Ep.3 True love
数日が経ち、ステラは館での暮らしに慣れてきていた。
といっても、未だ心のどこかで落ち着かない部分があるのも事実。まぁ、11年近い習慣や生活が簡単に消え失せるなんてことは起き得ないということだ。
しかしそんなステラには、最近になってきになるようになったことがあった。
それは、この館にある一人の男が頻繁に出入りしてアリスとあっていることである。
……彼は何なのか。
唯一わたしをわたしとしてくれたあのアリスからの愛は、真にわたしへ向いているのか。
——アリスの愛は、わたしだけのものじゃない……?
頭のどこか奥深くでは分かっているその疑問に、ステラは頭を悩ませていた。
午後5時。
今日も男は館に来ると、アリスと共に彼女の部屋へと足を踏み入れた。もちろん扉は閉められて、中のを見ることも声を聞くこともかなわない。
だが。
ステラには策があった。
男が部屋に入って約10分、彼女はアリスと男の入った部屋の扉までそっと足を進めると、アリスにもらった黒のスカートのポケットから一枚の長方形の紙を取り出した。
紙にはいくつも文字が記され、それが円状の図形を形作っている。
ステラはその紙を文字の書いてある面を表にして自身の額に張り付けた。
瞬間。
彼女の瞳には扉の中の光景、耳には扉の中で起こる音が入ってくる。
ベッドの淵に座る男は、隣に座ったアリスへと言う。
『明日もここへ来てもいいかな』
『うん、もちろんだよ』
アリスは頷いた。
『そういえば』と男。
『明後日の王の誕生日パーティー、僕と踊ってくれないかい?』
『いいよ! 私もそうしたかった』
『よかった』
心底安心したように言って、男はベッドを立った。
ステラは右手を握り締める。
男のそれを見て、アリスもベッドから腰を上げる。
『僕はこの後、王を護衛する任務が入っているんだ。そろそろ行かなくては』
『そっか……』
アリスは寂しそうに肩を落とすが、すぐに男へ視線を向ける。
『くれぐれも、身に気を付けてね』
『もちろんだよ。僕だって別に危険な目に会いたいわけじゃないからね』
男は微笑んだ。
ステラの顔が歪む。
その顔を見て、アリスも頬を緩ませると、男に駆け寄り抱き着く。男のアリスの背に手をまわした。
ステラは奥歯を噛み締め、奥歯はギチギチと嫌な音を立てた。
『じゃあ、行ってくるよ』
少しの間抱き合ってから、男はそう言って扉の方へと足を進め始める。
(来る……)
ステラは、握りしめるあまりに血が流れ出た右手で素早く紙を額からとって、足早にその場を去って行った。
そしてすぐさま自室に駆け込み、部屋の端にある椅子に腰を掛けると、歪んだ表情のまま彼女は俯いた。
——やっぱり。
ステラは思う。
アリスから向けられたあの愛は、わたしをわたしたらしめたあの愛は、所詮男へと向けられたもののあまりだった。
おこぼれだった。
アリスは本当の意味でわたしを『好き』ではなかった。
そんなものがわたしをわたしとしていた……。
ステラの視界が涙で歪む。
その時だった。
「夕飯にす——」
扉を開くと共に、アリスの言葉は止まった。
アリスは即座に駆け寄ってくる。
「どうしたの?!」
彼女が心配するのも無理はない。日も沈みかける中、薄暗い部屋で一人俯いているステラの表情は、その場の何よりも儚げで苦しげであった。
答えのないステラの顔を覗き込み、アリスは再度言う。
「ステラ、どうしたの?」
10秒程だろうか。
間が開いてから、ステラはゆっくりと口を開いた。
「アリスは……」
「ん?」
「アリスは本当はわたしの事『好き』じゃないんでしょう?!」
「そんなことない、好きだよ」
アリスは柔らかに微笑むと首を振る。
「ならなんで——」とステラは口を動かした。
「わたしと踊ってくれないの?! わたしを抱きしめてくれないの?!」
「踊る……?」
アリスは少し考えるように首を傾げる。
そして言った。
「ああ、パーティー。パーティーのことを知ってたのね。ごめんね、パーティーでは他に踊る人がいるの」
「やっぱり、わたしのことを『好き』じゃ……」
ステラの涙が床に落ちる。
が、アリスは右手を差し出した。
「じゃあ、今踊ろう!」
「え……」
涙の伝う顔をゆっくりと上げたステラ。アリスは彼女の左手をとって、引っ張った。
ステラの腰が上がる。
同時。
2人の足元には魔法陣が現れて、刹那にして2人は光に包まれる。
ステラはあまりのまぶしさに目をつぶった。
そして次に目を開くと、そこは夕陽が砂を赤く染めた海岸であった。
アリスは、困惑の表情を浮かべるステラの両手をとると、彼女をエスコートするようにしして海岸を舞う。
踊りながら、アリスは言う。
「私はステラのこと、好きだよ! 大好き! これからも一緒だよ!」
ステラは少し驚いたような表情を浮かべたが、ニッコリと笑みを作って頷いた。
「わたしも」
2人は夕日の中を、4分以上も踊った。
そして最後に、アリスはステラを抱いた。
「ステラ、大好き! これからも、一緒に探していこうよ。ステラの存在を」
ステラも両腕を彼女の背に回し、2人の頬は触れ合う。
アリスからステラの顔は見えない。
その中ステラは笑みを浮かべる。
「うん、わたしも『好き』」
そして同時に、ステラの心は固まった。
——アリスの愛を、自身だけのものにしたい……、する。
そのためなら、わたしは……。
ステラの瞳の奥では、黒の炎が轟と音を立て燃えていた。
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