわ。 焦らずやっていきましょう」


「黒崎さん。 死者の魂にも実はあなたが思っているより色々あるのよ…… まあ、それはまた、おいおいね。 もうこんな時間になってしまったし、二人共先に上がって頂戴。 私は霧島君を待たないといけないから」


「わかりました。 それでは司令、お疲れ様です。 お先に失礼します」


「お疲れっす」


「お疲れ様。 二人共ゆっくり休んでね」


 事務所を出る黒崎とカエラであったが、前方の少し離れた所から、こちらに向かって歩いてくる者がいた。




「? 霧島?」


「え?」


「やあ、お疲れ様です! 二人共、今帰りですか?」


「ああ、そうだが…… やけに戻りが早いな! 霧島」


「そうですね。 あの時間から下界へ戻って死者を大王様の所まで案内するとなると、ここに戻ってこれるのは、後一時間位はかかると思いますが……」


「ええ。 実はあの後、友人の死神にバッタリ会いまして! 彼も下界へ向かうそうだったので、そのまま押し付けてきちゃいました! やっぱりまだ天界が不慣れな黒崎さんを一人にするのは申し訳ないので!」



 …… 少し違和感を覚える黒崎とカエラ。


「そうか…… そういえばお前、ライターをさっき下界へ落としたって言ってなかったか? こないだ買ったブランド物のやたら高いの…… てっきりそれも探してくると思っていたが……」


「え、ええ! ですのでそれもついでに、友人に頼んできたんですよ! 落とした場所も検討がついてましたし、普通の人間には見えないので、まだその場所に落ちていると思いますし!」


「そうなのか…… まあ、見つかるといいな」


「ええ。本当に!」


「それより二人共、もう仕事上がりですよね? これから食事にでも行きません?」


「…… 『どうする?』」


 目を合わせて確認する黒崎とカエラ。


「いいですね! あ! でもいっけない! 私、さっき司令当てにメールがきていて、急ぎの案件だったのを伝え忘れていました! すいませんが、お二人共先に行っててもらえますか! すぐに追いつくので!」


「! …… そうなのか。 わかった。 『なるべく早く』来てくれよな」


「ええ! それでは『また後程!』」


「店決まったら連絡いれますね!」


 そう、やり取りした後、カエラは事務所へ戻っていった。


「それじゃ、黒崎さん! 先に行ってましょうか!」


「ああ…… そうだな」


「何食べに行きます?」


「ん~、そうだなあ。 和食系で美味い店って近くであるか?」


「和食ですか! いいですね! そうしたらどこがいいですかねえ……」


霧島は黒崎の右隣に並んだ状態で駅の方向へ共に歩き始める。


「あ、そうそう。 それとさっきからずっと気になってたんだけどよ……」


 黒崎がそう言っていると、何と霧島の背中から黒い腕のようなものが出てきて先端を長く尖らせた形状で、黒崎の死角から襲い掛かる為に、その腕をまわし黒崎の背に照準を合わせる!



「何です…… か!」



 そう返事をしながら仕掛ける霧島!



 次の瞬間!








 強烈な打撃音が辺りに鳴り響く!






 黒崎がノールックで霧島の顔面に瞬時に気を纏った拳で、カウンターで裏拳を叩き込んだのだ!



「ぐっ!」


 たまらず後退する霧島!


「くっ黒崎さん! 何を!」


 その問いに黒崎は、こう問い返す。



「お前誰だ…… 霧島じゃねえな!」

 


 二人の間に緊張と殺気が走る……

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