第五章 動き出す闇……

第20話 通常業務

「ほら、さっさと行くぞ」


「ああ! まさか俺が死んじまうなんて!」



 あれから数日……



 祐真との別れから黒崎は主に霧島と組んで死神業補佐という解決屋の依頼に勤しんでいた。


 元々、生前に解決屋としてレパートリーに富んだ依頼内容をこなしてきた黒崎は比較的順調に死神業務を覚えていった。


 そして今も死者の魂の案内業務を行っている最中である。


「鈴村浩平 二十七歳。 そこの通りでお婆さんからバッグをひったくって逃げてるところを、信号無視で飛び込んだ先にトラックに轢かれ死亡、と」



「…… バカなの? お前」



「うるせえ! 死神だか何だか知らねえが偉そうに! てめえなんかに死んじまった俺の気持ちなんかわかんねえよ!」


 いかにも小物臭い雰囲気を漂わせている鈴村と呼ばれた男は、ひどく動揺して喚き散らしていた。


「死神じゃなくて死神補佐なんだが…… 同じ車に轢かれた者同士でも、あんたみたいなクズには同情の余地もねえし、気持ちなんかわかりたいとも思わねえが……」


「あ? 何訳わかんねえ事言ってやがる!」


「まあとにかく、今説明した通り、あんたは死んだんだ。 で、これから天界っつって、まあ、あの世だな。 そこにいる閻魔大王様のいる所にあんたを案内しねえといけねえから、だからもう行くぞ。 な!」


「ふざけんな!」


「何だよ閻魔大王て! 俺をどうする気だ!」


 まあ、いきなり自分は死んでるだの今からあの世で閻魔大王に会いに行くだの告げられても納得しないのが大半だろうし信じられないだろうな。


 正直自分の時もわけわからんって思ったしな。 初めて霧島に出会った時、話が全然進まないからってんで、まず自分が死んだ事を受け入れてって言われたのを思い出すな。


 今ならあいつの気持ちも少しはわかる……


 これ、死者に一連の説明するの、すげえ面倒くせえな!


 流石に今のこの男程、あの時の俺が面倒だったとは思わんが……


 とりあえず何とか天界へ引っ張っていかないとな。


 そういう思いを巡らせ、黒崎は鈴村の説明と説得を続ける。


「だ~か~ら、大王様に天国行きか地獄行きかあんたの今後の判決を下してもらうんだよって何度も言ってんだろ! ったく面倒くせえな! 本当に!」


「いつまでも駄々こねんな! さっさと行くぞ!」


「ふざけんな! 行ったら最期、どうせ地獄行きにされんに決まってる!」


「まあ、そうかもしれねえけど、ん~、どうだろうな…… 一応あんたの犯罪歴も一部拝んだが、確認した限り、しょうもないレベルの犯罪ばかり。 ま、いわゆる小悪党ってとこだけど、地獄行きの基準がイマイチよくわかんねえから何とも言えねえんだよなあ」


「ま、あんたが死んだのは自業自得だし、大王様はできた人だから、どっち行きにしろ、ちゃんと反省して、償うんなら償っていけば、そのうち罪は許されるんじゃねえの? 多分だけど」


「誰が小悪党だ! 誰が! 冗談じゃねえ! そんな所に俺は行かねえぞ! このままバックレてやるぜ!」


 全く生前の行いを反省しないばかりか大王の判決を恐れ、鈴村は無謀にも逃げようとする。


 当然、黒崎がその道をふさぐ。


「逃がすわけねえだろ」


「うるせえ! 邪魔すんじゃねえ!」


 黒崎に殴りかかる鈴村。 が、あっけなく制され逆に投げ飛ばされる。


 無駄のない動き。 ジークンドーの他に合気道の類も生前習得していたのだ。


「ぐわ!」


「な、なんだこいつ! 馬鹿強え!」


「いい加減にしろよ…… これ以上、手間取らせんなら両足へし折ってでも連れて行くぞ。 魂だけでも痛みや怪我はあるからな」


 途端に凄みとドスを利かして、鋭い眼光で鈴村を威嚇する黒崎。


「ひっ! たっ助けてくれ! な! 頼む! 見逃してくれ!」


「もう一度だけしか言わねえぞ……」



「さっさと来い!」



「! うぅ……」


 流石にもう観念して黒崎に従う鈴村。 


 意気消沈といった感じだ。


「こいつが例の手錠か。 まったく、便利な物があったもんだな」


 黒崎は解決業務初日に霧島から渡されていたアイテムがあった。


 先程の鈴村の様に抵抗する暴徒を拘束する天界特製の手錠である。


 下界の警察が扱っている代物より桁違いに頑丈に出来ている上にスイッチ一つで電流を浴びせられる優れものだ。


 鈴村を手錠で拘束し、黒崎は霧島を待たせている場所へ向かった。


 鈴村が中々ついてこなかったので、事前に接触した、もう一人の死者の魂を霧島に一端預け、先に天界行きの駅に向かって、待ってもらう事にしていたのだ。


 そして、無事に合流を果たす黒崎。


「悪い、待たせたな」


「いえ、全然大丈夫ですよ」


「あんたも待たせてすまなかったな。 前原さん。 この馬鹿が暴れやがってよ!」


「いえ、大丈夫ですよ。 しかしまだ実感ないんですよねえ。 自分が幽霊になっちゃうなんて。 天国とか地獄って本当にあるんですねえ」



 前原省吾。 享年八十三歳。 心筋梗塞を患いそのまま病院で家族に見守られたまま他界。  

 

 鈴村と違って、こちらのご老人は穏やかな善人といった感じだった。


 しかもこの状況を割とすんなりと受け入れている。 


 意外と肝が据わっている御仁だ。


「ま、俺も驚いたけどな」


「え?」


「何でもねえよ。 あんたは罪人って感じじゃねえから大丈夫だと思うけど、一応大王様には失礼のないようにな」


「ええ。 わかりました。 しかしまさか死神に続いて閻魔大王様にまでお会いできるとは…… 人生不思議な事があるものですなあ。 長生きはしてみるものですじゃ」


「はは、もう死んでるけどな。 まあ、ちゃんと人生全うして、あんたも満足そうな顔していて何よりだよ」


「ありがとうございます」


「おっと! そろそろ列車が来ますね」


「それじゃ、行くか」


「よろしくお願いします」


「うぅ…… 何でこんな事に……」


 対照的なリアクションをする二人であったが、黒崎と霧島は列車に二人を乗せ天界へと向かった。





 天界へと辿り着いた黒崎と霧島はそのまま大王のいる閻魔大王の城…… とは名ばかりの、やっぱり何度見ても、見た目が只のビルにしか見えないのだが…… 


 ほぼ毎回といっていいほど、連れてきた死者の魂達からもツッコまれるし…… 


 気持ちはわかるが、そのツッコミにほぼ毎回対応するのも面倒くさくなってきたんだよなあ……


 まあ、いい。 とにかく! 


 そこの受付を済ませた後、順番に魂を奥の大王の間へ連れて行く黒崎と霧島。


そして、判決は下され…… まあ、もろもろ予想通りの結果だったな。


 鈴村は黒崎に対する暴行未遂もペナルティに付け加えられ、それが痛く付いたのもあり、地獄行き百年の刑に処された。


 対して前原さんは生前、身体がまだ健康だった頃は自身でボランティア団体を設立、それらを率いて積極的に慈善活動を行い、それ以外にも友人達の悩みにも積極的に相談にのっていた。 実際多くの方にその死を惜しまれ、愛されていた。


 当然、天国行きになった。


 転生の儀を優先的にまわしてもらえる事もできるが本人の希望で天国を満喫したいとの事だったので、そこで話は落ち着いた。


 今日はもう遅いので手続きをして鈴村を一旦、留置所へ送り、前原さんをホテルまで案内し、翌日天国へ案内する形になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る