その4 まずいぞ、異世界メシ

「すいませーん!」


 返事をして、パタパタと看板娘がこちらへ駆け寄ってくる。いつ見ても健気で愛らしい看板娘という肩書きに相応しい子だなと思う。


「んー、とりあえずバーを一つ。」


 バーはこの世界のビールのような大衆向けの酒だ。味は後味のないビールといった感じだろうか。すっきりとした味わいだが、ビールの喉越しや独特のホップの苦味はない。ビールが苦手な人ならこのバーの方が好きかもしれない。


「弥助とジュンさんは?」

「拙者は、サーキーとスライム汁、それとワーム焼きで。」


 サーキーは、きつめのアルコールとまろやかな味わいが特徴の酒だ。弥助曰くどぶろくっぽいらしい。それはまあいい。問題はスライム汁とワーム握りだ。


「私は老酒に怪鳥の素揚げ、あとは食人虫のあえもので。」


 老酒はサーキーよりもさらに強い酒で、ジュンさんがよく好んで飲んでいる。そして・・・


「二人とも、よくそんなゲテモノ食べれるな・・・」

「ゲテモノでゴザルか?」

「食人虫は確かに珍しい食材ですけどね。」


 スライム汁。スライムをトロトロになるまで煮詰めながら撹拌し、野草や魚類を入れたスープだ。色は真っ青。食欲が失せる。

 ワーム焼きは、グランドワームというでかいイモムシの化け物の子どもをミンチにして、香草で味付けしたものだ。味は、まあ、ハンバーグに甘味があって正直美味いが・・・


「もう少し、まともな食材はないのか・・・?」


 この世界では、食材のほとんどがクエストで狩猟したモンスターの一部だ。確かに、狩猟する以上、全てをいただくというのは正しいんだろうが・・・


「でも、家畜とかもいないでゴザルからね。」

「農業らしい農業もないですしね。やはり、魔物の存在が大きいのでしょう。畑を荒らす獣害とはわけが違いますから。」


 確かにそうなんだけど、もっとこうマイルドなものを食べたいところだ。


「すまないな、少しクエスト後の手続きに手間取ってしまって。」

「おう、ミト。そんなに厄介なクエストだったのか?」


 クエストの内容によっては、完了後に報告する内容が増える。例えば強いモンスターと戦ったあとは、周囲への被害状況や、損害、戦闘中に巻き込んでしまった家屋などの建物がないかなど、異世界でも役所の手続きみたいなことをしなければならない。


「いや、狩ったモンスターの一部をもらう予定だったのだが、事前申請がなぜがうまくいってなくてな。とりあえずなんとなかったが。」


 モンスターの一部・・・?


「な、何に使うんだ?」

「食料に決まってるじゃないか。さっき厨房に持って行って、今調理してもらっているぞ。」

「おお、それは楽しみですね。」

「今日のターゲットは・・・?」

「メデューサだ。ヘビの部分が美味なんだ。」

「人型は勘弁してくれ!!!」


 ※


「いやいや、メデューサの本体は頭のヘビで、人間に見える部分は擬態でゴザルよ。」

「流石に私も完全な人型の魔物は食したくありませんが、メデューサは魔力のある進化したヘビのような物ですからね。」

「串焼きにすると美味いんだ。」

「胴体の部分ってどうなるんだ・・・?」

「再生するから、焼却処分だ。可食部分もないしな。引き渡しの手続きを行政の方でしてもたっていたんだ。」


 人に見えるだけのパーツとはいえ、かなりショッキングな絵面に違いない・・・


「ミトは、こういうゲテモノみたいな食材は平気なのか・・・?未来では逆に普通だったり?」


 ミトは確か2130年ころから転生してきたと言っていた。

 イメージでいうと、完全栄養食とか、とにかく効率的な食事を取っているイメージしかない。


「柳から見て、未来の食事になるか・・・そうだな、いわゆる完全栄養食に完全に切り替わっていると想像されていたようだが、実際には、メインの栄養補給源が完全栄養食に代わって、それ以外に、1〜2品、自然の肉や野菜を摂取していた。」

「完全栄養食なのに、なんて他の食物が必要なんだ?」

「一番は、完全栄養食だけでは、必須の栄養素が補えないことがあるからだ。」

「完全栄養食なのに?」

「自然由来の食物の中には、相当な種類の栄養が含まれている。柳の時代ですら未知の必須栄養素だって想像よりもあるんだ。それら全ての栄養を完璧に補う食品を作るためのコストは莫大なものになってしまう。だから、低コストで生産できる栄養素は完全栄養食に任せ、その他大勢の必須栄養素についてを、1〜2品のメニューで補うんだ。かつて、完全栄養食だけに切り替えた時代があったのだが、栄養失調に起因する病気や、胃の縮小などによる健康被害が頻発してな。原点回帰とまではいかないが、折衷することでそれを乗り越えていたんだ。」

「なるほど・・・完全栄養食で栄養不足なんて、本末転倒だな。」


 俺は少し未来に期待をしすぎていたのかもしれないな。

 話についていけていない弥助がポカンとした顔で止まり、ジュンさんは興味深そうに話を聞いていた。


「その西暦2130年代では、一般的にその完全栄養食以外にどんなものを食していたのですか?」

「柳のいた2050年以降に何度か大規模な食糧危機が襲ってな。原因はアジア各国での人口爆発だ。そのため、食べられるものは余すところなく食べるという観念がかなり強まっていたな。その時期、それまで食料としていなかった動物や植物を食べられるレベルに改良するための研究が盛んに行われていて、その遺産として2130年頃では本当に食べない動植物はないというくらいに、食事の多様性が広がっていたぞ。それこそワームやヘビ、野草に果ては一部の樹木も食料としていた。」


「す、すごい時代だ・・・」

「だから、この時代での食文化が面白くてな。つい珍しい食材のあるクエストを受注してしまうよ。」

「お待たせいたしました、メデューサ頭蛇の丸焼きです。」


 食事があるというのは、ありがたいことだな・・・文句を言わず、この異世界の食事の染まることにしよう・・・

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