Ep.4 Don't worry because of...
午後0時。
男は、ぽつりぽつりと街頭のある、道幅3m程の道を歩いていた。
男の顔には疲れが見える。
まあ、無理もない。何せ、王国一の騎士と呼ばれた彼は今日一日王の護衛で手一杯だったのだから。
その時、男はレンガで舗装されたこの道の先にマントで全身を隠した者がいることに気が付いた。
——体系からして、女か。
彼はそんなことを考えつつ、こちらへと歩いてきていたマントの女とすれ違う。
「あ゛……ッ!」
思わず、男の口からは声が漏れた。
男が視線を下ろすと、腹部には一本のナイフが突き刺さっている。
——やられた……!
完全に油断していた。
こうなると、疲れから鎧を脱いでいたことも悔やまれる。
「クソ……!」
言って男は、すれ違った女の方へと視界を向けた。
「お前は……!」
男の視線の先にいたのは、見覚えのある一人の女。
マントのフードを脱ぎ、口を裂くように笑みを作っている。
男は即座に腰にあった剣に手をやろうとするが、体が上手く動かない。それどころか、男の瞳は像も結べなくなっている。
(毒か……)
男の意識は闇に落ちた。
ただ最後に男が見たのは、瞳の奥に黒い炎を宿した少女。婚約を交わしたアリスの家にいた水色の髪の少女。
10時間前。
ステラは自室にこもり、一枚の長方形の紙にひたすらに文字や図形を書き連ねていた。
ステラは思う。
アリスの言っていた通り、存在価値は自分で作り出さなくちゃいけない、と。
故に彼女は文字を、図形を、呪いを書き連ねる。
貼ったものを殺すように——と。
ステラはもう、他人のためにという言葉に飽きていた。だからこそそう、自分のために彼女は動いていた。
アリスの愛をわたしのものに——!
紙を書き終えた彼女が次に手を付けたのがナイフに毒を塗る作業である。
まさしく狂気の沙汰である。
そして今に至るのだ。
死体を近くの川に沈めた後で、彼女は館へ足を運び扉を開く。
と瞬間。
飛び出してきたアリスはステラを見るなり泣いて抱いた。
「え……っと?」
ことの後ということもあり、動揺を隠せないステラに、アリスは素早く声を出す。
「今日は一日部屋に籠ってて様子も変だったし、夜起きたらどこにもいないし、心配したのよ!」
アリスの声は少し怒っているようにも感じられる。
「大丈夫、心配しないで。だって——」
ステラはそこまで言葉を返して、口を閉ざした。
そして心で唱える。
——だってもう、アリスを蝕むあの男は消えたから。余りもののその愛も、いつかわたしのものにして見せるから。
アリスは、親切からか深くは聞かずに頷いてステラを屋敷に入れると、共にステラの部屋へと向かう。がその途中、何かを思い出したようにハッとした表情で足を止めた。
「どうしたの?」
アリスは笑顔で「そういえば」と切り出す。
「明日、ううん、今日のパーティー、付添人として来てくれない?」
「もちろん、行く」
即答であった。
アリスはその返事を聞くと、右手にこぶしを作って、自身の左手の掌を軽く打った。
閃いた、といったところだろう。
「今日のパーティー、いろんな人に話しかけて、顔を見せとこうか! これも自分の存在価値を見つけていく一歩、だよ」
ステラは力強く、首を縦に振った。
「うん」
しかし、彼女の中には既にほかの答えがあった。
『必要とされる』ための手段。
それは、存在価値を見つける事ではない……。それは、自分で自分の居場所を切り開くこと。
自分で愛をつかみ取る事。
すべては、アリス——いや、わたしのため……!
ステラはアリスと共に再び部屋へと足を進め始めた。
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