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 長谷川秀樹は自分の住む家の近所にあるスーパーに一週間通ったが、金髪の白人女性には一度も会わなかった。むしろ逆に大学に通う知人から声をかけられた。

「よー、何してるんだ?」

「あー、腹減ってさ」

「ここのパンって美味いよな」

「だな」

 成果がないので、長谷川秀樹はスーパー通いをやめた。やはり本来の方法、すなわち直接後をつける方が確実で手っ取り早い。それに後をつけると言っても、そんなに大袈裟なことではないのだ。要は阿木野ビビが大学から自分の住むところまでの帰り道を特定するだけ。簡単だ。

 おそらくは家がお金持ちなのだから、アルバイトなんてしないだろう。とすると、大学が終わったら真っ直ぐ自分の部屋に帰るはずだ。

 阿木野ビビは必ず地下鉄を使うと長谷川秀樹は確信していた。彼女は自転車を持っていない。それは彼女が以前のアパートに住んでいるときに確認していた。そもそも札幌の街にもまだ詳しくないだろう。とすれば、交通は自ずとバスか地下鉄に限定されるが、地下鉄の方が圧倒的にわかりやすい。引っ越す前の彼女のアパートも地下鉄駅から割と近場にあったのだから、今回も似たようなところを選ぶ可能性は高いのではないか。

 地下鉄を使うとすれば、大学から近い駅は三つ。長谷川秀樹は可能性のある三つの地下鉄駅のうち、ひとまずイチョウ並木のある門から一番近い地下鉄駅に張り込むことに決めた。

 地下鉄は大学の東側を南北に走っており、ほぼ大学正面、北側、南側に一つずつの駅がある。ごくごく普通の感覚なら、南にある札幌駅を使うのが自然なのだが、今の季節は秋。そしてイチョウ並木はこの大学のみならず札幌の名物となっている。

 阿木野ビビがこれを見ないわけがない。長谷川秀樹はそう断言できた。以前、彼女が鍵を落としたその場所が、まさにイチョウ並木の近くのベンチだったのだ。

 長谷川秀樹はこのような推論をもとにして地下鉄駅構内に入ると、とあるベンチに座って、ひたすらに相手を待った。そこはベンチ自体が目立たない場所にあって、張り込みには好都合なのだ。根気さが必要だが、さりとてあまりずっと座っていると不審に思われるかもしれない。匙加減が難しいが、それでもやるしかなかった。この方法は時間はかかるものの、おそらく一番確実に成果が出る。ならばやるしかないのだ。成果が出るまで何日かかるかわからないが、やるしかない。

 しかし、成果は直ちに現れた。

 地下鉄駅構内のベンチに座って携帯をいじるふりをしながらそれとなく様子を伺っていると、阿木野ビビが階段を降りてくるではないか!

 なんという幸運!

 張り込んた当日にいきなり来るなんて!

 やはりこれは運命に違いない!

 長谷川秀樹ははやる心を押さえ込み、遠くの阿木野ビビをさりげなく目で追った。

 季節は十一月。阿木野ビビは黒の厚手のコートを着ていた。さらに厚手の毛糸の帽子をかぶっていたが、両側から長い髪が房のように乳房に向かって垂れていて、歩くたびにリズミカルに揺れるのがなんとも魅力的だ。

 阿木野ビビは全くこちらに気づかない。そのための陣取りなので当然なのだが、それでも長谷川秀樹は緊張していた。バレた場合の言い訳を何通りも考えて準備までしていた。しかし結果として彼女はそのまま切符売り場に行き、そして切符を買って改札を抜ける。こちらをチラリと見ることすらなかった。

 ふう。これで一安心だ。僕の存在はバレてない。そして、これは大事な情報だが、定期はまだ買ってないんだな。

 長谷川秀樹はタイミングを見計らいおもむろにベンチから立ち上がると、彼女の後を追った。問題なのはどの駅までの切符を買ったかなのだが、長谷川秀樹は一番簡単な方法をあらかじめ選んでいる。すなわち一番高い切符を買ったのだ。これなら阿木野ビビがどこで下車しても問題はない。

 改札口を抜け、阿木野ビビが降りた階段を後からゆっくりと降りていくと、プラットホームの中ほどに彼女の姿を見つけた。が、もちろん近寄らない。距離を空けて適当な場所に陣取る。見失ってはいけないので、ここは慎重さが必要だと自分に言い聞かせた。間をおかずにやってきた電車にはあまり人が乗ってはいないのを確認するとホッとした。これなら見失うことはないだろう。

 ニットの黒い帽子を被り、四角い伊達メガネをかけた長谷川秀樹は、すんなりと場所に溶け込み、想像以上に目立たなくなっていた。コートも自己主張のない地味なタイプだから誰の目にも止まらず、ガン見してくるような輩もいない。電車のドアが開くと、車両と車両を繋ぐ位置にある車椅子専用スペースにさりげなく立ち、あえて隣の車両に座っているであろう阿木野ビビを確認しないで窓の外をぼんやりと眺めた。このやり方でいいのだと自分に言い聞かせる。

 電車が出発しても長谷川秀樹は窓の外をぼんやりと見ながら突っ立っていたが、各駅で停車するたびに車内の電光掲示板を見つつ、ついでに、という風に隣の車両も確認した。

 彼女はまだ座っているな。

 各駅ごとに人が乗ったり降りたりする中で、阿木野ビビはなかなか電車を降りようしない。わかってはいるものの、長谷川秀樹は次第に焦れてきた。

 いつになったら降りるんだ?

 しかし、次の駅に着き、同じようなパターンで隣の車両を見ると、阿木野ビビの姿が見えない。長谷川秀樹の立ち位置の反対側のドアが開いていたのでそこから急いで顔を出すと、遠くの階段付近を阿木野ビビが歩いているではないか!

 しかし、ここで慌ててはいけない。まずなによりも行動が大事なのだ。長谷川秀樹はそのまま電車から降りるとすぐに後を追う。それしかないのだ。しかし改札口まで行くと、すでに彼女の姿はどこにも見えなかった。それもそのはずで、この駅は改札口を抜けると割とすぐに出入り口がある。しかも左右に分かれてあるのだ。

「どっちだ?」

 全く見当がつかない。人の流れも同じ割合で左右に分かれていくし、なによりも長谷川秀樹にはこのあたりの土地勘があまりない。ゆえに判断できない。

 しかしここでまたしても運は長谷川秀樹に味方する。

 一か八かで選んだ方の出入り口から地下鉄駅の外に出ると、目の前にスーパーがあった。ひょっとしてここに寄っているのかもと思い店内に入るとビンゴ!買い物カゴを右手に下げている後ろ姿は間違いなく阿木野ビビだった。

 そうか。

 帰ったら夕食の時間になるからな。

 やはり運命。

 長谷川秀樹はそう思った。ならば運命に従うしかない。見失わないように適度な距離を保ちつつ、買い物を済ませた阿木野ビビがスーパーから出ると、そのまま後を追う。

 そこは閑静な住宅街で、イチョウの街路樹はかなり葉が散ってはいたが、それなりの雰囲気がまだ残っていた。日は沈んではいないが、間もなく夕暮れ時、といった佇まいで、買い物袋を下げた人もちらほら歩いている。阿木野ビビもまた買い物袋をぶら下げて先を歩いていた。

 ……確かこのあたりは「昔は物騒だと言われていたような気がした」が、阿木野ビビはそのことを知っているのだろうか?

 長谷川秀樹はそう思いながら距離を空けて歩く。反対方向に少し行くと大きな霊園があるはずだし、確かこの辺りには暴力団事務所もあったのではなかったか。

 とはいえ小学校もあるし、銭湯もあるし、住宅街なのは間違いない。長谷川秀樹のこの辺りに対する土地勘はその程度のレベルだが、だからこそ慎重に辺りを確認しなければならなかった。

 彼の前を行く阿木野ビビは後ろを振り返ることもなく一定のリズム歩き続けていた。時折道を曲がったりしたが、迷ってはいないようだ。何度か道を曲がり、その都度長谷川秀樹が追いつくということを繰り返す。そうしているうちに何度目かの曲がり角で突然姿が見えなくなった。

 あれ?

 近くにはアパートが数棟立ち並び、人の姿は全くない。

 次の曲がり角はこのアパート群の先にある。ということは、このアパート群のどれかのアパートに入ったということだ。

 急いで確認するが、どのアパートに入ったのか、長谷川秀樹には検討もつかなかった。どのアパート前にも監視カメラが着いており、奥の様子はわからない。入り口がキーロックされているアパートもあって、これでは気軽に中には入れそうもないし、もちろん郵便ポストを覗くなどして確認することもできない。道の真ん中でキョロキョロするのは明らかに挙動不審なのでとりあえず素通りし、曲がり角までくると右折を繰り返して先ほどの角まで引き返した。

 どのアパートだろう?

 それこそが一番肝心なところなのに。

 しまったなぁ。

 人影はまばらではあるが、やはり歩いている。とすると、この場所に長くいるのは得策ではない。

 長谷川秀樹は少し躊躇したのち、辺りをぶらつくことに決めた。土地勘を養うためだ。次にまた来たときに慌てないようにしなければならない。そしてあらかじめ先回りができれば、彼女がどのアパートに入るのかもわかるだろう。

 そんなわけで改めてぶらりと歩き、そして思ったのは、この一帯は文字通り住宅街だということ。あちらこちらに大小様々な住宅が立ち並んでおり、アパートやマンションも多くある。環状通りや街道にも近く、スーパーも過不足なく点在していた。つまり人口はそれなりに密集しているのだ。なのにこの落ち着いた雰囲気。

 長谷川秀樹は歩いているうちに好印象を持った。あえて難を言うなら、大学からは遠いということくらいだが、これとて地下鉄があるので問題がないと言えばない。

 なるほどこんなところに引っ越してきたんだな。

 あとは彼女がどのアパートの何号室に住んでいるかだが、先ほどのチラ見では、どのアパートも部外者が立ち入るのは難しそうだ。当然無理やり入るわけにはいかない。防犯カメラは意識せざるを得ないし、キーロックがされているアパートなら、暗証番号の入手も欠かせない。

 アパートの裏側に非常階段があるかどうかの確認は必須で、それは次の機会にでもやろうと長谷川秀樹は決心した。何度も行ったり来たりするのは目立つ。そして目立つことは良くない。

 思えば、彼女の鍵を拾ったのは、まさに幸運だったんだなぁ。

 長谷川秀樹は帰りの道すがら痛感した。そういうことは物語でもないかぎり、まず起こり得ない。確かに鍵を拾うことはあるだろう。しかしそれが知り合いの、しかも思いを寄せている美人の部屋の鍵だとは。

 まさに運命だとしか思えないではないか!

 さらに言うなら、一見しっかり防犯している風の彼女のアパートにすんなり入ることができたし、部屋に入ることもできたのだ。

 そうだ、出来過ぎだったのだ。

 あまりにも幸運すぎたのだ。彼女のパンティを手に入れることができたのはあまりにも素晴らしい幸運だったのだ。

 本来であればここでブレーキをかけておくべきだったのかもしれない。しかし、今の長谷川秀樹にはその発想はない。

 次も大丈夫。

 そう思ってしまう。その想いから抜け出すことができない。長谷川秀樹はその成功体験ゆえにまたもや危険な賭けに出ようとしているが、それが吉と出るのか凶と出るのかは、この時点ではわからなかった。

 冷静に考えるなら凶が出ると思うだろう。しかし長谷川秀樹はその成功体験ゆえにそうは思わない。冷静でいるつもりなのだが、実はふわふわしていた。危うい綱渡りをしていた。

 長谷川秀樹は翌日も、その次の日も、阿木野ビビの後をつけた。地下鉄に関しては降りる駅がわかっているので、あえて離れた車両に乗り込んだ。見失っても慌てないどころか、先回りをしたりして要所要所での確認で済ませる余裕ぶりだった。肝心なのはアパート。どのアパートが彼女の引っ越し先なのか。

 程なくして、阿木野ビビの引っ越し先アパートがわかった。そして再確認。ここだ。間違いない。ちょうど阿木野ビビの後ろ姿が建物内に入っていくのを確認したのだ。

 それは棟が併設して並んでいる二棟建てのアパートで、入り口が奥まった場所にあるためそもそもかなり確認しずらいロケーションになっていた。しかも入り口はそれぞれの棟に一箇所しかなく、道路に面した敷地内とそれぞれの棟の入り口の両方に監視カメラが設置されていた。さらにそれぞれの棟の入り口にはキーロックまで設置されているらしい。一言で言うなら「かなり防犯意識の高いアパート」と言えた。

 この近辺は人通りこそ閑散としているが、これでは正面突破は不可能。それどころか、どう見ても難攻不落、想像以上の"堅牢な要塞"としか思えなかった。時間を作ってあれこれ確認したが、アパートの周りは一般住宅に囲まれており、アパートの敷地内に入ることもできない。それぞれの棟にはベランダがあるが、路地からはよく見えない。もちろんやましいことなど何もなければ正面突破は容易いが、不純な動機を持つ者にとっては困難極まりないのだ。

 長谷川秀樹はさすがに悩んだ。

 これではどうすることもできないではないか!

 実際にどうすることもできない。奇想天外な発想、例えばこのアパートの住人と仲良くなって入り口の暗証番号を教えてもらうとか、あるいはアパートの管理会社にアルバイトに行くとか、はたまた空き部屋が出たら自分も引っ越すなどといったことまで考えたが、そのどれも全くもって現実味がない。

 おかしい。運命ではないのか?

 長谷川秀樹は焦った。そしてその都度自分の家の部屋で、阿木野ビビのパンティを使い何度も何度も自分を慰めた。今となってはこのパンティだけが彼女との接点なのだ。それゆえに狂おしく、長谷川秀樹は次第にそのパンティを持ち歩くようになった。

 阿木野ビビのアパートは判明したが、何号室までかはわからない。しかも驚いたことに、日によって入っていく棟が違うのだ。これではどちらの棟に住んでいるのかすらわからないではないか!

 その手の情報を知るであろう岸辺薫子もそれは知らないようだった。

「なんか最近ビビちゃんったら、そっけないのよね。男でもできたのかしら?」

 長谷川秀樹は定期的に阿木野ビビの後をつけてはアパートまで行っていたが、彼女の行動はいつも一定で、何日かおきに駅前スーパーで買い物をして帰るパターンが一度も崩れない。そしてなんの法則もなく日によって入る棟が違う。

 長谷川秀樹にはすっかりお手上げの状態だった。これでは何が何だかさっぱりわからないではないか。何日付け回しても状況は全く変わらないのだ。同じことの繰り返しに慣れてるとはいえ、これはかなりの苦痛でしかない。

 やがて雪が降り出し、いよいよ積もって根雪になるであろう師走の時期になった。

 長谷川秀樹はやはりなんの解決策も見いだせないまま、いつものように路地を歩き、いつものアパートの前まで来る。辺りは暗く、そして寒い。

 このアパートの管理会社もわかったし、清掃会社もわかった。しかし、依然として阿木野ビビの部屋はわからなかったし、このアパートの中に入ることすらできない。どちらの棟にも空き部屋があるのはわかったが、阿木野ビビがどちらの棟に住んでいるのかすらわからないのだからどうしようもない。

 長谷川秀樹は早々とその場を立ち去ると、地下鉄で帰る前にスーパーに寄った。しかし商品には目もくれずにトイレに駆け込む。

 個室の鍵をかけるとすぐにズボンを下ろす。履いていた阿木野ビビのパンティはカウパー腺で濡れていたが、気にすることはなく、そのまま竿を覆うようにして自分を慰めた。そうしなればならなかったのだ。

 たっぷりと放出したせいで阿木野ビビのパンティはぐっしょりと濡れてしまうが、長谷川秀樹はそのままズボンを上げた。どうせコートを着ているのだから、誰もズボンを見ることなどない。多少濡れたところでどうということはないのだ。

 サッと身支度を整えてトイレから出ると、目の前に阿木野ビビがいた。

「あら、長谷川……さん?」

「え、あ、え」

 頭が文字通り真っ白になる。

「どうしてこんなところにいるんですか?」

「いや、あの、ええぇっとその友達……」

 言い訳をしようとしても考えがまとまらない。

「友達と一緒に来たんですか?」

「ち、が……そうじゃなくてですね、あの」

 阿木野ビビは不思議そうに長谷川秀樹を見ている。

「その、友達と来たんです。そう。友達」

「滝川さんも来てるんですか?」

「いやあの違う友達です。えぇっと、このあたりに住んでるんです」

「そうなんですね。買い物ですか?」

「そうなんです。ちょっとあの……買わなければならないものがあって」

「そうなんですね」

「阿木野さんは?いったいここで何を……」

「私も買い物の用があって」

「そ、そうなんですね」

 阿木野ビビが買い物袋を右肘にぶら下げていることにようやく気づく。長谷川秀樹の動揺はまだ治まっていない。

「もうこんな時間だし、外も暗いので私帰ります。長谷川さんも気をつけてくださいね」

 阿木野ビビはあっさりとその場から立ち去る。

 長谷川秀樹はそれを呆然と見送った。

 心臓が痛い。何が何だかわからず、しばらくその場に突っ立っていた。

 ……

 ちょ……一緒に……

 うまく言葉にならない。

 頭の中では色々なものがぐるぐるしている。ぐるぐるしているのでまとまらず、何が何だか訳がわからない。

 気がつくと、長谷川秀樹は阿木野ビビのアパートの前に突っ立っていた。

 辺りはすっかり夜で、おまけに雪が降っていた。まだチラチラとしか降ってないので、頭や肩に積もることはないが、本降りになったらやはり積もるだろう。

 長谷川秀樹はアパートをじっと見ていた。もはやひと目も気にならない。ただただ切なかった。

 話もできない。

 運命のはずなのに接点がない。

 どうしたらいいのかわからない。

 知ってか知らずか、長谷川秀樹は涙を流していた。手で拭うこともないので、気づいてないのかもしれない。

 もっと話がしたい。

 切実にそう思う。相手のことをもっと知りたい。パンティやブラジャーではなく、彼女そのものを知りたい!

 ああ、どうしたらいいんだろう?

 不意に赤い光が見えた。どうやらパトカーらしくこちらに向かってくる。長谷川秀樹は思わずその場から立ち去った。何もしてはいないが、コソコソしてしまう。しかもそのせいで雪道で派手に転んでしまった。

「大丈夫ですか?」

 警官がパトカーから降りてきた。少し小太りで生真面目な感じの警官だ。

「だ、いじょうぶです。えへへ」長谷川秀樹は笑った。

「怪我はないですか?」

「どこも……」

 泣き顔で照れ笑い。なんとも不恰好だ。けど、これこそがありのままの自分だと思う。

「気をつけてくださいね。雪道だし。夜は危ないですからね」

「はい、ありがとうございます」

 長谷川秀樹は礼を言うと、環状通りに向かって歩いた。パトカーは反対方向へ消えていく。環状通りから駅までは少し距離があるが、長谷川秀樹は歩いた。ただ黙々と歩く。そして地下鉄に乗り、そのまま真っ直ぐ家に帰ると、脇目も振らずに部屋に行き、コートを脱いだ。ベッドに横たわりたかった。

 しかし、コートを脱ぐとズボンの股間に派手なシミがついているのに気が付く。。 

 何かが切れた。

 

 うわーーーーーーーーー

  

 部屋には誰も来ない。長谷川秀樹はベッドにうずくまると、さめざめと泣いた。

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