その3 異世界の科学力の低さよ
「しかしまあ、なんで異世界ってのは科学が発展してないんだ。火が落ちると、酒場も薄暗くてしゃあないな。電灯が恋しいよ、俺は。」
魔石灯。原理はよくわからないが、ガラスの中に魔力を込めた石のようなものを入れるのがこの世界での主流の光源だ。ただ、明るさはキャンプで使うガスランタン程度のもので、LEDランタンの明るさにすら遠く及ばない。
「2000年の地球では違ったんですか?十分明るいと思うのですが。」
「夜が暗いのは当たり前でゴザルよ、柳殿。」
「逆に、魔法が便利すぎて笑っちゃいますね。」ふふふ
科学のない時代を生きた彼らに話した俺がバカだった。
※
「皆さん、今日もお疲れ様だったな。店員さん、すまない、ジェノヴァシトリーをひとついただけないだろうか。」
看板娘が笑顔で対応する。
あれ以来、飲み仲間にミトが加わった。ジェノヴァシトリーはジェノバとその属国ではオーソドックスな柑橘系の味のするカクテルだ。柑橘系の味がするとは言ったが、実際に何が入っているかはよくわからない。この世界の果物が地球と違いすぎるからだ。
「というか、ミトは酒が飲める年齢なのか?」
「ん?ああ、27になるからな。転移してきてもはや正確な年齢の数え方がわからなくなってしまったが。」
「に、にじゅうなな・・・?」
どう見ても未成年にしか見えない・・・未来人ってのは美容技術も発達してるのだろうか?
「ほう、私のいた時代と比べると、未来を生きる人はずいぶん若若しく見えますね。」
「拙者なんて、そもそも自分の年齢わからないでゴザルよ。」ハハハ
※
「なあ、ミト。どうして魔法の世界は科学技術が発展しないんだ?」
唯一、科学文明を知っているミトにとりあえず聞いてみる。
「いきなりだな。そうだな、いくつか理由は考えられるが、いわゆる科学者が生まれないことと、絶対君主制であることが大きのではないだろうか?」
絶対君主制・・・確かに、このグリゼリアにはいわゆる民主制を採っている国なんて聞いたことがないし、このツェルンも、その宗主国であるジェノヴァも、絶対王政だ。でも・・・
「でも、地球だって絶対王政だった国から科学が発展しただろ?どうして同じような歴史をこっちでもたどらないんだ?」
「それが、魔法があるから、ということだろう。」
魔法・・・確かにこの異世界では魔法は科学に代わる大きな技術だ。
「地球の科学研究の歴史は、大まかに言えば哲学と錬金術から進歩したものだ。そして、その哲学と錬金術も、宗教と王の権力からの大きな制約があった。この世界では、王の命令で魔法学という分野に主に力を注いでいる。そちらに優秀な者のリソースが取られている以上、科学的な発展は難しいかもしれないな。」
「なるほどな。魔法というものがある以上、そっちに注力するのは致し方ないか。」
「つまり・・・それを見越しての・・・?」ぶつぶつ
ミトが一人で何かを考え込んでいるようだ。
※
「でもなあ、自動車も飛行機さえあれば、戦争も大きく変わりそうだけどな。」
「なんですかそれ?じどうしゃ?」
ジュンさんが興味津々な顔でこちらを見る。
「荀彧さんの頃にも、動力は別にせよ、車があっただろう?自動車というのは、馬や人の代わりに火や電気によって車輪を動かす乗り物のことだ。馬と違って、ハンドルという機構で車の軌道をある程度自由に変えられるのが大きなメリットだろう。」
「この世界の主な移動手段が、馬車だからなあ。というか、アレを馬車と呼んでいいのか・・・」
アレ・・・この世界に馬は存在しないが、代わりに別の4足歩行の生き物が車を引っ張っている。いや、生き物というよりも・・・
「ああ、ファルシオンのことでゴザルね。可愛いでゴザルよね。」
「はあ!?あの化け物がか!?」
ファルシオン・・・この世界でいう馬だが、馬とは似ても似つかない化け物だ。
胴体はほとんど地球の草食動物と見た目は変わらないものの、4対8個の目、尻尾の代わりに腸が伸びたようなホース状の排泄口が地面に引きずるほど長くついており、そこから糞を垂れ流し、挙げ句の果てにはその捕食行動だ。
「そうでゴザルか?あの頭パッカーンして餌を食むところなんか愛らしいと思うのでゴザルけど。」
「それだよォ!!!」
ファルシオンは、餌を食べるときにその顔面が八つに大きく分かれ、クリオネのバッカルコーンとほぼ同じような捕食をする。草食動物のくせに。
「俺なんか最初見たとき、喰われるかと思って失神しかけたぞ。」
「私もアレはちょっと・・・ヨダレが赤黒いのも・・・」
「ほう、君たちは意外と小心者なんだな。」
ミトがニヤニヤしてこちらを見ている。腹立たしい。
※
「ところで、昨日、ミトが言っていた話、ジュンさんはどう思う?」
「地球人を呼び出している人間がいる、ってことですか?」
昨日はあの後、酔っ払った思考で雑談に流れてうやむやになってしまった。
「おかしい話ではないですね。今のところ、地球以外の世界から転移してきた、という人は少なくともこのツェルンにはいないですよ。」
ほとんどの転移者が地球人。やはり意図的に地球人を転移させている可能性が極めて高いということになる。
「さっきの柳さんが言っていた科学者がいない、もしかしたら、これが一つの狙いかもしれない。」
ミトが口をひらく。
「狙い?」
「つまり、優秀な地球人を転移させ、魔法と科学を組み合わせた技術確立を行い、この世界を掌握する、ということだ。」
「魔法と、科学・・・」
この二つが組み合わされば、この世界を征服することなんて確かに簡単かもしれないな・・・
「だとすると、その地球人を呼び出している人間は、地球人の可能性が高いですね。」
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