魔女の気まぐれとステラの真愛 作:さめ
(Ⅳ)
Ep.1 One of them
ナイフを右手に持った少女は、冷たい雨に身をうたれながら1人路地裏で立ち尽くしていた。
彼女は日常に迷っていた。言い方を変えれば、自身という存在の意味を理解しかねていた。
光の射さない瞳は右手に持ったナイフを捉えて、今にもその手を動かそうとしている。そしてそれを自身の纏ったメイド服を汚してしまってはいけないと咎める自分がいること自体に、彼女はさらに絶望していた。
——ああ、どうしたらいいのだろう。
考えに困った挙句、彼女は曇天を仰いだ。
視界は鈍色一色に染まる。
そうして放心状態にいると、16歳の彼女の脳にはその短い人生の大半が溢れ出してきた。
——あれは確か、11年前。
町で最も金持ちのゴーザという領主の下に、メイドとして売られた。
母曰く、そちらの方が幸せな生活が送れるからだそうだが、まぁ体よく捨てられたと捉えるのが妥当なのだろう。
別に、当時の彼女は特段何か感じたことはなかったが。
ゴーザの趣味は良い物とは言えなかった。どうやら全国各地から自身のだだっ広い屋敷での生活の手伝い役としてメイドを集めていたらしく、中には獣人という猫や犬の耳・尾の生えたメイドも働いていた。
当時、メイドの中でも最年少であった彼女は、メイドが多くいるというおかげで周囲のメイド達からそれはもう可愛がられたものだ。
しかし、いつからだろう? 自分という存在に疑問を持ち始めたのは。
同じ館に100人以上の同じ服を着て同じ役目を持った人間がいて、皆一同にゴーザの指示の下に動いている。
——わたしって、何……?
大勢いる人間の中のたった一人。居ても居なくても、同じ。変わらない。いつからかわたしは、one of themになっていた。
彼女は気が付いた。
領主の言葉に従ってしまえば、自分の存在価値などという答えの出ない問題について思考をするなんてことはしなくていいのだろう。しかしそうではなかった。
彼女は悟っていた。
思考を止めてはいけない。従いたいその心を押さえつけ、必死に思考を重ねていた。
そして16歳になるこの日まで考え続け、今日この時やっとその答えにたどり着くことができた。
それは、
「わたしに存在の意味は、ない」
ということであった。
雨を纏った腰までの水色の髪は重く、彼女は天を仰いだままに自身の首元へ向けて、右手のナイフを素早く動かした。
もう、これでいい。
今日屋敷を抜け出したのだって、どうせこのためだ。
勢いよく動かした右手は、もう止まることを知らないかのように首元へと刃を動かしていた。
刹那。
月明かりの様な純白の両手が、彼女の右手を強く握り制止した。
彼女は思わず顔を下ろす。
するとそこにいたのは、一人の少女であった。年齢はおそらく彼女と同じ程度。身長は彼女より少し高く、赤がかった白銀の髪は肩のあたりまである。
銀髪の彼女が持っていた傘が、時間差で地面に転がった。
「何の用……?」
彼女は、髪と同じく水色の瞳を銀髪の彼女へ向けた。かすれた声は、今にも潰れそうだ。
銀髪の彼女は、ナイフを持った右手が力を失ったのを見計らって両手を放し、真紅の瞳をその水色の瞳へと向け返す。
「ダメよ……!」
言って、黒のローブ、白のワイシャツ、黒のスカートの彼女は、頭にかぶっていた黒くつばの大きな三角帽子を、彼女へかぶせた。
「なんで……」
「ダメだから」
雨が2人を等しく濡らす中、2人はしばらく沈黙での中にいた。
しかしやがて、銀髪の彼女が口を開く。
「君、名前は?」
彼女は少し迷って様にしていたがやがて答える。
「ステラ=ラファエル……」
「ステラ、綺麗な名前ね! 私はアリス・コゼット、アリスって呼んで。ところで君、ここで何をしていたの?」
「それは……」
「家は?」
屋敷——は家ではない。あそこは言ってしまえば家畜小屋だ。
ステラは言う。
「ない」
と。
アリスは「じゃあ」と言って続けた。
「私のところに来て! まだお互い若いんだから、これからを楽しまないと!」
「え……」
ステラがそれ以上言葉を発するより早く、アリスは彼女の手を引いて、傘も拾わずに走り出した。
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