第9話 黒崎の決断
今まで冷静に静観していた霧島に至っては驚きのあまり大声を出してしまっていた。
「はっは! いや~、二人共良いリアクションするねえ! 特に霧島君! 今まで見た事ない位、面白い顔になっているよ!」
「いや~、実は天界も人手不足でさあ! 死神も天使も手が足りてないからしばらくの間彼らの仕事をサポートしてくれる者を探してたんだよねえ!」
「これぞ渡りに船! 生前、解決屋を営んでいた君にピッタリの仕事だと思うんだよねえ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あ、いや下さい! さすがにいくらなんでも無茶苦茶すぎですよ!」
閻魔大王の予想外すぎる提案に動揺しながら意見する黒崎。 無理もない。
ここは人間界ではない。
死者の魂や死神、天使等が存在する天界だ。
こんなフィクションじみた世界でただの死んだ普通の人間の魂でしかない自分が、これまでの様に何でも屋なんてできるわけがない。
そこに霧島も続く。
「お、恐れながら申し上げます! 閻魔大王様。 いくらなんでも、ただの人間の魂にすぎない彼を我ら死神や天使の仕事をさせるのは、さすがに……」
おそらく天界史上でも前代未聞の提案に、さすがに進言しようとする霧島。
「おっとすまない。 さすがに驚かせてしまったかな。 二人が懸念するのも当然だと思うが、まあ最後まで話を聞いてくれたまえ」
「昨今の天界の人材不足は、実は天界の上級神達の間でも問題にあがっていてね。 そこで試験的な意味合いで今後に役立つシステムを構築する為に、色々段階的に試してみようという事になっていてね」
「噂では聞いていましたけど本当だったんですね」
「しかし、それにしたって我らの仕事は責任重大です。 それを人に任すのは……」
「あくまで、君達の負担を少しばかり軽減させる程度の補助レベルさ。 先程も言ったが試験的な試みだ。 やるだけやって、それでも無理そうなら即座に中止できるからそこは安心してくれ」
あまり賛成できないがそういう事ならといった感じで一応の納得はする霧島。
その様子を見て閻魔大王は今度は黒崎に対して一種の交渉のような形で話を続ける。
「無論ただでとは言わない。 黒崎君。 報酬代わりと言っては何だが、もし引き受けてくれたら地獄行きをなしにして天国行きか、もしくは僕の権限で順番待ちしている他の魂達よりも、なるべく早く優先的に転生させてあげるよ」
「どうかな?」
「それはありがたいですが、仕事を手伝うって言われても元々俺は只の人間ですよ! いくら生前俺が解決屋をやっていたからと言っても天界の仕事を俺なんかが、うまくやれるとは思えない」
「まあ、そこはあまり難しく考えなくてもいいさ。 仕事の内容といっても死んだ者の魂のここまでの案内や死神の簡単な類の仕事の補助、書類整理やデータ入力とかがメインになってくるし、基本的には誰かしらついているからあくまでもその人の補助作業ってところだから」
「ですが……」
客観的にみれば魅力的な提案ではあるかもしれない。が、それでも首を縦に振ろうとしない黒崎。
「ふう…… 正直に言うと、死んでまで面倒事はご免こうむりたい。 それに俺は」
「別に地獄行きでも構わない、かな?」
「!」
「その位、目を視れば分かるさ…… と、いうのも本当だが実は先程からずっと君の魂を覆っている『色』を視させてもらっていてね」
「色?」
「ああ。 これは気を悪くしないでほしいんだが天界の者の中には私を含めて、ある一定以上の権限を持つ上級神やその類の者が持っている能力で、魂の色を視る事でその者の感情を理解する事ができるんだ」
「例えば太陽のように明るい金色だと、とても満足していて清々しい前向きな気持ちでいるとか、逆に黒い色は負の感情の類で、そこにさらに暗めの藍色の様な色も絡まりあっている感じに混ざっていると罪悪感、後悔、といった感じにね」
「そう、まさに今の君のような感じにね」
「まあ、さらに力を消費するが、より具体的な内容も調べようと思えばできるのだがね」
「……もはや何でもありですね」
「まあ、この能力も使うとそれなりに使用者も体力を消耗するから常に使っているわけではないけどね。 私の場合は仕事上、『死者の魂が私の質問に嘘、偽りなく答えているか』その内容次第で天国行きか地獄行きかの判断材料の一つにはさせてもらっているのだよ」
「もしかして、最初に俺の心を読んだのは」
「ん? ああ、あれはこの能力ではなく、ただの先読みや本質直観能力の類だよ。 武術の達人、もしくはチェスや日本でいうところの将棋…… っていうんだっけ? それらのプロや一流どころがよく使っているという」
「聞いた事ないかい? 一手一手がその数千手先を見越して打っていたり、その者の心理や本質を捉えるという」
「まあ、簡単に言うと洞察力のチート版みたいな感じだ。 閻魔大王ともなると色々身に着けておかないとまずいみたいでねえ先代の父やかつての教育係やら武術の師匠やらに半ば強制的に仕込まれてね」
「いやあ…… みんな容赦なかったなあ…… あれはあれである意味地獄の日々だった…… ああ、生きてるって素晴らしい……」
過去を思い出し、遠くを見る閻魔大王。
どうやら相当な修行時代だったようだ。
「オッホン! すまない。 少し話が脱線してしまったね」
「話を戻すが君の様子や感情を視てかつこれまでの話を統合する限り、君はこれまで解決屋としての仕事を通して依頼人の為に自身の心身を犠牲にしてきた節がある」
「そしてまるでそのはけ口として荒事の際には悪人や依頼人の障害になり自身の前に立ちふさがる者には過剰ともいえるレベルの暴力行為も行ってきたりもしていた。 まあ全てがそうではないみたいだけどね」
「もっと言ってしまうと君はあんな父親でも憎しみに駆られ、命まで奪ってしまった事、そしてなにより母親を救えなかったことにも罪悪感や懺悔の気持ちもあるみたいだ」
「別に親父を殺した事に後悔はしてないですよ…… ああでもしないと俺が殺られていたし、あれに同情の余地はない」
「無論そうだろうが『後悔』と『罪悪感』は、必ずしも全てが一致するとは限らないだろう?」
「……」
「私はね、黒崎君。 死んでしまったからといって、そして罪を犯してしまったからといっても、そこで自暴自棄になったり、全てを諦めてただ成り行きに身を任せたり、自分を必要以上に卑下したりするのは良くないんじゃないかと考えているんだよね」
「もちろん、いつか転生する時はそれまでの記憶を抹消して次の生を受けてもらうから、正直死んだ者に対してそういう事を言うのは意味がないのかもしれない」
「けれど私は、生前何があっても絶望したまま、あるいは罪を犯しても全く反省しないままただ罰を受けたり転生したりするのではなく、できれば転生するまでの間『天界にきて過ごしてよかった』『罪を償う事で自分を少しは許せる様になった』『天界にいる間、生前の頃の自分に向き合いやり直す事ができた』とか色々な意味で次の生へ前向きな気持ちをもってもらって魂を送らせてもらいたいんだよ」
「それにそ~んな空気で天界に長居されてもこっちも気が重くてさ~!」
「転生の儀も本来順番待ちだし、どうせなら天界にいる間もなるべくなら有意義に過ごしてもらいたいしね」
「何より本当に人手が足りないし!」
「そんなわけで黒崎君にはぜひとも少しの間、手伝ってもらいたいんだよね~」
「まあ、無理にとは言わないが。 あ! ちなみに地獄行きだと君の場合は恐らく君が想像しているよりは、かなりハ~ドなお仕事が五十年位続く感じになるから覚悟しておいてね!」
閻魔大王の話に耳を傾け、改めて自身の今後をしっかりと考えてみる黒崎。
ここまで死者の魂に寄り添ってくれている閻魔大王の気持ちに対しても、正直感謝の念を覚えている自分が存在する。
そんな閻魔大王に黒崎は改めて答えを出した。
「…… はあ。 わかりました。 そこまで言っていただけるならその『依頼』引き受けましょう。 『解決屋 天界出張サービス』やらせていただきますよ」
「そうこなくちゃ!」
「そうしたら今回の君の魂への判決はひとまず保留。 天界への貢献により天国行きか優先的に転生することを本人希望で選べる様にするという事で。 もちろん問題行動を起こしたら即地獄行きに加え、相応のペナルティも課すので各指示にはしっかり従ってもらう。いいね」
「わかりました」
「霧島君。 すまないが君にも今後、彼にしばらくついていてもらいたい。 とりあえず今日のところは、そこのヘブンズホテルに彼と共に泊まってゆっくり休んでくれたまえ。 ホテルには私から連絡を入れておく。 以降の詳細は明日の朝に使いの者を出すから、詳しくはそこで彼女に説明してもらってくれ」
「はっ! かしこまりました!」
「それでは二人共、ひとまずお疲れ様。 明日からまた頑張ってくれたまえ」
「はっ! 失礼します!」
「失礼します」
閻魔大王に会釈をして黒崎と霧島は退出していった。
「ふう…… こんな感じで良かったかな? 女神殿?」
閻魔大王がそう言うと彼の後ろの何もない空間から突然一人の女性が姿を現した。
腰まで伸びそうな美しい黒髪の、比較的長身のその女性は腕を組んだ状態で壁を背に寄りかかっている
「ああ。 上出来だよ。 ユン坊」
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