第四章 築いた縁、そして別れ

第17話 再会

 久々の人間界……


 俺は霧島と共に死神業補佐という解決屋への依頼の為、新宿へと舞い戻ってきていた。


最も、今の俺は死んで魂だけの存在になってしまっているが……


 まあ、何にせよ、ようやく仕事初日! 気を引き締めていかないとな!


そう心の中で静かに気合を入れる黒崎に霧島が声をかける。


「黒崎さん。 予定の時間より早めに人間界に降り立ったので寄り道していきませんか?」


「寄り道?」


「ええ。 せっかくなので黒崎さん的に、少し様子も見ておきたいんじゃないかと。 一応司令の許可は得ていますので」


 それを聞いて黒崎は霧島が何を言っているのかを察した。


「そういうことか…… わかった。 せっかくの好意だ。 あまえさせてもらうよ」


 少しの間歩いていくと、そこには一軒の喫茶店があった。


 そう。 黒崎の生前の相棒、情報屋の泉祐真の経営する店であった。


 霧島が気をつかい、上に許可を取った上で仕事前に黒崎をここへ連れてきたのだ。


「…… まだ一週間たたない位なのに、随分久しぶりな気がするな……」


「無理もありません。 大分濃い一週間でしたからね」


「僕はもちろん、黒崎さんも霊体なのでそのまますり抜けて入れますのでお店の中に入りましょうか。 わかっていると思いますが泉氏には我々の姿は見えませんので、その点はご了承下さい」


「ああ、わかってる」


二人は店の玄関からすり抜ける形で店内へと足を踏み入れた。


店内に入るとカウンターの向こうには、新聞を広げて煙草を吸っている祐真の姿があった。


本人用に近くに酒の注がれたグラスがある。


普段閑古鳥が鳴いている店にしては珍しく何人か客がちらほらだが入っていた。


黒崎はよく見るとその客の全員が、かつての依頼人や知人である事に気付いた。


そしてカウンター席には誰も座っていない席に、一本のボトルが開けられ、壊れた腕時計と一緒にグラスが置かれていた。


その腕時計は黒崎が生前愛用していたものだった。


グラスに注がれている酒は、色合いや香りからして、祐真が飲んでいる酒と同じものであると思われる。


さらに店にあるテレビには何か映画の様なものが流れている。


「この店にしては混んでいるな」


「マジですか? これで? この店経営大丈夫なんすか?」


「本職は情報屋だからな。 そっちの稼ぎがそこそこあるんだとよ」


「ああ、なるほど」


黒崎は霧島と会話を交わしつつ、グラスの置いてあるカウンター席へと座った。


「これは……」


「? 有名なお酒ですか?」


 置かれているボトルを見て驚く黒崎。


「ああ。 年代物の高級ボトルだ。 でかい仕事をやり終えた後は、よく二人で開けて少しずつ飲んでいたよ」


感慨深くそのボトルを見る黒崎。 死んでいるから、グラスに触れず飲めないのが少し悔しそうな顔をしている。


「そうなんですね……」


「という事は、やはりお高いんですよね?」


「ああ。 まあな」


「なるほど…… これが彼の…… いや、『彼ら』からあなたへの手向けってことですか」


「何?」


霧島は黒崎にあたりを見渡す様促した。


「おかしいと思ったんですよね。 ここは一応、喫茶店なのに相棒の泉氏はともかく、『お客さん全員に』お酒が注がれたグラスが出されているから」


「!」


「おそらく、全部同じ代物ですよ…… 実はここ数日、黒崎さんと離れ仕事に戻っていた合間にこの店の様子を見に来ていたんですよ」


「そうだったのか!」


「ええ。 同じ様に連日かわるがわる、黒崎さんの元依頼人や知人と思しき方々が次々とこの店に入ってきては泉氏は『全員に』こちらのお酒を提供していましたよ。 確実にボトル一本二本では済まないでしょうね」


「おいおい、マジかよ…… 変に義理堅いというか、死んじまった奴への手向けにいくらかけてんだよ。 馬鹿野郎が……」


 呆れた表情四割、感謝の気持ちが滲んでいる表情六割といった顔の黒崎。


「葬儀も彼が率先して取り仕切ったみたいですよ。 結構な数の方々がいらしていましたね」


「そうかい。 そいつはありがてえな」


祐真がグラスに手を伸ばし酒を飲む。


すると客の一人が祐真に話しかける。


「しっかし祐真さん。 いいのかい? 俺達にまで黒崎さんとの思い出のボトルを分けてもらっちまって。 しかもこれ相当高いやつだろ!」


「大丈夫だって。 奴とキープしてたボトルは俺が飲んでるものだし、同じ代物をちょっとしたルートで、別に用意したのをあんたらに飲んでもらってるだけだからよ」


「しっかし、たった数日でよく用意できたな!」


「ま、いろいろとコネがあんのよ」


「でも、だとしたら尚更金かかったろ」


「まあね。 ただ大人数で飲むのをそこまで好む野郎でもなかったが、最期位、思い知らせてやろうと思ってね」


「思い知らせる?」


「解決屋という仕事を通して、てめえ自身が救ってきた人達や感謝している人、紡いできた縁ってのがどれだけいるのかをよ……」


「それで、葬儀の後、この店に来た連中には俺からボトルを少しずつおすそ分けしてんだけど、まさか一週間でここまでの人数が来るとはなあ…… まあ、さすがに俺も一気に金欠になったからボトルは今週一杯だけどな!」


「だから無理すんなって! 俺らにも金払わせてくれよ!」


「そうだぜ! 俺達、皆あんたらには感謝しているんだぜ!」


「そうだよ! 泉さん!」


他の客も次々と声を上げていった。 みな、本当に解決屋に救われた者達なのだろう。


「ああ、いや! これは俺が勝手にやっていることだ。 受け止るわけにはいかねえ。 気持ちだけもらっとくよ。 ありがとな」


 周りの客の心づかいに感謝しつつ、宥める祐真。


「しっかし、こんな粋な事をするなんて、本当に最高のコンビだったんだな。 憎まれ口叩きあっていたけど仲良さそうだったし!」


「そうそう!」


客達が祐真にそう言うと彼は否定する様に手を振った。


「おいおい、よしてくれよ! この年で仲良しだなんて気持ち悪い! 俺はやりたい様にやっているだけさ。 それ以上でも以下でもねえよ。 昔も今もな。 そして、それはおそらくあいつも同じだっただろう」


「…… 最後にてめえの命と引き換えに子供を庇って逝っちまうとはねえ…… おかげでこっちは仕事の負担が増えるっつーの! 今回のボトル代も含めてな!」


「そういやその後、例の子供さんは大丈夫だったのかい?」


話題は黒崎が助けた子供の話になった。


「ああ。 親御さんにはこれでもかという位、頭を下げられたから、まいっちまったよ。 けど子供の方はほとんど無傷だったし、精神的にショックを受けてんじゃねえかって心配だったが親御さんもしっかりしてたし、そのあたりも大丈夫そうだったよ。ま、一応何かあったら連絡くれと名刺だけ渡しておいたけどな」


「そうかい。 そりゃ良かった」


子供やその親御さんも大丈夫そうで少しほっとした様子の黒崎。


「よかったですね」


「ああ…… そうだな」


霧島も少し安心した様子だ。


「皆さん良い方々ですね。 そしてあなたは本当に多くの方々を救ってきたようだ。 こんなに慕われて……」


「大袈裟だよ。 あくまで解決屋として仕事をこなしてきただけさ。 ま、こんな俺なんかを気にかけてくれんのは、ありがてえけどよ。 こっちこそ感謝してるさ」


「そうですか」


どこか満足気な顔をしている黒崎に霧島も笑みがこぼれる。


「しっかしあれだなあ~! あいつの最期に借りてきたDVD、調べて手に入れてきたけど……」


「……正直微妙だよな~!」


「だよな~!」


「確かに微妙だわ~!」


「ほら、あいつってさ、B級映画とか聞いた事もねえマニアックなのばっかり借りてくんだけどさ~、たまに俺も、もしかしたら隠れた名作? 発掘できるかも! なんて淡い期待を抱きつつ、見る事もあるんだけどさ……」


「八割はずれなんだわ!」


「いや、ホントたま〜にマジで当りなのも混ざってるっちゃ混ざってるんだけどよ!」


「…… 確率低いよな~」


「やっぱそうなんだ!」


「だよねえ~!」


「いや、俺もこないだやたら勧められた映画あってさ、そんなに言うんならってんで見てみたらさ、正直つまんねえんだよなあ!」


「それな!」


急にイジられ始めた黒崎。


店内に流れているテレビの映像は黒崎が死の直前借りに言ってたDVDの様だ。


「しかも本人ニヒルでクールな感じ気取っている割には情にあついんだよなあ!」


「そうそう。 しかもあの顔で大のスイーツ好き!」


「そうそう! 笑っちゃうよな!」


「はははは!」


周りが一気に笑い声で埋め尽くされた。


さっきまでと一転苛立つ黒崎。


「やっぱシメテいいか? こいつら全員!」


「大人げないですよ。 愛されているじゃないですか」


「いや、絶対ちがうだろ!」


「第一、霊体なんですから無理ですって」


笑いながら黒崎を宥める霧島。 ちょっと楽しそうだ。


「…… 本当に、惜しい人を亡くしたな……」


「ああ、全くだぜ……」


強がって明るく振舞っても、皆、黒崎の死を認めたくない部分が強く残っている。


冷静にもどって、ふと黒崎がこの世にはもういない事への喪失感に襲われているのだった。

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