第2話 プロローグ ②

車を走らせること約1時間といったところか。


白い大きな一軒家の前に車を止めた。


 中々の豪邸に近い位の建物だ。


祐真はインターホンを鳴らして絵画を黒崎と運んで家の中にと運んで行った。


 奥の部屋までたどり着き、そこで待っていたのは無精ひげをはやした四十代位の男性

だった。


「お待たせしました。佐伯さん」


黒髪のその男は依頼人の佐伯真一だった。


「おお! 泉さんに黒崎さん! お待ちしておりました!」


佐伯は二人を部屋へ招き入れ、持ってきた絵画を丁寧に確認といったところか、細かく

チェックするかの様に拝見した後、安堵のため息をついた。


「ありがとうございました! これは間違いなく私が取り戻してほしいと依頼した絵画です!」


 男は嬉しそうに黒崎達に礼を言った。


「無事に依頼が果たせて良かったですよ。」祐真がそう答える。


「ただ、まあできればもう少し穏便に取り戻してほしかったですけどね。」


 佐伯は黒崎の方に視線を向け、そう告げた。


 痛いところをつかれ、黒崎は。目をそらした。


「いや~、すいませんね! 佐伯さん。このばか気が短くてすぐ手が出るみたいで! 

念押ししておいたんですけどね!」


ぎくっとあせる黒崎と祐真。黒崎の頭を無理矢理下げさせ、必死にフォローする祐真。


 しかし佐伯は笑みを浮かべながらこう告げた。


「ああ、いえいえ! 実はお2人がこちらへ来る前に須藤から私の携帯に連絡があったんですよ」


 頭を上げる祐真と黒崎。


「泣きながら私に向かって謝ってきましたよ。もういいって位にね」


「まあ暴力的な事はあまり感心しませんが今回の件に関しては黒崎さん。須藤は貴方に

感謝していましたよ。貴方が本気でぶつかって、投げかけてくれた言葉に彼の中で思うところがあったみたいですね」


 佐伯の話に耳を傾ける黒崎。


「彼はもう大丈夫でしょう。 むしろ自首するって言いだし始めた彼を説得する方が

大変でしたよ」


佐伯はそう冗談交じりに言った。


「弟子が誤った道を行かない様、そして私自身も道を踏み外さない様、これからも画家として精進していきますよ」


「お二人共、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げる佐伯。それを見た祐真は少しあせりながらこう答えた。


「いえいえ! そう言っていただけると、こちらとしてはありがたいですよ。なあ黒崎」


「あ、ああ。 佐伯さん、こちらこそ、そんな風に言っていただいてありがとうござい

ます」


 黒崎は佐伯の人柄に感謝しながら頭を下げた。


 改めて取り戻した絵画を見つめる黒崎と祐真。


「いい絵ですね…… 俺、絵とか素人ですけどなんて言うのか、心が落ち着くというか、やさしい感じの雰囲気とそれでいて何か力強い迫力があるというか」


 そう感想を述べる黒崎に対して


「ごめん。何言ってるか全然わからない」と祐真が返す。


「うるさい!」


上手く言葉に表せないもどかしさを祐真につかれイラつく黒崎。


「はは、ありがとうございます」


素直に自分の絵を褒めてくれたことに感謝する佐伯。


「そういえばこの絵、何てタイトルなんですか。それに、この絵はまだ発表されてないんですよね」


祐真のこの質問に対して佐伯はこう続けた。


「ああ、タイトルはつけてないんですよ。これは私がまだ若い頃、妻がまだ生きていた頃に妻の実家の近くの海を書いた絵なんですよ」


「まだまだ画家として未熟だった頃の絵なので展示会等にも出したくないし、売るつもりもありません」


「ただ、楽しくて妻の喜ぶ顔が見たくて、がむしゃらに描いてた頃の一枚なので私達夫婦の個人的な絵なんですよ」


その佐伯の発言に祐真は


「いやいや、全然未熟じゃないと思いますよ! 素人目から見ても。黒崎じゃないけど、

あ~、何て言ったらいいのか、うん、心に響くといいますか」


「お前も大したコメントできてねえじゃねかよ!」


と、黒崎が先程のお返しとばかりにツッコむと黒崎は次に佐伯に尋ねた。


「ではこちらに写っているのが奥様ですか」


「ええ。妻とは幼馴染でね。元々身体が弱くてたまにしか外に出られなかったのですが、これは私達が付き合い始めて最初の妻の誕生日に贈った絵なんですよ」


少し照れくさそうに答える佐伯。


「そうだったんですか」黒崎はそう言うと佐伯はこう続けた。


「この絵を妻にプレゼントした時にすごい喜ばれて、それが私にとってはあまりにも

うれしかったので、それまでは趣味の延長線上で書いていた絵でしたが調子に乗って

プロを目指すようになったんですよね」


「だから私にとってはこの絵は特別なんですよ」


その言葉を聞いて黒崎は何となくだが納得した。


今回の依頼内容の説明を受ける時に佐伯のアトリエにて他の絵も見させてもらっていたのだ。


素人目線でどれも確かに凄い絵だと感じていたが、それでも須藤からこの絵を取り戻す時に初めてこの絵と対峙したとき、他の絵にはない雰囲気を感じた。


プロになる以前の絵で、技術面では現在より未熟なのかもしれなかった頃の絵でも、

おそらく一番楽しく、そう、言い換えるなら一番テンションが高い状態で、たった1人の

大事な人の為に書いたからこそこの絵には、やさしさと相反する力強さと迫力も強く出ていて素人でもそれが伝わる名画になっているのだろうと感じていた。


「本当に、取り戻せてよかったですよ」


 黒崎に続いて祐真も


「ええ。報酬をはずんでくれるってのも関係なしで、この絵にお目にかかれてよかった

ですよ。あ! でも、もちろん報酬はお願いします。」


 調子のいい祐真の発言に少し呆れる黒崎。


 そして佐伯は笑みをうかべながら


「ええ、もちろん。依頼料は奮発しておきますよ」


「本当に、ありがとうございました」


そう礼を言い、佐伯はその場で分厚い札束の入った封筒を黒崎に手渡した。


 2人は佐伯に挨拶を交わし、佐伯の家を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る