Ep.2 Worth of existence
手を引かれるままに、ステラは雨の街を駆け抜けていた。
ステラは思う。
なんだろうこの気持ちは、と。
物心ついてすぐに屋敷に売られた彼女は、雨の中を走るなんて経験をしたことはおろか、同年代の少女に手を引かれたことも初の体験であった。
胸が躍る……、ステラは初めてその感覚を目の当たりにする。
雨の中を駆け抜けて服もぐしゃぐしゃになってなお、ステラの胸は踊っていた。それどころか、彼女の顔には笑みがこぼれ出る。
ああ、楽しい——、うれしい。
こうして手を引かれている間は、自分がここにいる理由が生まれる、存在価値が付加される、そんな感じがした。
手を引くアリスも、振り返りステラの顔を見て表情をほころばせた。
先程までこの世に絶望したような瞳をしていた少女の瞳が輝いているのだから。
アリスはそのまま街の端にある汽車の乗り場まで足を運んでから、ステラを連れたままその汽車へと乗り込んだ。
適当に席を見繕い、2人は腰を掛ける。
そこまで来たところで、ステラはやっと気が付いたように言葉を発した。
「どこへ……?」
「えっとね、隣国にあるわたしの屋敷に行くの」
アリスはステラに微笑みかける。
「屋敷?」
ステラは首を傾げた。
無理もない。屋敷とは、ただ金があるだけでなく権力の象徴として建てられることが多い。故に権力のない人間が容易に建てることができる者じゃあない。
しかしステラには、目の前の少女にそれほどまでの権力があるようには見えなかった。
ステラのその様子に、アリスは少し考えるようにした後で「ああ」と言って続ける。
「屋敷って言っても、別に権力とかお金があるから建てたわけじゃないの。私が屋敷に住んでるのは、私が魔女だから」
「魔女……?」
言われてみれば、アリスは魔女の象徴であるローブを身にまとっている。先程かぶせられた三角帽子もその象徴の一つと言っていい。
アリスは頷く。
「そう、魔女。それもうちの国唯一の国家魔女! だから屋敷なんてもらっちゃってるんだよね」
「へえ」
ステラは少し驚くようにそう言った後で、若干表情を曇らせる。
アリスはその表情の変化を見逃さなかった。
「どうしたの?」
まるで思考を読めれたような、胸に刺さる質問であった。ステラは口をつぐみ、沈黙が降りた2人の間には汽車の車輪の音が響く。
十分に時間が経ち、ステラは満を持して声を出した。
「なんだか、すごいなって思って。わたしは多分、アリスと同じくらいの時間を生きてきていて、でも、アリスはたくさんの人に頼りにされて必要とされてるのに、わたしは、誰にも必要とされてない……」
俯くステラに視線を移すと、アリスはそっとステラの肩に手を置いた。
ステラがアリスを見る。
アリスは首を振った。
「違うよ。ステラが言ってる『必要とされてる』は、大したことじゃないの。本当に大切なのは、自分で自分にどれだけの存在価値を見出せるか、だよ。それが見いだせれば、周りからの評価なんて勝手についてくるよ」
「存在価値を……」
「そう! だから、一緒に見つけていこう! 協力するからさ」
アリスの満面の笑みに、ステラの表情も思わず和らぐ。
2人はそうしておよそ1日もの間共に汽車に揺られ続け、翌日の夕方にはついにアリスの館へたどり着いた。
「大きい……!」
少しばかり街の中心部から外れた位置にあるが、それも気にならない程の立派な屋敷だ。外壁については所々ツタが巻き付いていたが、細かい装飾が美しく、内部に関しては手入れが行き届いている。
アリスは屋敷内に入るなり、ステラを二階へと引っ張っていき、階段を上ってすぐの部屋の扉を開いてそこへ彼女を招き入れる。
「ここが、これからステラの部屋になるところだよ!」
言われてステラは部屋へ入りつつ内部を見渡した。
赤のカーペットに純白のベッド、木製の机と椅子という最低限のものは然りと揃った部屋である。蜘蛛の巣やホコリは全く見当たらず、おそろしく美しい。
「……すごい!」
ステラは感動のあまり泣きそうになった。
当たり前だ。何せ今まではほこりやチリで汚れ切った灰色のベッドで横になり、床に座って朝食を喰らう始末だったのだから、この光景は彼女にとってまさに天国である。
アリスはステラの様子を見てか自慢げになりつつ「ところで」という。
「お腹空かない?」
「空いた……」
即答であった。
およそ一日飲み食いしていなければ、こうもなるか。
「じゃ、もう夕方だし、夕ご飯を食べにいこっか!」
アリスは部屋を出ながらに口を動かした。
ステラも頷き——、
「うん」
彼女を追うようにして部屋を出ていった。
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